異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

186話 キツネvsキツネ -2-

公開日時: 2021年3月18日(木) 20:01
文字数:3,168

「んじゃあ、早速試してみるさね」

「オイラが手紙を用意しておいたッスから、これを上まで運ぶッス」

 

 ウーマロがいくつかのチェック項目の書かれた紙を取り出す。

 稼働性、耐久性、先端の揺れ、異音の有無、などなど……

 荷物を送る際に何か異変がなかったかを上の連中にチェックさせるようだ。

 

「一応、上の連中に合図を送っておくッス」

 

 と、ウーマロが指笛を鳴らす。

 鼓膜を刺激するような甲高い音が鳴り響く。

 

「うまいな」

「へ? こんなんで褒めてくれるッスか!? なんなら教えてあげるッスよ!」

「いや、それはいらんけど」

 

 なんだろう。俺が褒めるのはそんなに珍しいことなのだろうか。

 ウーマロが気持ち悪いくらいににやにやして、ノーマが腹立たしげにそれを見ている。

 

 ほどなくして、遥か上空から角笛みたいな野太い音が返ってきた。

 あぁ……なんとなくヤンボルドが出しそうな音だな。

 こいつらは、普段からこんな風に合図を送り合ったりしているんだろうか。妙に手慣れている。

 

「さぁ、ヤシロさん。試しにやってみてッス」

「えぇ……俺が?」

 

 荷台の役割を果たす木箱に手紙を入れて、ウーマロが俺に振ってくる。

 だが、この高さを見てしまうと…………正直、面倒くさい。

 なにせ、ロープをひたすら引っ張って20メートル以上も荷物を持ち上げるのだ。

 腕がパンパンになりそうだな。

 

「四つの滑車と錘で、簡単に動かせるようになってるさね。いいから試しておくれな」

 

 妙に自信満々なノーマ。

 まぁ、試すけどさ。疲れたら代わってもらうし。

 

 と、ロープを引っ張ってみると……

 

「軽っ!?」

 

 想像以上に軽く、しかもちょっと引っ張っただけで木箱はぐんぐん上昇していった。

 ノーマが自信満々なわけだ。これは誰かに自慢したくなる技術だな。

 

「陽だまり亭の井戸にも、この装置を利用してもらいたいくらいだな」

 

 毎日毎日、トイレ用の水を屋根の上のタンクへと汲み上げているのだ。

 アレがかなり重くて相当きつい。……最近は俺がやらされる頻度が上がってるしな。力仕事はマグダがやればいいのに……俺みたいなか弱い男子に重労働を課しやがって…………ったく。

 

「一回、わざと手を離してみとくれな」

 

 これまた自慢げにノーマが言う。

 ロープから手を離してみるも、荷物は落下することなくきっちりとブレーキがかかっている。

 勢いよくロープを引き、荷物が上昇している最中に手を離してみても、しっかりとブレーキがかかり、荷物はその場にとどまった。揺れも少なく、アレなら液体でも零さず運べそうだ。

 

「大したもんだな」

「金属の歯車だと、噛み合う時にどうしても衝撃が生まれちまうんさよ。だから、魔獣のアキレス腱を使って柔軟性を持たせたんさよ! それから、滑車の溝には魔獣の革を張って摩擦を上げつつも摩耗を防ぐ細工を……」

 

 と、ノーマの得意顔から次々と言葉が溢れ出してくる。

 今回の装置に取り入れたギミックを余すことなく聞いてほしい。そんな思いがにじみ出している。

 話を聞けば、なるほどと納得するような肌理の細やかな配慮がそこかしこにちりばめられているらしい。

 ……ただ、そのドヤ顔はあまり人に見せない方がいいぞ。ちょっとアホっぽいから。

 

「……というわけで、こいつは女でも子供でも死にかけの爺さんでも、簡単に荷物を上まで運ぶことが出来るんさよ! 嘘だと思うなら、試しに死にかけの爺さんでも連れてきておくれな!」

「いや、こんなところで天寿を全うされても困るだろうに」

 

 ノーマは、技術があるのに、ちょっと残念な娘なのだ。

 褒められたくて仕方がないらしい。耳としっぽがわっさわっさ動いて、珍しく感情が露わになっている。いつものすました表情からは想像も出来ない顔だな。

 

「さすがノーマだ。お前に頼んでよかったよ。おかげで随分楽に運搬できるようになった」

「むはぁ~………………っ! それほどでもないさねっ。これくらいっ。ん~…………むふん!」

 

 すごく嬉しそうだ。

 なんか、すまし顔を作ろうとして盛大に失敗してるし、むにむに身もだえてるし。

 褒められ慣れてないんだろうなぁ。

 

「まっ、オイラたちの土台がしっかりしているからこそ成し得た装置ッスけどね!」

「張り合うなよ……お前らも十分すごいから」

 

 まったく、この二人は………………一緒に仕事をさせ続ければ、どんどん高度な技術を生み出してくれるんじゃないだろうか。うん、なんかそんな気がしてきた。

 ライバル意識の強い者同士を一緒にすると、切磋琢磨がとどまらないのかもしれないな。

 

「アタシらの技術のおかげでいい仕事が出来たんさ、感謝するんさね」

「装置にこだわり過ぎて重量オーバーしたくせによく言うッスよ! オイラたちが設計を変更してなきゃ搭載すら出来なかったんッスからね!」

「はいはい。もうそこら辺にしとけ。どっちもすごいから」

「あ~、日が出てきたら少し暑くなってきたさねぇ……」

「って! さり気なく服をはだけさせて胸元強調するなッス!」

「ノーマのおかげで素晴らしいものが出来たZE!」

「そしてヤシロさんもあっさり釣られ過ぎッスよ!?」

 

 バッカお前、ウーマロ。顧客満足度ってのは、サービス面での影響がすごく大きいんだぞ。

 そんなもん、ノーマの勝ちに決まってんだぞ。いやむしろ、谷間の勝ちだ!

 

「さぁ、たにーま1号のテストを続けるぞ」

「とどけ~る1号ッスよ!?」

 

 そんなもん、どっちだって似たようなものじゃないか。いやむしろ、たにーま1号の方が愛着が持てるというものだ。改名を検討しようかな……

 

 そんな重大議案を胸に抱えながら、再びロープを引き下げる。

 ほとんど力を入れることもなく、面白いようにするすると木箱が上がっていく。

 一辺が1メートル四方の巨大な木箱は、きっとそれだけでかなりの重さがあるだろうに。

 

 手紙一つを送るにはかなり大袈裟な入れ物ではあるが、空の状態で落下させることを考えると、ある一定の重さは必要なのだとか。

 俺はそこまで細かく計算してはいなかったのだが、これだけ少ない力で持ち上げられるようにしようとすれば、相当複雑な計算が必要だっただろう。

 キツネ人族は、思っている以上に頭の回る人種なのかもしれないな。

 

 などと考えていると、崖の上で『ジリリリッ!』とベルの音が響き、ロープがロックされたように動かなくなった。

 

「思ってたより時間がかかるッスね」

「そうさね。ヤシロでこんなにかかるとなると、ハムっ子たちには荷が重いかもしれないさねぇ」

 

 いやいや、十分だろ。

 俺が想定していた労力の十分の一程度も疲れなかったぞ。

 

 っていうか。

 

「ハムっ子たちにやらせる気なのか?」

「ん? そのつもりなんじゃないんかい?」

「いや、まぁ……そのつもりだったけど」

 

 当番制にして、荷物を送ったり、送られてきた荷物を届けたりということをしてもらうつもりだった。無論、エステラに了承は取ってある。

 ……が。

 

「俺って、ハムっ子たちをこき使ってるイメージあるのかな?」

 

 ウーマロとノーマには運営方法までは話していない。

 にもかかわらず、俺が新しいことを始めるとハムっ子を労力に使うはずと思われていたようだ。

 いかんな。ハムっ子たちが文句一つ言わずになんでもやってくれるから、ちょっと安く使い過ぎているのかもしれない。

 

「いえ、というかッスね……」

 

 ウーマロが無言で、伸ばした指をす~っと横へスライドさせる。――と、その先には、キラキラした瞳でこちらを見つめるハムっ子軍団が待ち構えていた。

 

「すでにやる気満々なんッスよ、あいつら」

「……あいつらも、身の安売りし過ぎだよな、うん」

 

 すげぇ楽しそうだから、まぁいいか。

 

「それで、使ってみた感想はどうッスか?」

「これから徐々に改良していくから、忌憚のない意見を聞きたいさね」

「いや、これで十分だよ。あとは使ったヤツの意見でも聞いてやってくれ」

 

 そもそも、マーゥルとの連絡用にしか使わないものだ。

 それなりの性能があれば十分に事足りる。

 

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