異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

48話 賄い料理 -2-

公開日時: 2020年11月16日(月) 20:01
文字数:2,370

「ヤシロォ~!」

 

 働く妹たちを眺めていると、通りの向こうからニワトリが走ってきた。

 ……え、なに!? 怖い怖い怖い! 鳥が来る! 鳥がぁ!

 

「お疲れ様。今日も精が出るわね」

 

 日本人にとっては少し懐かしい雰囲気を醸し出すこの鳥は、養鶏場の一人娘ネフェリーだ。

 思考回路が80年代のアニメヒロインのようであり、仕草は可愛らしいのだが……如何せん顔が完全にニワトリなので、見ていると微妙な気持ちにさせられる乙女だ。

 

「ネフェリーは歩く時に首を前後にしないんだな」

「やぁだ~! するわけないじゃない、鳥じゃないんだからぁ~!」

 

 いや、鳥だけどな、お前は。

 

「それで、何か用か?」

「用、っていうか……ヤシロは、私たち……あっ」

 

 と、「私ってば、今失言しちゃった☆」とでも言わんばかりに両手で口元を押さえ、そして軽く握った右手で自分の頭をぽかりと叩く。

 ちょっと懐かしい雰囲気ながらも、可愛らしい仕草をイヤミなく素でやってのけるのがこのネフェリーという女子だ。ただ、顔は思いっっっっっっきりニワトリだが。

 

「ヤシロは街のみんなのために、新しいものを作ってくれてるんでしょ?」

「作ってるのはトルベック工務店の大工たちだがな」

「うふふ。ヤシロって、謙虚よね」

 

 こちらのことを理解し、いいところも悪いところもみんな認めてくれる。ウチの隣にこんな幼馴染がいてくれたらと思わせるような、実に男受けしそうな性格をしている。ニワトリ顔のくせに。

 

「今日はね、頑張ってるヤシロに差し入れを持ってきたの。……口に合えば、いいんだけどな」

 

 そう言って、小さな包みを俺に渡してくる。

 その際、ネフェリーの指先に切り傷があるのを発見した。

「下手だけど一生懸命作ったんだぞ」系なのだろうか? それよりも、こいつの両手は羽になっていなくていいのだろうか? 首から下は完全に人間と同じなのだが……顔はニワトリ。

 

 弁当の文化は、この街にはなかったと思ったのだが……ネフェリーは何を持ってきたのだろうか。

 俺は渡された包みを開く。

 中から出てきたのは、卵が二つ。……………………なに、これ?

 

「新鮮な卵を茹でてきたの。ゆで卵は、………………その……、好き?」

「なんで溜めたのかは知らんが、普通に好きだぞ」

「ホント! ……よかったぁ」

 

 ホッと胸を撫で下ろすネフェリー。

 ……つかお前、ゆで卵作る工程のどこで指切ったんだよ? 不器用通り越して摩訶不思議な領域に到達してないか?

 

「いい匂いね。これはなんなの?」

 

 俺にゆで卵を押しつけ、タコスに興味を惹かれるネフェリー。

 え、なに? 俺がゆで卵食ってる横でタコス食う気なの? イジメ?

 

「タコスっていうの? へぇ~」

 

 妹に説明を受け、興味深そうにタコスを見つめるネフェリー。

 

「ねぇヤシロ。これって売ってないの?」

「工事が一段落したら屋台を再開しようと思っていてな。そん時は売り出す予定だが……食いたいか?」

「え…………う、うん。だって、すごくいい匂いなんだもん」

「じゃあ、ちょっと待ってろ。おい、妹。用意してやってくれ」

「はーい!」

「あぁっ! でも! …………私、お金持ってなくて」

 

 タコスを作り始めた妹を、ネフェリーは慌てて制止する。

 

「いいよ。このゆで卵と交換ってことだ」

「本当に!? ……ウチの卵、そんなに高くないよ?」

「そうなのか?」

 

 俺はいつも格安で譲ってもらっているから適正価格を知らない。

 味はいいし、黄身もしっかりしているいい卵なのだ。

 エサを変えてからというもの、毎朝きちんと卵を産むようになったらしい。おまけに味も格段に良くなったと、以前俺に自慢していた。

 それでも高値では売れないのか……まぁ、俺も安く譲ってもらっている身だしな。

 

 今回くらい、ちょっとご馳走してやってもいいだろう。

 

「タコスの美味さを知り合いに広めてくれりゃ、それでいいよ」

「嬉しい! 前にヤシロが屋台やってるって聞いて、すごく行きたかったんだよ。……けど、私、あんまりお金持ってないから……」

 

 どこの家も家計は厳しいようだ。

 それよりも……

 

 俺はネフェリーに近付いてこそっと耳打ちをする。ハムっ子たちには聞こえないように。

 

「お前は気にしないのか? その、ほら……」

「この子たちのこと?」

「あぁ、まぁ、そうだ」

「全然」

 

 へぇ。偏見を持たないヤツもいるのか。

 

「だって、ヤシロはこの子たちのこと信じてるんでしょ?」

「え? あぁ。まぁな」

「だったら、私も信じる。私、ヤシロが信じてる人のことは信じられる気がするんだ」

 

 なんて嬉しいことを言ってくれる娘なんだ……顔がニワトリなのが本当に悔やまれる。

 

「タコスー!」

「わぁ、ありがとうね、おチビちゃん」

「おチビ?」

「うふふ」

 

 ネフェリーって、本当に『女の子っぽい』よな。

 古き良き日本の、フィクションの中の理想の女子像に合致しそうだ。

 ……顔、以外はな。

 いや、待て。もしかしたら、そう遠くない将来、ニワトリ系女子が大人気になることがあるかも………………ないか。うん。ないな。

 

「わぁ……美味しい…………っ!」

 

 本心からの感激。それとはっきり分かる声だった。

 言うともなく、思わず漏れた言葉に偽りはなく、ネフェリーが純粋にタコスを気に入ってくれたことが分かった。

 

 そんなネフェリーを含め、あちらこちらから満足の声が聞こえてくる。

 なんだか、ちょっとした祭りの会場みたいになっている。タコスフェスタか?

 賑やかな笑い声と、美味いものを食った時特有のいい笑顔。そんな楽しげな輪の中に、ハムっ子たちが混ざり、あちらこちらで笑顔を覗かせている。

 この連中はもう、スラムに偏見など持っていない。

 ウーマロの威光が大いに発揮された結果かもしれんが……いや、共に汗を流し、同じ目的に向かって作業に従事していれば、そこには自然と仲間意識や絆といったものが生まれてくる。

 とりあえず、ハムスター人族は居場所を見つけたと言っていいだろう。

 

 あとは、一般住民の反応なのだが……

 

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