異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

67話 祭りの朝 -2-

公開日時: 2020年12月5日(土) 08:01
文字数:3,935

「おにーちゃーん!」


 大通りにほど近い場所に陽だまり亭の『出店』がある。


 祭りに参加を表明した店や職人たちには同じサイズの『出店』が、一団体につき一つ貸し出されている。どんなに権力があろうが、金を積もうが、一団体に一つだ。

 でなければ、その団体が場所を占領して面白味が半減するからな。

 場所は、大まかな括りだけ決めて、その後くじ引きで場所を決めた。

 主食系をバラけさせたり、飲み物を一定間隔で配置したり、土産物は固めたりと、それくらいの区分けだけは実行委員の裁量で調整させてもらったが。

 まぁ、夏冬の日本一大マーケットとか、そういうイベントみたいなノリだな。


 この限られたスペースをどう工夫して他との差を出すのか……そういうのも見ものになっている。

 なので、若干、日本の出店とは趣が変わってしまっているが、そこはそれ。この街ならではの祭りってことでいいんじゃないかと思っている。オリジナルに忠実である必要はないからな。


「おこのみやきー!」

「さっき売れたよー!」


 妹たちが元気いっぱいに手を振ってくる。

 陽だまり亭の出店では、お好み焼きを提供している。過去にベルティーナが大絶賛していたのでイケるだろうと踏んだのだ。

 何より、祭りにはお好み焼きがつきものだからな。


「美味しそうですわね。いい香りですわ」

「食うか?」

「ハーフサイズにはなりませんの?」

「……出店でカスタマイズすんなよ…………」

「これを一枚丸々食べると、他の物が食べられなくなりますわ。ワタクシレベルの人間になりますと、計画性というものに富んでおりますのよ」


 計画性が富んだり貧したりするものなのかは知らんが、細かい注文はご遠慮願いたい。そんな注文を聞いていては客がさばけなくなる。


「半分にしたいなら、客側で半分こでもしてくれ」

「で、でしたら…………あ、あなたに半分差し上げますわ!」

「いや……俺は、正直……お好み焼きはしばらく見たくもない……」


 妹たちの特訓に付き合って死ぬほど食ったのだ。いや、食って死んだのだ。たぶん、二度ほど幽体離脱をしている。

 何を隠そう、もう、この甘辛いソースの香りだけで…………


「じゃあ、ボクと半分こしようか?」

「あなたと……ですの?」

「じゃあ、一人で食べきるんだね」

「しょうがないですわね。ご馳走になって差し上げますわ」

「……ボクがお金出すの? 木こりギルドの方がお金持ちなのに……」

「本日は『接待』だと伺っておりますので」

「…………ったく、もう」


 渋々と、エステラが財布の口を開く。

 …………がま口だった。


「おい、それ……どうしたんだ?」

「あ、これかい? えへへ、可愛いだろう?」


 物凄く嬉しそうにがま口を見せびらかしてくる。

 聞いてほしくて仕方ないような顔だ。


「ウクリネスが開発した財布なんだ。ワンタッチで開閉出来る上に、紐で縛るよりも口がきっちり閉じて硬貨が落ちないんだよ! そしてこのフォルムの可愛さといったら…………ウクリネスって、実は天才なんじゃないかな?」


 それの原案を教えたのは俺なんだがな。

 巾着を作る際に、こういう財布があると絵に描いて説明だけしたのだ。時間も材料もないだろうと今回は保留にしておいたのだが…………あのヒツジおばさん、忙し過ぎて変なスイッチ入っちゃってんじゃないのか? 祭りが終わった途端倒れんじゃないだろうか……


「エステラさん!」

「な、なに……かな?」


 突然大きな声を上げたイメルダに、エステラが肩をすくませる。


「そのお財布を譲ってくだされば、本日の払いはすべてワタクシが持ちますわ!」


 一目惚れしたらしい。

 こいつ……単純だな。

 シリーズ物を一つでも手にしてしまうとオールコンプリートしないと気が済まないタイプなのだろう。


「で、でも……結構気に入ってるし……」


 難色を示すエステラ。……って、何を迷うことがある。がま口くらいあとで買い直せばいいだろうが。


「今、がま口の生産はストップしてるんだよ。再開されるのはたぶん、来月以降なんだ」


 イメルダに聞かれないように、こっそりと俺にそう説明するエステラ。

 なんだよ、そんなことくらい!


「くれてやれよ。今度俺が作ってやるから」

「ホントにっ!?」

「あぁ。……お前のお小遣いは四十二区の財政に直結している。無駄遣いはやめるんだ」

「……そんなオーバーな」


 バカっ!

 祭りでは財布の口がゆっるゆるになるんだぞ!

 諭吉さんに羽が生えて飛んでいく様を何度見たことか!

 きっと今回もそうなる。気が付くと、「え、銀貨蒸発してない?」って思うくらいに減ってるからな!


「……ヤシロの手作りか…………ふふ」


 パチンと、がま口を鳴らし、エステラは中の硬貨を別の袋へと移し換える。


「それじゃあ、進呈しよう。『接待』だからね」

「うふふ。いい心がけですわ。ワタクシ、少々上機嫌になりましてよ?」


 あぁ、このお嬢様ちょろいな~……

 実演販売とかにコロッと騙されて買っちゃうタイプに違いない。


 そんなわけで、イメルダの奢りでお好み焼きを購入し、エステラとイメルダがシェアして食べている。

 なんか、仲良しお嬢様みたいで、見ていて和む。


 と、そこへ、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「……ヤシロ、ポップコーン、食べる?」


 マグダだ。

 マグダは大通りにいつもの屋台を出している。


「いや、今はいいよ。売れ行きはどうだ?」

「……新規顧客が入れ食い」

「四十区の連中か?」

「……そう。………………四十区もちょろいもんよ」

「なぁ……どこで覚えてくるんだ、そういう言い回し?」


 悪代官のように口角を上げるマグダ。だが瞳はいつも虚ろで無表情だ。


 実行委員会の取り決めにより、『出店』は一団体に一つなのだが、普段から営業している店はカウントされない。なので、『カンタルチカ』はフランクフルトの『出店』を出店しながら、大通りではいつも通り営業している。

 当然だろう。

『出店』のために、本来の店を閉めるなんて馬鹿げている。


 なので、マグダが仕切る陽だまり亭二号店とロレッタの仕切る陽だまり亭七号店は本日も通常営業を行っている。


 あぁ、そうそう!


 陽だまり亭ももちろん、通常営業を行っている。

『偶然にも』祭り会場の途中に店があるので、今日はちょっとした大フィーバーをしそうな勢いだ。

 というのも、『たまたま』祭り会場となる通りに店があるということで、祭りで歩き疲れた人たちが座って休める休憩所として店内と、店の前の庭を広く開放しているのだ。

 軽く腰を掛けられる椅子と大きなテーブルを設置し、歩き回って疲れた足腰を癒してもらう。そういうちょっとしたスペースって、あるとすげぇ助かるんだよな。

 精霊神への感謝を示す祭りの日だ。それくらいのサービス精神は見せるべきだろう。

 座るのに金なんか取らない。

 ただし、……何かをついでに買って食べる分には全然構わない、っていうかむしろ何か食っていくといいと思うよ?


 というわけで、本日陽だまり亭は、本店・二号店・七号店・出店の四ヶ所で営業している!

 ふははは! 勝てる! 勝てるぞ!

 見ろ! 客がアリのように群がってきよるわ!


 ここまで手広く展開できたのも、妹たちの頑張りによるところが大きい。

 毎日陽だまり亭で下積みをして、今では店番を任せられるくらいにまで成長したのだ。

 そして、マグダとロレッタは、部下を得たことで妹たちの何倍も成長を見せている。

 もはや、あいつらに屋台を任せることに一切の不安などない。暖簾分けをしてやってもいいレベルなのだ。

 まぁ、まだ手放さないけどな。


 そんなわけで、少しくらいなら時間が作れるんじゃないかと、俺は思っているわけだ。

 ……だから、ほら。ジネットのご褒美のな。


「妹さん。お好み焼きを二枚追加ですわ!」

「おい! 計画性どうした!?」

「だって、美味しいんですもの!」

「他にもいろいろ食うんだろうが! あと口の周りを拭け! 美しい物好きのお嬢様よぉ!」


 しかし、イメルダは空になった紙皿と箸を持っているため手が塞がっている。

 オロオロとして、浴衣で拭こうかと一瞬迷いやがった。

 やめろよ、お前!?


「もう! しょうがねぇなぁ!」


 俺は懐からハンカチを取り出してイメルダの口を拭いてやる。グリグリグリグリ……この痛みで少しは反省しやがれ……グリグリグリグリ!


「ちょ、ちょっと! ヤシロさんっ!」


 イメルダが、堪らずといった風に俺の手を振り払う。

 そして唇を押さえて俺を睨む。……ふふふ、痛かったか?


「そ、そんな乱暴になさらないで…………ワタクシ、初めてですのに」


 ……ん?

 なに言ってるの、この人?


「……唇を、奪われてしまいましたわ……」

「奪ってないよっ!?」


 それは、マウス・トゥ・マウスの時にのみ使っていい表現だから!


「…………大胆ですのね」

「おい、その発言、木こりギルドの連中の前で絶対すんなよ」


 俺の寿命が数十年単位で縮むからな?


「ヤシロ…………こんな公衆の面前で」

「お前、見てたよね!? 口拭いただけだぞ!? 変に受け取る方がおかしいだろ?」

「さぁ、よく分からないなぁ。……ボクはそんなことしてもらったことないからね」


 えぇ……なに、このちょっとした修羅場っぽい空気……


「……祭りは、恋の香り」

「とりあえず俺はお好み焼きの香りしか感じないけどな」


 マグダがしたり顔っぽい無表情で「うまいこと言いました!」みたいな視線を送ってくる。

 褒めてなど、やるものか!


「では、お好み焼きはまたあとでいただくとして、少し歩くといたしましょう」

「そうだね。ボクもいろいろ見てみたいや」

「しかし……鬼のような人ごみだな…………はぐれるなよ」

「もちろんですわ」

「分かってるって」


 言いながら、右手をイメルダが、左手をエステラが握る。

 ……えぇ…………歩きにくいぃ~……


「さぁ、参りましょう、ヤシロさん」

「行こうか、ヤシロ」

「……祭りは、恋の香り」


 いや、もう……その香りいいわ。


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