「それで、今回はなんの話をしに来たのだ? 旧知の者からの頼み故承諾はしたのだが」
今回の会談は、マーゥルの手によってお膳立てされたものだ。
マーゥルも、ドニスには話が通しやすいと言っていたし、ドニス自身も「マーゥルの頼みだから聞いてやった」という趣旨の言葉を口にした。
今回の訪問は特例なのかもしれないな。
「ご存知の通り、現在四十二区は『BU』加盟の各区から、水不足の原因を作ったとして賠償金を求められています。ですが、今回の異常気象に四十二区は一切関与しておりません。そのことを理解していただきたく参上しました」
「ふむ……」
アゴを掴むように手を添え、頬のシワをざりざりと撫でる。
老人ながら、髭は蓄えていない。そのせいで、細かな髭が音を立てているのだろう。
「もし、ボクたちの話を聞いて納得してくださるのなら、是非『BU』に加盟する他の区の領主にも、ボクたちの話を聞いてくれるように働きかけていただきたいのです」
「無理だな」
否定の言葉はあっさりともたらされた。
まだ、オードブルすら出てきてはいない。
「四十二区への賠償請求は多数決で決まったことだ。今さら蒸し返すことではない」
「で、ですがっ。ミスター・ドナーティは、最初反対の立場だったと……」
「面倒だったからな」
「…………めん、どう?」
アゴを撫でていた手を組んでテーブルに肘をつき、そこへ頭を載せる。
深いため息を吐いた後、ドニスは低い声で呟く。
「四十二区を引っ張り出して、金だ賠償だと集るような時間が面倒だった。ワシは、他にもっと大事な案件を抱えているからな。くだらないことで時間を使いたくなくて反対した。それだけだ」
後継者問題。
それ以外に割くような時間は惜しいと、それだけの理由でドニスは四十二区への賠償請求に反対した。余計な時間を取られないように。
「だが、多数決で請求することは決まり、ワシは時間を取られた。もう十分だろう。これで、四十二区が賠償金を速やかに支払えば、ワシはこれ以上この問題で時間を取られることはない。今さら、話を蒸し返す気はない」
「そんな……」
エステラのまゆ毛が歪む。
ドニスは、四十二区などどうでもいいのだ。
どうなろうと知ったことではない。
これ以上自分に関わるなと、そう思っている。
四十二区を助けるために行なった行動などでは、なかったわけだ。
「さぁ、食事にしよう。それが済んだらさっさと帰ってくれ。ワシはフィルマンとじっくり話さなければいけないことがあるのでな」
パンと、大きな音を鳴らしてドニスの両手が打ちつけられる。
それを合図に使用人たちがそれぞれの前にオードブルを運んでくる。
この食事が終わったら……時間切れ、か。
マーゥルのヤツめ。まさか、「食事の時間さえあればなんとか出来るでしょう?」なんて言うつもりじゃねぇだろな?
なんにせよ、開きかけていた穴が物凄い速度で閉じているのだ。そんな時に取る行動はただ一つしかないだろう……
「フィルマンはどう思う?」
「……え?」
――閉じかけた穴は、こじ開ける。
俺はフィルマンへ挑発的な視線を向ける。挑発的な笑みを浮かべて、挑発的なポーズを取る。
「あっはぁ~ん」
「何がしたいんですか、あなたは!?」
「いや、すまん。つい、挑発的な吐息を漏らしてしまった」
勢いというヤツだ。そんなに気にすることじゃない。
「人間が、天気を左右させるほどの影響力をこの世界に及ぼせると思うか?」
真面目な顔をしてフィルマンに問いかけると、フィルマンは分かりやすく眉根を寄せた。
質問の意味が分からない……という顔だ。
「四十二区がお祭り騒ぎをした結果、雨が降らなくなったそうだ」
「その話は、聞いています。……けど」
「そんなことが可能だと、本当に思うのか?」
フィルマンは少し考えた後で、考えることを放棄した。
「僕には分かりません。でも、『BU』の領主たちがみな、その可能性があると判断したのであれば、そういう事例もあり得るのかもしれませんね」
フィルマンはドニスと違い、『イマドキ』の『BU』っ子らしい。
要するに、「みんながそう言っているからそうなんじゃないのかなぁ」って思考の持ち主だ。
そうしていれば、大きな間違いを犯さずに済むと勘違いし、仮に失敗をしても自分一人で責任を負うことはないと高をくくっている。
どっちも大間違いなんだがな、それは。
……まぁ、それは追々嫌ってほど分からせてやるさ。
責任逃れに躍起になるヤツは、自分に責任がのしかかってくることにとにかく弱い。
もし、避けられないような状況に追い込まれたら、こいつはどんな反応を示すんだろうな。
「天気を自在に操れるヤツがいるなら、この街の麹職人なんか、存在価値がなくなるな」
「なっ!?」
フィルマンが思わず立ち上がる。
一見すれば、二十四区自慢の職人を侮辱されたことへ怒りを感じたように見えるだろう。
だが、違うよな?
「天気を自在に操れるのであれば、毎日毎日、日が昇るよりも早くから気温と湿度をチマチマ調節する必要はないからな。汗水流して躍起になってる麹職人など、滑稽に見えてくるよな」
「そんなことはありません! 麹職人は尊い存在ですっ!」
そこまで言い切って、熱くなり過ぎていた自分に気が付いたのだろう。
フィルマンは息をのんだ後で、「この、二十四区にとって」と、慌てて付け足し、そそくさと椅子に座った。
だが、そんなことで逃げられたと思うなよ?
「随分と、二十四区に思い入れがあるようだな」
「……当然でしょう。生まれ育った街なのですから」
「大切にしているんだな」
「ですから、…………当然でしょう」
「じゃあ、継いでやれよ。領主」
「…………っ!?」
「おぉ、いいことを言うな、若いの! そうだぞフィルマン! この街を大切に思うなら、必死に勉強をして、早くワシの跡を継ぐのだ!」
「そ、それとこれとは話が別です!」
堪らずといった風にフィルマンが立ち上がる。
立ち去ろうとした背中に、ドニスの怒声が飛ぶ。
「何が気に入らんのだ!?」
ビクッと肩を震わせ、フィルマンは足を止める。
しかし、振り向かない。
ドニスは怒りをあらわに、ゆっくりと立ち上がる。
「栄光ある二十四区の領主になるのに、なんの不満があるというのだ? なりたくてもその資格がない者が何人もおるのだぞ。その者たちから見れば、そなたがどれほど恵まれているか……っ」
「僕は、自分の将来を自分の手で決めたいんですっ!」
振り返ったフィルマンの目には涙が浮かび、食いしばられた歯はガチガチと震えていた。
怒りと恐怖が混ざり、複雑な表情を見せている。
逆らえない相手への恐怖。
譲れない強い想い。
思い通りにいかない己の人生への苛立ち。
本当に分かりやすい少年だ。
青春、してんなぁ。
「……将来、だと?」
フィルマンが顔を背ける。
怒りは爆発しやすいが、その火は比較的早く萎んでしまう。消えることはないが、ずっとくすぶり続ける。ただし、燃え上がることも出来ない。
「まさか、お前も大豆農家になりたいとか言い出すのか?」
自身の甥たちが皆選んだ道。
フィルマンもそうなのかという疑念を隠さずぶつけるドニス。
だが、フィルマンは何も答えない。
「領主とは、誇りのある仕事だ。農家が悪いとは言わん、だがっ! ……農家と比較して劣る職業では決してない!」
「……それは、承知しています」
「では、なぜ!?」
「…………」
フィルマンは答えない。
答えられない。
「領主になれば、メリットも多いぞ? 一生困らぬ金が手に入る、使用人たちも思いのままに扱える、貴族連中を傅かせることも出来る」
そんな甘言を囁くも、そんなものはフィルマンの心へは届かない。
「結婚だってそうだ」
フィルマンの肩が微かに揺れる。
「最高の相手を選べるのだぞ。良家の娘が、何人もお前の相手に名乗りを挙げているのだ。名のある貴族の娘ばかりだ」
フィルマンが唇を噛み締める。
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