人間はみんな、大ウソつきや。
人助けをしとぉて、自分の力で誰かを救えるっちゅうことが嬉しゅうて、ウチは薬剤師を続けてきた。
睡眠時間も食事の時間も惜しんで、ひたすら研究室にこもって薬の研究に没頭して、厄介な流行り病の特効薬も生み出した。
天才や神童やと持て囃され、有頂天になって、まんまと利用されて……
ウチの薬は、金と権力を得るための道具として利用されてしもぅた。
誰よりも信頼しとった、師匠の手によって。
抗議しても握りつぶされ、声を上げれば命を狙われ、しまいにはウチの研究は「ホンマは師匠の功績やったんを弟子の名を売るために譲ってもろたもんやったんや」と、根も葉もない噂を立てられた。
「その功績のためにはどんなことでもしたんやろなぁ」って。
「えぇなぁ、女は使える武器があって」って……
その後も、「汚名そそいだろ」「協力したろ」って近寄ってくる連中は多くいたけど、どいつもこいつもウチの薬を利用して貴族に名を売ろうって魂胆が透けて見えとった。
そんな嘘ばっかりの街が嫌になって、ウチはこのオールブルームにやってきたんや。
嘘が吐かれへん、この街に。
誰もウチを知らへんこの街で、もう一度、一からやり直したかった。
純粋に、ウチの薬で苦しむ人を助けてやりたいって思ぅたんや。
けどまぁ、この街では貴族の息のかかった薬師ギルドが幅を利かせとって、ウチのやりたい人助けは出来へんと思い知らされた。
どこに行っても門前払いで、話すら聞いてもらわれへん。
薬の材料を見て呪術か、悪い魔術とちゃうんかって言われた。
唯一、四十二区の領主はんがウチのやりたいことを認めてくれた。
エステラはんのお父はんやね。ホンマ、人の好さそうなオッチャンやったなぁ。
もっとも、ウチの薬までは信用してくれてへんかったみたいやけどな。
騙されて、他人が信用でけへんようになったウチは、この街に来て誰にも信用してもらわれへんかった。
自業自得か?
ウチの考えが間違っとったんか?
薬は確かに金になる。
貴族や王族に取り入ることかて可能やし、容易や。
ほなら、金を稼ぐんが普通か? 正解か? 正しいことなんか?
そんなもん、絶対認めたるか、ボケェ!
そうして、ウチは長いこと閉じこもり、独りぼっちで研究を続けた。
一年やったか、二年やったか……
いつか、ウチの考えを理解してくれる人が現れる。ウチの薬を信用してくれる人が現れる。
そんな、奇跡みたいな可能性を信じて……いや、『縋って』やな。
半分以上諦めかけて、腐りかけとった頃、あの彼に出会ぅた。
ウチの薬を、なんのためらいもなく口に含んで、平気な顔して「お前を信じると言ったろう?」って言うて。
……ホンマ、泣いてまうかと思ぅたわ。あん時は。
あぁ、やっとや……って。
やっとウチのこと、ちゃんと見てくれる人が現れてくれたんやって……
あの瞬間から、ウチの人生は再び動き出した。
父親に薬剤師の基礎を学び、自分の将来を見据えたあの頃のように、ただ前だけを向いて努力できるようになった。
それから、いろいろなことがあって、気付いたらウチの薬は四十二区の人らぁに受け入れられとった。
ほんま、いつの間にやねんってくらい、気付かんうちにみんなが信用してくれとった。
せやからウチはこの街で、この場所で、あの人のそばで、自分の力を発揮していこうって思えたんや。
そんな彼が――
「俺は、そんな大したヤツじゃねぇんだよ…………気付けよ、バカどもが」
――そんな弱音を吐いた。
彼にかかる期待の大きさは、彼を頼りに思う人数に比例してどんどん大きくなっていく。
そのプレッシャーは、ウチにも覚えがある。
力がある者ほど、これまで誰にも弱音を吐かんと耐え忍んできた者ほど、あとには退かれへん、逃げられへんと思ぅてまう。無茶をしてしまう。
誰もが自分を過大評価せず、そこらへんにおる普通の人間と同じやと思ぅてくれたら、楽になれんのやろうけど……なかなか難しいよなぁ。
だって、自分のそばにおると楽なんやもん。
安心できるんやもん。
甘えさせてくれるんやもん。
人間は、思うほど強くは出来とらへん。
どんなに強そうに見えたかて、ホンマは弱ぁて弱ぁて、臆病なもんや。
強い思われとる人間は、その弱さをうまいこと誤魔化しとるだけなんや。
他人を騙すんがうまいだけや。
けど、他人を騙し続けるんはしんどいもんで……限界を超えたら、あっちゅう間に瓦解してしまう。
あの街を逃げ出した、ウチみたいに……
「なぁ、自分……」
もし、救えるんなら。
言葉くらいなら、いくらでもかけてあげるで。
「もういっそのこと、なんもかんもぜ~んぶ投げ捨てて、尻尾巻いて逃げ出してしまうんも一つの手ぇなんやで」
少しおどけて、明るい口調で。
けれど、嘘やない、真剣な気持ちで。
「カッコ悪い負け犬かて、生きる権利くらいはあるんやさかいな」
なぁ、せやろ?
せやないと……ウチ、無意味な人間になってまうやん?
強がって、くたくたになってもぅたんやったら、逃げ出したかてえぇやん?
ウチみたいな負け犬にも、こうして居場所を与えてくれる人がおるんやから。
「……どないする?」
ウチは逃げ出した。
バオクリエアにかて、まだ病に苦しむ人がおるはずや。
せやのに、自分の思い通りにでけへんあの街を飛び出して、ウチはこの街に、受け入れてくれたこの人のそばに逃げ込んだんや。
居心地のえぇ場所で、目に見えるもんしか見えへんフリして……心の底に引っかかってる後悔は見て見ぬフリして、気付かんことにして、今もなお逃げ続けとる負け犬や。
「もし……」
自分の弱さをさらけ出してくれるなら……
「一人で行くんが寂しいんやったら……」
もし、自分がウチを選んでくれるんやったら……
「……ウチが付いてったってもえぇで」
残りの人生のすべてを、自分に……あんたのために……
「……考えとく」
「ん……」
ま、そらそうやんな。
「……そっか」
自分には、守らなアカンもんが仰山あるもんな。
まだ、逃げ出すわけにはいかんわな。
……負け犬は、ウチだけやっちゅうわけや。はは、こら笑えるわ。
ここ最近、オオバヤシロの異変にはウチも気が付いとった。
大食い大会での彼の振る舞いを見て、「あぁ、もう限界なんや」と思ぅた。
それでも、彼は無理をして笑って、なんでもないような顔で人と接し……いつか突然消えてしまうんやと、そんな予感がしとった。
ウチはそれを責めるつもりはないし、理解も出来る。
けど、もし……出来ることなら……
力に、なりたかった……な。
憎たらしい頭を叩く。
こんな美少女のおっぱいやら何やら、あんなことやこんなことし放題のまたとないチャンスを無下にして。
アッホやなぁ。
……ホンマ、アホみたいやな、ウチ。
似とっても、同じやない。
そんな当たり前のことに、今さら気付いてな。
つらくて逃げ出したんはウチで、そばにおってほしかったんも、ウチの方や。
こんなもん、人助けやのぅて、ただの依存や。
甘えとるだけや。
この人がいなくなってしまうんちゃうかって不安から助け出してほしい……そんな、自分勝手な要求や。
ホンマ、アホや。
「レジーナ」
「ん? 帰るか?」
帰って。
自分には、もっと大切にせなアカン人がおるんやろ?
こんなところにいつまでもおったらアカンで。
「……あぁ。そうだな」
彼が席を立つ。
「お茶、サンキュな。すげぇ苦かった」
そんな軽口を叩く。
しんみりするんは苦手やもんな、お互いに。
「ほっぺた落ちまくったやろ? 『ぽろーん』『ころんころんころ~ん!』や」
「すげぇ転がってんな、俺のほっぺた……」
カップを置き、出口へ向かう背中を見つめる。
この背中があのドアを出て行ったら……
もう、二度と会うこともないかもしれへん。
それも、しゃーないことや。
ウチが口出しできることやない。……のぅなった。
「レジーナ。ありがとうな」
そのまま出て行くと思った背中が立ち止まり、もう一度こちらを向いた。
ウチの顔をじっと見つめて、らしくもなく素直なお礼を寄越してくる。
なんや、ホンマに今生の別れみたいやな。
……らしくないで、ホンマ。
「なんやのん、改まって。気持ち悪いなぁ……お茶くらいで大袈裟やで」
「いや、お茶じゃなくてな」
「愚痴くらいいくらでも聞いたるわな。そんなもん、いちいち礼なんかいらんよ。水臭いなぁ」
「愚痴のことでもなくてさ」
軽口で誤魔化さな、「さよなら」って言われそうで、ウチは内心びくびくしながら言葉を吐き出しとった。
笑って別れたい。
これが最後になるかもしれへんから。
もしどこかで、ほんの数秒でもウチのことを思い出すことがあるなら、そん時はアホみたいにへらへら笑っとる顏で思い出してほしいさかいに。
「ほなら、なんやのんな?」
せやから、な?
最後にめっちゃおもろいこと言ぅてぇや。
笑って別れようや。
「またね」のないサヨナラは、笑顔でせな悲しいだけやん。
アホなことでも、エロいことでもなんでもえぇ。
ウチららしく、アホみたいに笑ぅて、なんでもないみたいにお別れ――
「お前に出会えてよかった。ここにいてくれてありがとうな」
え…………っ。
『ここにいてくれてありがとう』
そう言われて、これまで抑え込んで、抱え込んで、飲み込んで、心の奥底に閉じ込めとったもんが一気に溢れてきた。
つらかった。
苦しかった。
寂しかった。
けど、自分と出会えて……嬉しかった。
過去の不幸、全部帳消しに出来るくらいに、めっちゃ、嬉しかったんやで。
『出会えてよかった』はこっちのセリフや。
『いてくれてありがとう』って、こっちこそがや!
「あ…………!」
アカン。
一言でも声を発したら涙が零れ落ちてまう。
こんなん、アカン。
こんな顔、思い出さんといてほしい。
見られとぅない。
ウチは、いつでもアホみたいなこと言ぅて、アホみたいに笑ってて、ほんで……
アホみたいに幸せなんや。
自分のそばにおる時は、いつだって、例外なく……
ふざけて、みせたるわ。
ウチらしく。
最後くらい……笑顔で……
「な…………なんやねんな、いきなりっ…………ホ、ホンマ……っ……かなんなぁ、もう……!」
ほらみぃ。
声出したら、涙、溢れよったやん。
「ウ、ウチは、ここが気に入っとんねん。別に、誰に何を言われんでも、ここにおんねん。ホ、ホコリちゃんも、ほら、おるしな、ウチ、ここにおらなアカンねん……」
もう、涙は止まらへん。
もう、向こうは向かれへん。
もう、顏見せられへん。
もう、顏……見られへんのん?
イヤやなぁ……
そんなん、イヤやわ……
これで最後やなんて、絶対イヤや……
口だけが勝手に回って、しょーもないことをぺらぺら喋っとる。
せやのに、心は張り裂けそうで……
アホやなぁ。
もっと素直になれればえぇのに。
思いっきり振り向いて、涙と鼻水でぐっしょぐしょの顔さらして、胸に飛び込んで、「イヤや」って「そばにおってぇや」って……「どっこにも行かんといて」って喚き散らせたら……まぁ、困らせてしまうだけやんな、そんなん。
アカンわ。
なし、なし。
「あぁ、せや」
せやから、せめてもの悪あがきで。
遠ざかりかけた足を呼び止めて、こんなことを言っておく。
「まぁ、自分もいろいろ思うところはあるやろうから、返事はせんでもえぇんやけどな」
ごめんな。
やっぱ、もう一回くらいは自分の顔、穴があくくらいじっくり観察したいから……
「また来ぃや」
ドアが閉まった瞬間、膝の力が抜けて床に蹲る。
まだ近くにおる彼に聞こえんように声だけは必死にこらえて、めっちゃ泣いた。
泣いて、泣いて、ほんで思ぅた。
この街に来てよかったなぁって。
ウチと出会えたことを喜んでくれる人に出会えて、ホンマによかったなぁって。
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