「……ヤシロ、お待たせ」
「お兄ちゃん、お手伝いに来たですよ!」
しばらくして、でっかい樽を三つ載せた荷車を曳いてマグダが戻ってきた。
ロレッタを伴って。
「ロレッタ? どうした、迷子か? 陽だまり亭ならここの前の道をまっすぐ――」
「違うですよ!? さすがにこの付近で迷子にはならないです!」
打てば響くロレッタが、面白い感じで頬を膨らませる。
「お兄ちゃんが全身泥だらけになったと聞いて、お手伝いに来たです」
「服脱がし係か……エッチ」
「ち、ちち、違うですよ!? 洗濯係です!」
と、ロレッタは荷車からこれまたでっかいタライを引っ張り出してきて掲げる。
「今、妹たちをミリリっちょの手伝いに向かわせてるです。もうすぐ一緒に来るですよ」
ロレッタの言葉通り、それからほどなくしてミリィとイメルダが小さな妹二人と一緒に戻ってきた。
こちらも、負けず劣らずデカい樽を三つも積んだ荷車を曳いて。
「なんか、樽々しい光景だな」
「……陽だまり亭から熱湯を持ってきた。水で洗うには、ここは寒過ぎる」
俺たちの泥を洗い流すために、ここで簡易的な風呂を入れてくれるらしい。
正直助かる。
沼に嵌って、さっきから寒気が止まらないのだ。
風邪引きそうだよ、マジで。
「……店長がすぐにお風呂に入れるように準備してくれていた」
「あぁ、そのお湯をもらってきてくれたのか」
「追加情報で、レジーナさんも沼に落ちたって聞いたので、お風呂を一個分増やして持ってきたです」
というわけで、熱湯が入った樽が一個、俺とレジーナ用の風呂になる空の樽が二個らしい。
ミリィの方の樽は、全部なみなみと真水が入っている。
「でりあさんに話したら、いっぱい持っていけって」
川の水を大盤振る舞いしてくれたようだ。
最近は水量もすっかり元通りになり、川の水は領民全員に惜しみなく使用されている。
「……レジーナの分の着替えも用意してある。使うといい」
「おおきになぁ。せやけど、よぅウチのことまで伝わったもんやな」
「みりぃがね、湿地帯の外に出たら妹ちゃんがいたからね、ろれったさんに伝えてって、ぉ願いしたの」
「そして、ヒューイットネットワークを駆使して、レジーナさんのピンチを知り、こうして駆けつけたわけです!」
「おおきになぁ、ウチの尻のピンチに駆けつけてくれて」
「尻のピンチに駆けつけたんじゃなくて、ピンチを知り駆けつけたですよ!?」
「似たようなもんやんか」
「全然違うですよ!?」
レジーナのお尻を守り隊のロレッタがレジーナと戯れている。
いいから早く風呂にしてくれ。寒いんだよ。
「とりあえず、お兄ちゃんとレジーナさんは着ているものを全部脱いでです」
「「エッチ」」
「あ、あたしは見ないですよ!? 脱いだ服はカゴに入れて置いておいてです! あたしが洗っておくですから!」
「燃やしてもかまへんで? ばっちぃやろ?」
「大丈夫です! これでもあたしは、ヤンチャ盛りの弟たちを両手の指では到底収まりきらないくらい抱えている長女ですからね。どろんこの服を綺麗に洗濯するのには慣れてるです! 店長さんとムムお婆さんにお洗濯術も習ってるですし、どーんと任せてです」
「ほなちょっと待っててな。パンツの数数えとくし」
「盗らないですし、数えるほど穿いてるですか、レジーナさん!?」
恥ずかしがっているのだろう。
誰かに服を洗ってもらうなんて経験、レジーナは乏しいだろうしな。
……母親がいなかったなら、なおさら甘え下手だろうし。
「じゃあレジーナ、さっさと風呂に入ろうぜ」
「って、な~んで一緒に入るみたいな空気出しとんねんな?」
さりげなく距離を詰めたら、すーっと距離を取られた。
……勢いに任せればいけるかと思ったのだが。
「ちゃんと仕切り布も持ってきたですよ。そこら辺の木の枝に紐を結んで、囲いを作るです」
「……まさか、女子の方しか囲いがないとか言わないよな?」
さすがの俺も、お前らが見ている前で全裸になるのは抵抗があるぞ。
「大丈夫です。ちゃんとお兄ちゃんの分もあるです」
「「ただし、木の上からなら丸見えだけどなー、ぐっへっへー」」
「どこで覚えてきたですか、あんたたち!?」
「「……お兄ちゃん?」」
「お兄ちゃん……」
「教えてねぇわ」
四~五歳の妹にそんな言葉教えるわけねぇだろうが。
……たぶん、勝手に聞いて勝手に覚えたんだよ。うん、俺のせいじゃない。
教育的に悪影響を及ぼすものを撲滅するなんて出来っこないんだから、それがなぜ、どのようによくないかをガキに教えるのは保護者の役割だ。
うん。俺は悪くない。ロレッタの怠慢だな、うん。
「お兄ちゃん、弟妹の前であんまり変なこと言わないでです」
「お前はBPOか」
なんでもかんでも発信側に求めるな。
受信側も努力を忘れずにね!
そして、地上波におっぱいの復活をっ!
……まぁ、俺はもう地上波は見ないんだけれども。
「ほらあんたたち、マグダっちょのお手伝いしてです。お風呂の準備ですよ」
「「はーい!」」
年少組は、仕事に出られない分家事の手伝いをするようで、この五歳の妹たちは本日の洗濯当番なのだそうだ。
余計な仕事増やしちまったな。
ミリィがするすると木に登り、ロープを枝にかけていく。
ぴんと張ったロープに白く大きなシーツをかければ、湿地帯の中にちょっとした個室が誕生する。
……この薄い布一枚の向こうでレジーナが風呂に入るのかと思うと、ちょっとドキドキするけどな。
「……ヤシロ。シーツを汚したり濡らしたりしたら、懺悔室」
「捲りゃしねぇよ」
……ちっ。
対策済みか。
泥のついた手で持っても、泥を落とすために洗った手で持ってもアウトとはな。
人一人がすっぽり入れるような大きな樽に熱湯が注がれ、そこへ真水を注いで湯加減を調整する。
「……ヤシロは熱め、レジーナはぬるめにしておいた」
「レジーナは熱いのダメなのか?」
「……熱いとすぐに出そうだから」
子供か。
でもまぁ、確かに湯船に浸かり慣れてないヤツはすぐに出たがるからなぁ。
ざっくりと『T』の字型にシーツで仕切られた簡易風呂場。
これ、沼側からは丸見えだよな?
……精霊神に覗かれてんじゃないのか、これ?
俺の入浴シーンは高いぞ、精霊神。見んなよ。
そんなことを思いながら、服を脱いでいく。
「脱いだ服はカゴに入れておいてです。お兄ちゃんたちがお風呂に浸かっている間に、あたしたちが洗っちゃうです」
とはいえ……ロレッタは俺のパンツまで洗うつもりか?
……なんか晒し者だな。
湯の張られた樽の隣に、真水が入った樽が置かれている。
熱い時に薄める用だ。
そして、体を洗うために手桶も用意されている。
「レジーナ。浸かる前に体と髪の泥を落としておけよ」
「……こんな外で、そんなことやらされるとはなぁ……」
「寂しいなら手伝ってやろうか?」
「四年くらい懺悔室に入っとり」
長いなぁ。
そんなに懺悔してたら何を懺悔してたのか忘れちまいそうだ。
服を脱ぎ、地べたに落とし、その上で体の泥を落とす。
こうすれば、服に付いた泥も少しは落ちるだろう。
気が利くマグダは、シャンプーと石鹸まで持ってきてくれていた。
だが、それで綺麗に洗おうという感情よりも外で真っ裸で何をやってんだって気持ちが勝り、そそくさと髪と体を洗う。
「……はぁ。なんや、めっちゃ落ち着かへんわ」
「言うな。こっちまでそわそわしちまう」
薄い仕切りの向こうから、レジーナのぼやきが聞こえてくる。
湯の香りと湯気がシーツを越えて伝わってくる。
ばしゃっという水音に、心拍数がやや上がる。
なんつーか、こう……壁越しの入浴って、妄想が膨らむよね。
湯に浸かってないのにのぼせそうだ。
体の泥を洗い流し、ついでに服の泥も軽く洗い流し――あの泥をダイレクトでロレッタに触れさせる必要もないしな――そして、下着を丹念に洗う。
これくらいは、俺でも洗える。
……つか、ロレッタには洗わせられない。
パンツ一枚綺麗に洗ってから、樽風呂へと浸かる。
「んなはぁぁあぁぁぁあ……気持ちぃ~」
「自分、変な声出さんときぃや、ホンマ。…………んはぁぁあ~、んぎもぢぃぃ~」
「君の方が奇怪な声だよ、レジーナ」
仕切りのシーツの向こう、二つの方向から女子の声が聞こえてくる。隣のレジーナと、向かいのエステラから。
なんつーとこで入浴してんだかなぁ、俺は。
「お二人ともお湯に浸かったです? じゃあ、ちょっとそっち行くですよ」
「「エッチ」」
「あたしじゃなくて妹が行くです! そのために小さい妹を連れてきたですよ!」
なるほど。
五歳なら俺の裸を見てもセーフだと。
じゃあ、逆もセーフにしろよ!
いや、さすがに五歳には興味ないけども。
「おにーちゃーん!」
「おぅ。じゃあ、洗濯頼むな」
「うんー!」
にこにこと、仕切りを越えてきた妹が、汚れ物の入ったカゴを抱えて出ていく。
「おにーちゃんすっぽんぽんだったよー、おねーちゃんー!」
「そんな報告いらないですよ!? あたしが見てこいって言ったみたいじゃないですか!? 言ってないですからね、お兄ちゃん!?」
風呂に入ってんだからすっぽんぽんは当たり前だろうが。
いちいち弁明せんでいいわ。
「おねーちゃん、おにーちゃんのパンツないよー」
「おにーちゃんは、穿かない派ー!」
「違うぞ妹ー!」
自分で洗っただけだっつの。
「おねーちゃん、残念?」
「どんまい、おねーちゃん!」
「残念じゃないですよ!?」
「レジーナさんのパンツはあるよー!」
「ぼろー!」
「ほっといてんか!?」
……どこであぁ育っちゃたんだろうなぁ、妹たち。
「レジーナ――」
「自分――」
「「――あんま妹(はん)に悪影響与えんな(あたえんときや)」」
なんか、他人のせいにしてるヤツがいる!
なんてヤツだ!?
「君らは、どっちも反省と自重をするように」
エステラが一括りで文句を言ってくる。
憤懣やるかたない系女子だな、まったく。
「じゃあ、とりあえず間を取って――」
「普通はんの教育のせいっちゅーことにしとこか」
「濡れ衣の規模が酷いですよ、二人とも!?」
パンツパンツと騒ぐ妹たちの声を聞きながら、俺は樽の湯の中で冷えた体をじっくりと温めた。
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