「君が花束を気軽に贈り合う習慣を根付かせようと働きかけただろう? その影響だよ」
「エステラ……」
セロンの背後からエステラがひょっこりと顔を出した。
嬉しそうな顔でこちらを見ている。
「……盗み聞きか? いやらしい」
「普通にここまで来たよ! 入り口からずっと聞こえてたから!」
「えっ!?」
と、今さらセロンが慌てて辺りを見渡す。
幸いというか、店に客の姿はない。
……つか、密談のつもりだったのかよ、お前。どんだけ無防備にしゃべってたのか自覚してないんだろうな。
「で、プロポーズが根付いていることを調べたってことは、お前ももちろんするつもりなんだよな?」
俺の耳にも、プロポーズするカップルが増えているなんて情報は入ってきていない。
普段から工房にこもってレンガを作っているか、ウェンディとイチャイチャしかしていないセロンが巷の流行に敏感なわけがない。
こいつが知っているということは、わざわざ調べたのだろう。
なぜそんなものを調べたのか……答えは一つ。
自分もそうするためだ。
そして、俺の推測が正しいことを、セロンが首肯をもって証明してくれた。
「じ、実は、ですね…………明日にでも、プロポーズはしようと思っていまして」
「そうなんですかっ!?」
「ぅおう!?」
ジネットが物凄く食いついた。
あまりの勢いに、思わず声を漏らしてしまったほどだ。
すっごく目がキラキラしている。
「はい。えっと……花束も用意して……その……約束も、取り付けてあります」
「……詳しく」
「非常に興味深いです!」
「お前ら、いつからそこにいた!?」
セロンの背後から、マグダとロレッタが顔を覗かせる。
どいつもこいつも食いつきやがって。
「プロポーズの言葉はきちんと考えてあるんだろうね? 一生に一度、そして一生涯忘れることの出来ない大切な瞬間なんだから、しっかり予行練習しておかなきゃダメだよ!」
と、エステラがセロンに忠告をしている。
まるで自分のことのようだな。お節介め。
しかし、そんなお節介焼きはエステラだけではないようだ。
ジネット、エステラ、マグダにロレッタと、四人の美少女に取り囲まれ、さながら尋問を受ける被疑者のような面持ちで、セロンは額に汗を浮かべる。相当なプレッシャーだろうなぁ。
なんでか女子は、知り合いの女子の相手に対して「幸せにしてあげなきゃ私たちが許さないからねっ!」的な圧力をかけてくるんだよな……お前ら、関係ないだろうって言葉は禁句なのだ。
「い、一応……言葉も、考えてあります」
「一応ねぇ……」
「……いささか不安」
「一世一代の大勝負に挑もうという気迫が感じられないです」
エステラ、マグダ、ロレッタは、セロンの『一応』という言葉に眉を顰める。
そういう弱腰な態度はマイナスに映るようだ。
「よろしければ、聞かせていただけませんか?」
と、ジネットが天使のような笑顔で悪魔のようなお願いを口にする。
……プロポーズの言葉を、関係ない異性に聞かせる?
なんの罰ゲームだよ……
セロンも困った様子で慌てふためいていたのだが……やがて腹をくくったのか、すっと顔を上げこくりと頷いた。
……マジか?
「プロポーズの言葉は、最近流行の……英雄様調で行こうと思っています」
「ん? ちょっと待ってくれるかな?」
英雄様調?
あなたのおっしゃる英雄って、どこの英雄?
「俺風……って意味じゃ、ない、よな?」
「いいえ。英雄様のように、男らしく思いやりのある優しい言葉のことです」
「そんなもんが流行ってるってのか!?」
「はい。僕の知り合いにも、英雄様調のプロポーズで成功したという者が何人もおります」
「……マジでか…………つか、俺っぽいって……どんなんだよ?」
嫌な予感しかしないのだが……知らないのはもっと嫌な感じだ。
すげぇ、変な気分なのだが…………俺っぽいプロポーズというものを見せてもらうことにしよう。
「少し……恥ずかしいですが…………では、やってみますね」
席を立ち、緊張して速まっているのであろう心臓を抑えつけ、セロンは大きく深呼吸をする。
そして、ロレッタが頭上に掲げる『ウェンディ』と書かれた紙に向かって、セロンは真剣な眼差しを向ける。
「ウェンディ……あ、今はありませんが、本番ではここで花束を渡します」
そんな注釈を入れつつ、花束の代わりに空になったグラスを握りしめ、それをロレッタの掲げる『ウェンディ』へと差し出す。
そして……
「べ、別に、君のために買ってきたんじゃないんだからねっ!」
「ちょっと待て、コラァ!?」
思わず止めてしまった。
止めずにいられようか!?
「なんだその、ツンデレは!?」
「続きがあるんです!」
「いや、そこでジ・エンドだろ!?」
「あるんです!」
断言するとセロンは『ウェンディ』へと向き直り、眉をキリリと持ち上げてこう続けた。
「これから、ずっとお前と一緒にいてやる! あくまで、僕の利益のためにねっ!」
「だから、ツンデレ!? なんなの、そのツンデレ!?」
「……ふむ。ヤシロっぽいね」
「嘘だろ!? 嘘だと言ってよ、エステラ!?」
俺、こんなツンデレだと思われてるの!? え、死にたい。
「……これは……ウェンディもイチコロ」
「マジで!?」
「かなりの破壊力です……」
「大丈夫か、お前ら!?」
「…………ぁう…………あの…………ノーコメントで」
「って、顔真っ赤じゃねぇかよ、ジネット!?」
「だ、だだだ、だって…………もし、自分だったらと想像したら…………」
「こんなんが嬉しいの!? ねぇ、一回冷静になろうぜ、みんな!?」
マグダもロレッタもジネットも、みんなおかしい。
そもそも、これは全然俺っぽくない!
「あぁ…………恥ずかしかった……」
耳まで真っ赤に染め上げて、セロンが顔を伏せる。
けどな……俺の方がもっと恥ずかしい目に遭ってんだよ…………お前のせいでな!?
「お、『お前』って言うのは……ハードルが高いですね」
「そこかよ!?」
もっと恥ずかしいところいっぱいあったよ!?
こんなんで結婚決まったら、絶対数年後に後悔するからな!?
「そ、それでですね! け、結婚はしたいのですが……ウェンディを、せ、世界一幸せな花嫁にするためにご助力願いたいのです! 普通の結婚ではなく、これまで英雄様が何度も何度も僕たちに示してくださったような、奇跡のような感動を、ウェンディに与えてあげたいのですっ!」
勢いに任せて言い切ると、セロンは腰を九十度に曲げて頭を下げた。
「よろしくお願いしますっ!」
…………いやぁ……奇跡のような感動とか言われても…………
「たぶんだけどさぁ…………この結婚ダメになんじゃね?」
「ど、どうしてですか!?」
「え、聞きたい?」
プロポーズの言葉がクッソ寒いからですけど!?
口にするのも憚られるレベルでね!
俺がウェンディなら、これまで見せたこともないようなメガトン級のパンチをお前のアゴに叩き込んで三日間ほど意識不明に陥れてやるところだぞ。
「ふむ……ヤシロの言いたいことはよく分かるよ」
細いアゴを指で摘まみ、エステラが瞳をきらりと輝かせる。
「ヤシロ調のプロポーズは難易度が高くて、失敗してしまう可能性が高いってことだね?」
「うわぁ……頭がよさそうに見えるバカがここにいる」
難易度が高いとすれば、羞恥心に負けてしまうからに他ならないだろう。黒歴史確実だからな。
「……やはり、英雄様調プロポーズを自在に操れるのは、英雄様だけ……と、いうことなんですね」
「ん、俺は操れないよ。なんか、俺の虚像が勝手に暴走しちゃってるだけだし」
「本人を目の前にすると、恥ずかしさで言葉が出なくなることって、ありますよね」
気遣うようにジネットが呟く。
でもなジネット。
本人がいなくても死ぬほど恥ずかしいんだぞ、ヤシロ調とか言われるのは。
「……では、明日。セロンのプロポーズを全員でこっそり見守りに行くということで」
「異論なしです!」
「そうだね。ボクもお供するよ。いろいろ気になるし。ね、ジネットちゃん」
「えっ!? あ、あの……えと…………はい。わたしも、気になります」
もしも~し、そこの四名様?
まるで、「わたしたちが見守っていればうまくいくはず」とでも言うように、四人娘の瞳には使命感という名の炎がメラメラと灯っていた。
「……いいのかよ、セロン?」
「え?」
「見学に行くつもりらしいぞ」
「あはは……確かに、少し恥ずかしいですが…………英雄様に見守っていていただけると思うと、勇気が出ますっ!」
えぇ……俺も行くのぉ?
また今みたいな辱めを受けなきゃいけないのぉ?
…………勘弁してくれよ。
でもまぁ……協力するって言ったしなぁ……
「…………分かった。プロポーズがうまくいって、お前たちが結婚に向けて動き始めたなら、その時は、俺も出来る範囲で協力をしてやるよ」
「はい! 頑張ります!」
爽やかな笑みを浮かべて、セロンは拳を握りしめる。
男が腹をくくった瞬間だ。その姿は勇ましく、きっと凛々しくも頼もしく女子たちの目に映っていることだろう。
だからこそ、なぁ、セロン……
プロポーズの言葉、変えない?
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