……とか言うと、劇場版のラストシーンみたいな雰囲気が出るよな、うん。
もし俺の生涯が劇場上映されるなら今のがラストシーンだ。
だから、もうトラブルとか起こらなくていいからな?
マジだからな?
フリじゃないからな?
聞こえてるか、精霊神?
まじで、とんでもないトラブル寄越しやがったらぶっ飛ばしに行くからな?
お前の顔を描いたパンチングバルーン『殴る精霊神』を作って売り出してやるからな?
……あぁ、この街のヤツに作らせたらキノコの起き上がりこぼしになるんだろうな。
「あぁ……精霊神が信用できねぇ」
「なぜ急にそんな話題に!?」
ジネットがびっくりして「精霊神様はとても慈悲深い方なんですよ」とか、ちょっとよく分からないことを言ってくる。
そんな慈悲深いヤツが、毎度毎度絶妙に面倒くさい嫌がらせをしてくるわけがない。
「いいや、あいつは俺が必死に走り回っている様を見て笑ってやがるんだ。そうに違いない」
「まったく、君は……精霊神を友達みたいに言うんじゃないよ。罰当たりな」
「いや、お兄ちゃんなら、精霊神様とも友達になれるかもです」
「……精霊神までもがストライクゾーン」
「あ、あの、ヤシロさん……その、だ、ダメですからね?」
精霊神に対してそんな感情を抱いてはいけないと、ありもしないことを危惧して釘を刺してくるジネット。
ねーって。
つか、この街の連中は基本的にアルヴィスタンらしいが、精霊神に様を付けるヤツとそうじゃないヤツがいるんだよな。
意外なことに、エステラは様を付けない。……教会関係者の前ではいい子ぶって様付けすることがあるけど。あぁ、そういやたま~になんの脈絡もなく様を付ける時があるよな。きっとそういう時は精霊神に何か願い事でもしている時なのだろう。主に胸部関連で。
「エステラは精霊神に『様』を付けないことが多いよな」
「え、そうかな? あんまり意識したことはないけれど」
基本的に付けていないという印象だ。
様を付けないのがエステラとマグダ。そういや、ルシアも「精霊神」って言ってたっけな?
で、様を付けるのがジネットにべルティーナ、ついでにロレッタ……か。
「精霊神に『様』を付けて呼ぶと、最低Cカップまでは育つってわけか……」
「そんなわけないだろう!? そんなくだらないことに興味を持たれないよ、精霊神様は」
「エステラさんが急に様付けし始めたです!?」
「……微かな可能性を逃さない女、エステラ」
「う、うるさいなっ! ボクはいつだって敬意を払っているさ。敬虔なるアルヴィスタンだからね!」
敬虔が聞いて呆れる。エステラの信仰心はブレッブレじゃないか。
都合のいい時だけ縋りつこうという魂胆だ。
初詣と受験シーズンにだけ足しげく神社に通う日本人にちょっと似ている。
わぁ、なんだかすごい親近感。
「ごめん、くださぁ~い」
俺がエステラに妙な親近感を覚えていると、食堂内に小さな声が流れ込んできた。
遠慮がちにドアから中を覗き込む小さな女の子。
その頭には大きなテントウムシの髪飾りが揺れている。
「こんにちは、ミリィさん。ようこそ陽だまり亭へ」
「ぁう……ぁの、今日はぉ客さんじゃ、ない、んだ……ごめん、ね?」
「いいえ。ミリィさんならいつでも大歓迎です」
「ぁはっ。ぅん、ぁりがと、ね」
ジネットに招き入れられ、ミリィがとことこと俺たちのもとへ歩いてくる。
肩には、いつもの大きなボストンバッグ――にしか見えないポシェットをかけている。ポシェットなんだよ。ミリィがそう言ってるんだから。
「ミリリっちょ! ちょっと質問いいですか?」
しゅぱっと手を上げて、ロレッタがミリィの前へと踊り出る。
「なぁに? ろれったさん」
「ミリリっちょは、精霊神様のこと、なんて呼んでるです?」
「ぇ? ぇっと……精霊神様、かな?」
「……けど、Bカップ」
「ぅぇえ!? な、なんで大きな声で言うの、まぐだちゃん!?」
「……ヤシロの仮説は否定された」
「様付けしてもCに届かない事例はあるです」
「だよね! そりゃそうだよね! だと思った!」
「ぁう……ぁの、なんの、ぉ話?」
力強く拳を握るエステラに、ミリィがドン引きだ。
あぁ、いいのいいの。そいつらのことは気にしないでいいから。
「それよりミリィ。今日は何の用なんだ?」
もしかして、俺の顔が見たくなって会いに来ちゃったとか?
まぁ、なんて可愛らしい。……あ、違うらしい。
嬉しそうな顔でジネットの方へ向き直った。
「ぅん。ぁのね、今日はね、ぉ裾分けに来たの」
「お裾分けですか?」
にこにこと嬉しそうにミリィの顔を覗き込むジネット。
そんなジネットに、束になった葉っぱが手渡される。十把ほど。……多いな。
「ぅふふ。去年、たくさんぉ泊まりの人がいたって聞いたから」
「まぁ、ヒラールの葉っぱですね。こんなにたくさん、いいんですか?」
「ぅん。みんなで食べて、ね」
ヒラールの葉っぱ。
はて、どこかで聞いたことがあるような……
「もうそんな時期なんですねぇ」
「ぅん。今年も、みんなで川遊び、したい、ね」
あっ! そうだ! ヒラールの葉っぱだ!
たしか、こいつが採れるようになるとまもなく猛暑期がやってくるという――そして、その直後には恐ろしい豪雪期がやってくるという、四季のないこの街にしては珍しい季節の風物詩だ。
そうか、もうそんな季節なんだなぁ。
「そういや、ヒラールの葉っぱって、どの区でも食う物なのか?」
区によって特色などあるのだろうか。
日本の雑煮みたいに。
「いや、ヒラールの葉っぱは四十二区独自の文化じゃないかな?」
エステラが答えて、少しだけ苦い笑みを零す。
「それくらいしか、保存食として確保できるものがなかったんだよ、昔はね」
最貧区である四十二区では、干し肉などのちょっと豪勢な保存食を作るのが難しい……もしくは、そういう保存食があったとしても買えなかった連中が多いのだろう。
それで、大量に取れる菜っ葉を保存食として、雪に覆われる地獄の豪雪期をなんとかかんとか、細々と、辛うじて命を繋ぐように乗り切っていたのだろう。
……あれ、なんだろう。泣けてくる。
「今年も、お汁粉いっぱい作ろうな」
「いや、ヤシロ。君が優しさを垣間見せてくれたのは嬉しいんだけど、みんなもう、保存食くらい十分に買えるようになってるから」
四十二区はこの一年でさらにで大きく飛躍した。
ド貧乏と言われるようなヤツはいなくなった――と、エステラが言っていた。
事情があって金銭的に立ち行かないような貧しい家庭には、領主から保護手当が出されるようになったらしい。
それを足掛かりとして、生活を立て直すための仕組みを構築したのだそうだ。
限界だった頃のヤップロックと出会い、これは放置できないと行動を起こしていたらしい。時間はかかったが、なんとか体裁は保てたと安堵の息を漏らしていた。
つくづくお人好しだな、この区の領主様は。
「んじゃあ、もうヒラールの葉っぱは食べなくなるかもしれないのか」
まぁ、見るからに貧乏くさい保存食だしな。
去年はおひたしとスープにしたっけな。
今年からは、どの家庭も肉を食うのだろう。焼肉も流行り始めたことだし。
なんてことを思っていたら。
「えぇ~! あたし、ヒラールのお浸し食べたいです!」
「……アレがないと、年の瀬という感じがしない」
ロレッタとマグダが猛反発し、ミリィがここぞとばかりに激しく首肯していた。
「では、今年もみなさんでおひたしとスープをいただきましょうね」
今からわくわくとした顔でジネットが言って。
「わたしも、ヒラールの葉っぱは大好物ですから」
ペロッと舌を覗かせる。
あぁ、そうかい。
つまりこれはアレだ。お節みたいなもんだ。年末年始に食料を保存する必要がなくなった日本でも、ないとなんだか寂しいなぁ~みたいな感じで生き残り続けている。まさに、風物詩なわけだ。
合理性とか、良し悪しじゃないんだなもう。
四十二区の年の瀬にはヒラールの葉っぱが不可欠。
そういうことなのだろう。
「じゃあ、大量に仕込むか……って、あいつら、また泊まりに来る気かな?」
去年はいろいろ仕方がない事情があっただろうが、今年は事前にちゃんと準備しろよ?
毎年恒例になられちゃ堪らんぞ、あんなバカ騒ぎ。
だというのに。
「みなさんと一緒なのは楽しいですから、たくさん準備しましょうね」
ジネットが乗り気なのだ。
あ~ぁ、これはきっと不可避なんだろうなぁ……
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