異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

169話 新たなブーム、そして…… -1-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:3,635

「弟妹総出の、お手伝いやー!」

「殻、剥くー!」

「剥けー!」

「殻は剥いてもー」

「「「剥かれるなー!」」」

 

 陽だまり亭の中庭に、ぎっしりとハムっ子たちが集結している。

 殻が剥けたものから順に厨房へと送られ、ピーナッツバターと、ハニーローストピーナッツへの加工が施されていく。

 その中のいくつかはハチミツに漬け込んでおく。だいたい一週間くらい漬けておけば食べられるだろう。漬け込む前に乾煎りして、漬け込む瓶を煮沸殺菌するのも忘れない。

 

「いい香りだねぇ……」

 

 厨房には、遅れてやって来たエステラがいる。

 二十九区への対応策を考えていて、朝食に遅れたのだ。

 

「手伝わせてやろうか?」

「ん、応援してる」

 

 ……コノヤロウ。

 

「ヤシロさん。ピーナッツ、いっぱい来ましたよ~」

「んじゃ、ローストするか」

 

 ジネットが、大きなザルいっぱいのピーナッツを持ってくる。

 薄皮までしっかり剥かれたピーナツをフライパンで、焦がさないようにローストしていく。

 

「そういえば、落花生って生でも食べられるんですよね? ビックリしちゃいました」

 

 と、殻のままの落花生を指で摘まみ、ジネットが俺の作業を覗き込んでいる。

 生で? ……あ、それは違うぞ。

 

 殻を剥いて、ピーナッツを一粒口へ運ぶジネット。

 それを『生』と表現するのは間違っている。

 

「こいつは、提供された時点ですでに一回乾煎りされてるんだよ」

「へ? そうなんですか?」

「へぇ、そうなんだ」

 

 ジネットの隣でエステラも目を丸くしている。

 ……いや、生の豆は食えねぇよ、苦くて。

 

 二十九区のカフェで出された落花生も、その後渡された落花生も、どちらも殻を剥いたらすぐに食べられる状態だった。それはおそらく、出荷しているところが先に殻ごと乾煎りしているからだ。

 落花生は天日で干して、その後乾煎りをしなければいけない。

 殻を剥いてから乾煎りすれば、嵩が減って一気にロースト出来るのだが、その後の保存が大変だ。剥き出しのピーナッツを適当な袋に入れておいたのでは雑菌が付きかねない。

 ならば、殻ごと乾煎りをして殻に閉じ込めておけばいい。持ち運び前提だからこそ、そんな手間をかけているのだろう。

 

「すぐに食べられる状態にしてあるのは、少しでも顧客を得ようという企業努力ってわけだね」

 

 エステラの言うように、この街の各ギルドは、自分たちの手がける商品がより売れるように様々な工夫や研究、開発を行っている。

 味噌や醤油が編み出されていたり、砂糖の精製法が確立されていたり。

 

 逆に、それが出来ていないところは貧困にあえぐことになる。

 かつてのヤップロックのトウモロコシやアリクイ兄弟のサトウダイコンみたいにな。

 

「では、今乾煎りしているのは?」

「殺菌って側面もあるが、乾煎りすれば香りが増すし、歯ごたえがパリッとする。今から作るのは、そういうパリッと感が欲しいんだよ」

 

 香ばしい匂いが立ち上ってきたところで、乾煎りしていたピーナッツを一度木のボウルに出して熱を冷ます。

 粗熱がとれたら、今度はハチミツをフライパンで熱する。焦げないように……

 あとはこいつを絡めて、砂糖と塩を振って、冷ませば――パリッと甘いハニーローストピーナッツの完成だ。

 

「もう食べていいかな!?」

 

 冷めるまでの間、お預けを食らわされていたエステラが、エサを前にしたイヌみたいな目で俺を見てく…………いや、ピーナッツに釘づけだな、視線。

 

「エステラ」

「なに?」

「お手」

 

 手を差し出すと、そこにエステラがぽんっと手を載せる。

 が、すぐに振り払われた。

 

「何やらせんのさ!?」

「お前、花園の時も引っかかってたよな」

「何回もやらせないでくれるかな!?」

 

 やっぱり、エステラは犬みたいだ。

 なんというか、雰囲気が。

 なので――

 

「エステラ」

「今度はなに?」

「育て」

「それが出来るならもうやってるよ!」

 

「お手」は出来ても「育て」は出来ないとは……つくづくエステラだな、お前は。

 

「まだ熱いから気を付けろよ」

「うん!」

 

 キラキラした目でハニーローストピーナッツを摘まむ。

 それに続き、ジネットも一粒口へと運ぶ。

 

「ん~! あまぁ~い!」

「微かに塩の味がするのがいいですね」

「ただ、かなりの高カロリーだから、食い過ぎるなよ」

 

 バカみたいに食うと肥満になるし、腹を壊すかもしれないしな。

 

「……ヤシロ。ピーナッツペーストが出来た」

「こ、こっちも……なんとか終わったです……」

 

 ピーナッツバターを担当していたマグダとロレッタが、綺麗にペースト状になったピーナッツを持ってくる。

 ロレッタは腕がぷるぷる震えている。しんどいんだよな、この作業は地味に。

 

 あとはハチミツその他と混ぜ合わせれば完成だ。

 

「はいはい! あたいが混ぜ合わせる!」

 

 デリアが元気よく挙手をし、猛アピールしてくる。

 よし!

 

「ノーマ、頼む」

「はいはい。任しておくさね」

「なんでノーマなんだよぉ!? あたいの方が甘いの好きなのにぃ!」

「だからだよ」

 

 デリアに任せると、物凄く甘くなりかねない。ノーマなら、その辺はうまくやってくれるだろう。

 

「で、ジネット。クレープは?」

「はい、もうすでに」

 

 クレープ担当だったジネットは、もうすでに十分過ぎるくらいのクレープを焼き終わっていた。

 手際が良過ぎるだろう、お前。

 

「ヤシロさん、ちょっとよろしいですか?」

 

 教会からハムっ子たちを借りているので、その保護者として陽だまり亭にやって来ているベルティーナ。本心は、もうちょっと食いたいってところなんだろうが。

 そんなベルティーナが、俺にこんな提案をしてくる。

 

「クレープも美味しいですが、子供たちは、もっと歯ごたえのあるものの方が喜ぶかもしれません。明け方にロレッタさんが作ってくださったホットケーキのようなものが」

「あれはクレープですよ!?」

 

 と、明け方にいくつものホットケーキを生み出したロレッタが抗議している。

 

 まぁ、確かに。ホットケーキとかあるといいかもしれないな。

 ただしやるならきちんと、クレープの出来損ないじゃなくて、ちゃんとホットケーキとして作るけどな。

 

「そうだ、ヤシロ! どうせならさっきのドーナツってやつも作ってみたらどうだ? 子供たちもたくさんいるしさ」

「ちょっ!? デリア!」

 

 お前なぁ!

 ベルティーナの前で新しい食い物の名前を出すなよ!

 それがどんな物か分からなくても、直感で美味いことを悟っちまうような特殊能力持ちなんだぞ、ベルティーナは!

 

「ヤシロさん!」

 

 ほら見ろ。そんな話をすると――

 

「そのドーナツというのは、一体どんなお料理なんですか? とても興味深いです!」

 

 ――こうやって、物凄い食いついてくるんだから……

 

「作りましょう! 是非!」

「あのな、いいから落ち着けベルティー……ジネット!?」

「わたし、作りたいです!」

 

 なんということでしょう……

 せっついているのは十中八九ベルティーナだと思っていたのだが……

 

 振り返った俺の目の前にいたのは、興味津々と瞳をきっらきら輝かせているジネットだった。

 ベルティーナはその後ろで、同じく興味深そうな目で俺を見ている。

 ジネットがベルティーナよりも前に来ているとは…………

 

 ヤバい……ジネットのベルティーナ化が始まっている。

 食を提供する側か消費する側かという違いこそあれど、美味いものの情報を得るとわくわくし過ぎてしまうDNAが、ジネットにしっかりと受け継がれてしまっている。

 

「あ、あの! わたし、頑張りますので! お仕事の方も、ちゃんとこなしますので! ヤシロさんさえよければ、是非!」

 

 なんかもう、瞳から溢れ出たきらきらが全身を覆って、ジネットが微かに輝いているように見える。

「新しいお料理を覚えたいです!」と、顔に書いてある。……しょうがねぇな。

 

「ピーナッツが一段落したら、ガキどもを一度厨房から出してくれ」

「厨房から、ですか?」

「ドーナツってのは、小麦を油で揚げるんだ。ガキがちょろちょろしてると危ねぇからな」

「はい。ではみなさん。ヤシロさんが美味しい料理を作ってくださるので、いい子にしていましょうね~」

「「「「はーい!」」」」

 

 ジネットの声に、裏庭からハムっ子どもが一斉に顔を出す。

 一糸乱れぬ綺麗な挙手がずらりと並び……振り返るとベルティーナが同じ格好をしてにこにこしていた。

 ……あ、デリアとノーマも乗っかった。

 

 と、まぁ。

 結局こうなるわけで……

 広くなった陽だまり亭の厨房ですら手狭に感じるくらいに人が溢れ、ドタバタと料理は進んでいった。

 

「こんにちわッス~…………って!? なんッスか、この人数!?」

 

 いつものように朝飯を食いに来たウーマロが、客席ではなく厨房に溢れ返っている人を見て驚いている。

 

 ホール側では、教会のガキどもがエンドウ豆とソラマメの皮をせっせと剥いていた。

 ハムっ子たちほどのスピードはないものの、食べ物を大切に扱う精神をベルティーナから徹底的に教え込まれたガキどもは丁寧に作業を行っていた。

 

 こっちの豆は、とりあえず豆板醤の目途が立つまでは、天ぷらや豆ごはんにでもして消費するとするかな。

 

 二十九区で押しつけられた豆たちは、こうして着々と消費されていった。

 

 

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