「でもさ、ヤシロ」
リカルドのアホに荷担しないためか、これまで黙って話を聞いていたエステラが、アホのリカルドを見かねて質問を寄越してくる。
「アホのリカルドに代わって質問か?」
「うん。アホのリカルドに代わって」
「テメェらな……」
アホのリカルドを無視して、エステラの話を聞く。
こいつの質問は有意義なことが多いからな、よく聞いておけよ、アホのリカルド。
「大通りに近い通りの方が客足が多くなるのは事実だよね? すべての路地に、それも密集させて似たようなお店を集めちゃうと、やっぱり奥の路地の方が不利になるんじゃないかな?」
「そう、思うじゃん?」
「……へ?」
確かに同じような店なら――たとえば飲食店や洋服屋なら、大通りに面している方が集客率が高くなるだろう。
かつてのカンタルチカと陽だまり亭のように、覆しがたい差が生まれてしまう。
だが、そんな同じ業種ばかりを集めるわけではない。
同じカテゴリーの店を集めるだけでな。
「武器屋と防具屋が並んでいても、客を食い合うことはないだろう?」
「それは、そうだけど……」
「それに、裏にあった方がいいって店もあるんだよ」
いささか信用できないとでも言うように、エステラが眉間にシワを寄せる。
分かんないか?
お前には覚えがあるはずだぞ。
ほら、自分をよく見せるためにやっている行動を思い起こしてみろよ。
「オシャレのために必死に努力している姿は、あんまり他人に見せたくないんじゃないのか?」
「あ…………そうか、そういうお店を……」
そうだ。
たとえば、ダイエット教室とか、オーダーメイド豊胸パッド屋とか、そういう「行きたいけど、誰かに見られるのは恥ずかしい!」みたいな店は、裏にある方が客は入りやすい。
そういう店は入りにくいくせに、とても必要だったりするからな。
こっちにヨガだのエアロビだのを持ち込んだところで、それをオシャレだと思ってくれるとは限らない。ある程度市民権を得なければ、それらは「自己管理を怠って肥満になった女が必死に痩せようと集団で体操をする場所」みたいな偏見を持たれてしまうことも、ないとは言い切れない。
美への理解度が低いヤツもいるからなぁ……目の前の筋肉領主とか。
「だからな、『五本目』には綺麗になるための努力をする店を置いて、手前に来るほど髪や肌をキレイにするような店を置いて、服とか装飾品関連を『二本目』あたりにまとめてよ、『一本目』には『綺麗になった自分を盛大に見せびらかせるとびっきりオシャレなお店』でも作っておけば、それがステイタスになるだろう?」
「四十区のラグジュアリーみたいに、だね」
「あぁ。貴族の美しさ自慢のお嬢様が集って、オシャレにお茶を嗜むラグジュアリーのように、『一本目』には『五本目』で努力をし、髪や肌やファッションに気を遣って、その美の街で自分を磨き上げた完璧なオシャレ美人が集まってくるんだ」
「あはは……考えただけで気後れしそうなお店だね……」
「だからこそ、だよ」
エステラだって、かつては憧れていたじゃないか。
四十区にはオシャレセレブ御用達の喫茶店があって、いつか自分もそこでケーキを食べてみたいって。
「目標がすぐそばにあると、つらい努力も頑張れるだろ」
「『いつかは自分も』と思いながら『一本目』の前を通り過ぎて美の追究へ向かう……か。ふふ、意地になっちゃいそうだね」
「なればいい。意地になって、誰より努力して、『一本目』でちょっと名の知れた有名人にでもなれば――」
「いつぞやのナタリアみたいに、毎日ドヤ顔で過ごせそうだね」
『BU』での人気を実感した後のナタリアのドヤ顔のことを言っているのだろう。あれは強烈にウザかったからなぁ……
でも、きっとみんな本心ではそういう扱いを受けてみたいと思っているはずなんだ。
「綺麗だ」と注目されたいと。
ロレッタやパウラやネフェリーも、突き詰めれば綺麗になるために誤った努力をしてしまったわけだしな。
「うん。なるほど。まだ確信は持てないけれど、面白そうだね」
「だろ?」
「リカルド、やってみなよ」
「あのな、エステラ……そう簡単に言うがよぉ……」
これまで、四十一区の経済は男、いや、『漢』たちが動かしてきた。
それをいきなり大きく方向転換――というわけにはいかないと、リカルドは言いたいのだろう。
「男連中を蔑ろにするような改革は、さすがに反発がすげぇことになるぞ」
「その辺は大丈夫だ」
「なんで言い切れるんだよ、オオバ?」
「裏路地の左側を空けてあるだろ?」
「お? おぉ……そうだな」
「そっちを男のエリアにする」
「はぁ?」
物凄く単純な答えに、リカルドはしかめっ面をさらに歪める。
「武器とかがっつりとした肉料理屋とか、これまでの四十一区っぽい店をドンと構えておけばいい」
「そっちはこれまでどおりでいいのかよ?」
「あぁ。いちいち変えてやらなくても、男どもは勝手に変わるからな。どんどん、それはもう、無駄なくらいに集まってくるぜ」
「……何を企んでやがるんだ?」
俺の顔を見て顔を引き攣らせるリカルド。
失敬なヤツだな。俺は今、とても穏やかな心でもって天使のような微笑みを湛えているというのに。
「……ヤシロ。邪悪な笑みはほどほどにね」
エステラまでもが顔を引き攣らせる。
誰が邪悪か。
「考えてもみろよ。『一本目』に行くには大通りを通らなけりゃいけないだろ?」
「そりゃあ、な」
「帰る時も大通りを通る。おまけに『一本目』には女子たち憧れのお店が並ぶわけだ」
「だから、それが男どもとなんの関係があるんだよ?」
「大通りや『一本目』に物凄い美人が集まってたら、男どもは放っておいても勝手に集まってくるだろうが」
「……あ」
リカルドの口から漏れ出したのは「思わず漏れちゃった」みたいな声で、心当たりがあるヤツが発する音だった。
「しかも、必死に努力してとびきりの美人になった女性たちだぞ? これまで、ろくな仕事もなく、たいした楽しみもなく、ただ日々を浪費していた女性たちじゃない。おのれの意思で、自分磨きに精を出す、ワンランク上の、意識の高い美女たちだ! そんな美人が溢れる場所に『仕事で欠かせない道具を扱っている店』があったら、男どもは『しょうがないから』通うよな? どういうわけか、いつも以上に男に磨きをかけてさ」
俺の説明に、エステラがくすくすと笑いを堪えて肩を揺らし、メドラがニヤリと口角を持ち上げる。
そして、どういうわけかリカルドは照れたように頬を朱に染めている。
この構図はつまり――
「男って、ホントしょうがない生き物だよねぇ」
「ま、それが男ってもんさ。ね、リカルド」
「うっせぇ! 俺に話を振るんじゃねぇよ!(でも、俺はそうじゃないと強くは否定できないからあんまこっち見んな!)」
――的なことだ。
「テメェの思惑に乗ってやるのは、まぁ、一考の余地はあるが……本当にそんなにうまくいくのかよ?」
「だからよぉ……」
まったく、学習能力がないのか、お前は。
「『うまくやる』んだっつの!」
そのための駒が、こっちには揃っているんだからよ。
「もしその気があるなら、協力してやってもいいぜ?」
背後にエステラとメドラを控え、俺はリカルドに満面の笑みを向ける。
さぁ、一緒に儲けようじゃないか。
な、リカルド。
「……ちっ。悪魔みたいな面で笑いやがる」
負け惜しみなのかなんなのか、リカルドはそんな言葉を呟きやがった。
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