「ヤシロォ~!」
働く妹たちを眺めていると、通りの向こうからニワトリが走ってきた。
……え、なに!? 怖い怖い怖い! 鳥が来る! 鳥がぁ!
「お疲れ様。今日も精が出るわね」
日本人にとっては少し懐かしい雰囲気を醸し出すこの鳥は、養鶏場の一人娘ネフェリーだ。
思考回路が80年代のアニメヒロインのようであり、仕草は可愛らしいのだが……如何せん顔が完全にニワトリなので、見ていると微妙な気持ちにさせられる乙女だ。
「ネフェリーは歩く時に首を前後にしないんだな」
「やぁだ~! するわけないじゃない、鳥じゃないんだからぁ~!」
いや、鳥だけどな、お前は。
「それで、何か用か?」
「用、っていうか……ヤシロは、私たち……あっ」
と、「私ってば、今失言しちゃった☆」とでも言わんばかりに両手で口元を押さえ、そして軽く握った右手で自分の頭をぽかりと叩く。
ちょっと懐かしい雰囲気ながらも、可愛らしい仕草をイヤミなく素でやってのけるのがこのネフェリーという女子だ。ただ、顔は思いっっっっっっきりニワトリだが。
「ヤシロは街のみんなのために、新しいものを作ってくれてるんでしょ?」
「作ってるのはトルベック工務店の大工たちだがな」
「うふふ。ヤシロって、謙虚よね」
こちらのことを理解し、いいところも悪いところもみんな認めてくれる。ウチの隣にこんな幼馴染がいてくれたらと思わせるような、実に男受けしそうな性格をしている。ニワトリ顔のくせに。
「今日はね、頑張ってるヤシロに差し入れを持ってきたの。……口に合えば、いいんだけどな」
そう言って、小さな包みを俺に渡してくる。
その際、ネフェリーの指先に切り傷があるのを発見した。
「下手だけど一生懸命作ったんだぞ」系なのだろうか? それよりも、こいつの両手は羽になっていなくていいのだろうか? 首から下は完全に人間と同じなのだが……顔はニワトリ。
弁当の文化は、この街にはなかったと思ったのだが……ネフェリーは何を持ってきたのだろうか。
俺は渡された包みを開く。
中から出てきたのは、卵が二つ。……………………なに、これ?
「新鮮な卵を茹でてきたの。ゆで卵は、………………その……、好き?」
「なんで溜めたのかは知らんが、普通に好きだぞ」
「ホント! ……よかったぁ」
ホッと胸を撫で下ろすネフェリー。
……つかお前、ゆで卵作る工程のどこで指切ったんだよ? 不器用通り越して摩訶不思議な領域に到達してないか?
「いい匂いね。これはなんなの?」
俺にゆで卵を押しつけ、タコスに興味を惹かれるネフェリー。
え、なに? 俺がゆで卵食ってる横でタコス食う気なの? イジメ?
「タコスっていうの? へぇ~」
妹に説明を受け、興味深そうにタコスを見つめるネフェリー。
「ねぇヤシロ。これって売ってないの?」
「工事が一段落したら屋台を再開しようと思っていてな。そん時は売り出す予定だが……食いたいか?」
「え…………う、うん。だって、すごくいい匂いなんだもん」
「じゃあ、ちょっと待ってろ。おい、妹。用意してやってくれ」
「はーい!」
「あぁっ! でも! …………私、お金持ってなくて」
タコスを作り始めた妹を、ネフェリーは慌てて制止する。
「いいよ。このゆで卵と交換ってことだ」
「本当に!? ……ウチの卵、そんなに高くないよ?」
「そうなのか?」
俺はいつも格安で譲ってもらっているから適正価格を知らない。
味はいいし、黄身もしっかりしているいい卵なのだ。
エサを変えてからというもの、毎朝きちんと卵を産むようになったらしい。おまけに味も格段に良くなったと、以前俺に自慢していた。
それでも高値では売れないのか……まぁ、俺も安く譲ってもらっている身だしな。
今回くらい、ちょっとご馳走してやってもいいだろう。
「タコスの美味さを知り合いに広めてくれりゃ、それでいいよ」
「嬉しい! 前にヤシロが屋台やってるって聞いて、すごく行きたかったんだよ。……けど、私、あんまりお金持ってないから……」
どこの家も家計は厳しいようだ。
それよりも……
俺はネフェリーに近付いてこそっと耳打ちをする。ハムっ子たちには聞こえないように。
「お前は気にしないのか? その、ほら……」
「この子たちのこと?」
「あぁ、まぁ、そうだ」
「全然」
へぇ。偏見を持たないヤツもいるのか。
「だって、ヤシロはこの子たちのこと信じてるんでしょ?」
「え? あぁ。まぁな」
「だったら、私も信じる。私、ヤシロが信じてる人のことは信じられる気がするんだ」
なんて嬉しいことを言ってくれる娘なんだ……顔がニワトリなのが本当に悔やまれる。
「タコスー!」
「わぁ、ありがとうね、おチビちゃん」
「おチビ?」
「うふふ」
ネフェリーって、本当に『女の子っぽい』よな。
古き良き日本の、フィクションの中の理想の女子像に合致しそうだ。
……顔、以外はな。
いや、待て。もしかしたら、そう遠くない将来、ニワトリ系女子が大人気になることがあるかも………………ないか。うん。ないな。
「わぁ……美味しい…………っ!」
本心からの感激。それとはっきり分かる声だった。
言うともなく、思わず漏れた言葉に偽りはなく、ネフェリーが純粋にタコスを気に入ってくれたことが分かった。
そんなネフェリーを含め、あちらこちらから満足の声が聞こえてくる。
なんだか、ちょっとした祭りの会場みたいになっている。タコスフェスタか?
賑やかな笑い声と、美味いものを食った時特有のいい笑顔。そんな楽しげな輪の中に、ハムっ子たちが混ざり、あちらこちらで笑顔を覗かせている。
この連中はもう、スラムに偏見など持っていない。
ウーマロの威光が大いに発揮された結果かもしれんが……いや、共に汗を流し、同じ目的に向かって作業に従事していれば、そこには自然と仲間意識や絆といったものが生まれてくる。
とりあえず、ハムスター人族は居場所を見つけたと言っていいだろう。
あとは、一般住民の反応なのだが……
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