「ところで、この『日傘』というものは、四十二区で販売しているものですの?」
「いや。それは今日、この日のために作った、世界にたった一つしかないものだ」
「世界に、たった一つ…………そう…………そうですの」
イメルダが日傘をくるりと回転させ、そして自身も反転し背中を向けた。
ふふふ……喜んでる喜んでる。お嬢様もちょろいよのぅ。
「……ちょっと、ヤシロ!」
隣に立つエステラが俺の脇を小突き、小声で話しかけてくる。
「何が世界に一つだよ。ボクたちみんな持ってるじゃないか。ナタリアの分も作ってるんだろ?」
「あぁ。いざという時に俺の身を守ってくれるという契約の見返りにな」
「全然一つじゃないじゃないか! バレたらカエルにされるかもしれないよ!?」
「嘘なんか吐いてねぇよ。あの日傘は、この視察を成功させるために作ったものだし、今のところ販売はしてないし、みんな柄や色が違うんだから同じものなんか一つもない。世界にたった一つの日傘だろうが」
「……ただし、『日傘が一つしかない』とは言っていない、かい?」
「そういうことだ」
「……ボク、今後ヤシロと会話する時は十分言葉の意味に注意して話すようにするよ」
「それはいい心がけだな。そうしておけば、誰かに騙されるリスクはすごく減る。……ん?」
「え、なに?」
俺はエステラの顔をまじまじと見つめ、そっとアゴを撫でる。
「おでこになんか付いてるぞ?」
「えっ、ホントッ!?」
と、エステラは俺の動きにつられてアゴを両手で押さえた。
「それはアゴだ。バカめ」
「……はっ!?」
騙されないと言った直後にこれだ。まだまだ脇が甘いな。
「ヤシロォ……っ!?」
「お前がいかに騙されやすいかを示して見せてやったんだ。感謝してくれよな」
「………………視察が終わったら、覚えてろよ」
断言してやる。
視察が終わる頃には、『お前の方が』すっかり忘れているだろうよ。
しかしだ。日傘の反応は上々だ。
こいつはいい傾向だな。
「ナタリア」
「なんでしょう?」
「陽だまり亭に行って、計画通り進めると伝えてくれ」
「了解いたしました。部下に伝言させましょう」
ナタリアが一礼し、館のそばに控えていた使用人に合図を送る。
少し離れたところで指示を出すナタリア。
こちらの計画は順調に進んでいく。
「手応えありだね」
「一番の不安材料だったからな」
イメルダの性格がどの程度ひねくれているのか……それが唯一の不確定要素だった。
最初から認める気などなく、重箱の隅をつつくようないちゃもんや難癖をとにかくぶつけてくるようなら話はそこで終了。交渉ではなく、もっと乱暴な戦略でこちらの条件をのませるしかないと思っていたところだ。……例えば、木こりギルドの乗っ取りとかな……
だが、イメルダはあくまで公平に四十二区を視察するつもりのようだ。
本人の性格も、ちょっとヒネているだけで極悪というわけではなさそうだ。素直になれない意地っ張り。所謂、ツンデレなのだろう。……デレるかどうかは、知りようもないけどな。
日傘を気に入ったことからも、いいものはいいと判断するつもりがあるようだ。
ならば、俺の組み立てた計画でうまくいくはずだ。
「……だが、気は抜けないな」
「当然だよ。……ヤシロ、頑張ろうね」
そっと手を差し出してくるエステラ。
握手は成功した時まで取っておこうぜ。
なので、俺はエステラの頭を二度ぽんぽんと叩いてやる。
「……こ、子供扱いかい?」
「大人扱いで胸や尻をまさぐった方がよかったか?」
「それをしていたらナイフを突き刺していたところだよ」
視察前に刺殺されてはシャレにならん。
自重しよう。
「それで、まずはどちらに向かうのかしら?」
日傘を差し、ご機嫌のイメルダが俺に問いかける。
……俺じゃなくて、エステラに聞いてくれよ。俺はあくまでサポートなんだからな。
あと、『かごめかごめ筋肉ズ』のメンバーが俺のことスッゲェ睨んでるんだけど……お前ら『かごめかごめ~筋肉バージョン~』やっていたかったのかよ……このクソ暑いのに。
「イメルダさん、暑くはないですか?」
「平気ですわ。日傘もありますし」
「俺は暑い」
「君は我慢だ。男だろう?」
「男でも暑いもんは暑いわい……ったく、視察に行った時は少し肌寒いくらいだと思ったのにな」
「天気は日々変わるものだよ」
「変わり過ぎなんだよ。俺のいた国はな、もっとこう、緩やかに気候とか気温とかが変わっていくんだよ。日替わりで春や夏がやって来ては敵わん」
ちょっと前まで常春だと思って喜んでいたのに……
こりゃ、真冬並みの寒さもあるんだろうな…………今から憂鬱になるぜ。
「では、まずは大通りをご覧いただきましょう」
エステラが先頭に立ち、視察団は領主の館をぞろぞろと出発する。
一団を先導するエステラの本日の服装はスマートなパンツルックだ。パッと見は憎悪を抱きそうなイケメンに見える。
隣に美人メイドを従えているから金持ちのイケメンに見える。
よかったなエステラ、俺が知り合いで。
もしまったくの他人だったら…………大通りで傷害事件が発生していたところだぞ。
さて、そんなイケメンがエスコートしているのが、見ている分には非常に麗しい深窓のお嬢様然としたイメルダだ。
何も知らない者が見れば、どっかの貴族が美しい貴族の娘を娶るのだと思うことだろう。
……なんか不愉快な光景だな。
「ヤシロさん。大通りにはどんな仕掛けがしてあるんですの?」
不意にイメルダがこちらを振り向き、好奇心に満ちた瞳をきらりと輝かせる。
遊園地に連れてきてもらった子供のような顔だ。
「仕掛け?」
「あら? ワタクシを楽しませる自信がおありなんでしょう? ただ街を見ておしまい……ではつまらないわ」
「はは……まぁ、乞うご期待ってことで」
「期待? 四十二区にこのワタクシが? 面白い冗談ですわね」
…………この女…………ついさっきまで日傘に夢中だったくせに。
どこかわくわくした感じは感じられるものの、やはり『所詮四十二区』というスタンスに変わりはないようだ。
いいだろう。
ならば、徹底的にもてなしてやろうじゃねぇか。
見せてやるぜ、エンターテイメントってヤツをな!
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