異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

149話 懺悔 -1-

公開日時: 2021年2月26日(金) 20:01
文字数:2,092

「ジネット……話がある」

 

 厨房へ向かいかけていたジネットを呼び止める。

 

 すべてを話そう。

 そもそも、残るとかいなくなるとか……俺はそんなことを考えられる立場じゃないんだ。

 

 ジネットが俺の過去をすべて知れば……

 

 

 

 俺が、日本で詐欺師として多くの者を不幸にしてきたと知れば……俺はここにいられなくなる。当然だ。そんな悪党をそばに置いておきたいと思うヤツなど、どこの世界にだって存在するはずがない。

 

 俺が今ここにいられるのは…………俺が稀代の大嘘吐きだからだ。

 何も話さず。何も認めず。抜け抜けと、知らぬフリを貫いているからだ。

 こいつらの善意に、遠慮もせずに乗っかっているからだ。

 

 だってそうだろう……

 誰が好き好んでこんな…………犯罪者と一緒にいたがるんだよ。

 

「話を……聞いてくれないか」

 

 気を抜けば、すぐにでも逃げ出そうとする視線を、グッとこらえて固定する。

 ジネットの顔を見つめ続ける。

 

「……はい」

 

 たっぷりと間をあけて、ジネットは柔らかい笑みを浮かべた。

 いつもは安堵していたはずのその笑みに……胸が軋んだ。

 

「では、やはりお茶を入れましょう。すぐに準備をしますので、座って待っていてください」

「え……」

 

 お茶とかいいから……と、言う前に、ジネットは厨房へと入っていってしまった。

 …………あ、そう。

 

 とりあえず、俺は適当な席に座る。

 適当に選んだつもりが、いつも俺が好んで座っている、食堂最奥の席になってしまった。

 やっぱり、ここが一番落ち着くんだよな。

 

「…………ふぅ」

 

 心臓はいまだ痛むものの、切れそうに張り詰めていた心は、少しだけ緩和された。

 一息入れよう……心臓が暴れ狂っていて、うまく休むことも出来ないが。

 頭に酸素を送り込む。

 

 そうして、もう一度、ちゃんと考える。

 俺の、これからについて……これから、俺は…………

 

「……すべてを話そう」

 

 …………そうして、ジネットにすべてを委ねる。

 正直、もう自分では決められなくなってしまった。

 

 俺は、俺を過小評価していた。

 いや、あえてそういう態度を取り続けてきた。

 俺なんかがいなくなっても誰も困らない。最初だけちょっと寂しくて、けれどまた元通り……世界はそうやって回っていくものだと、俺はそう思い込もうとしていた。

 その方が、気が楽だから。

 

 だが、ロレッタやマグダがそれを否定している。

 少なくとも、俺がいなくなることで悲しむヤツらは……なんでかな……確かにいる。それも、一人や二人ではなく……だ。

 

 だが、だからといって、過去をなかったことにしてここで……この陽だまり亭で穏やかな生活に身を置くなんてこと……許されるわけがない。

 

 八方塞がりだ。

 思考が行き詰まり堂々巡りを開始する。

 

「ヤシロさん。どうぞ」

 

 戻ってきたジネットが、俺の目の前にお茶を置く。自分の分のお茶も置き、俺の向かいへと腰を下ろす。

 

 こうやって向かい合って座るのも、これが最後になるかもしれないな…………いや、きっとそうなるだろう。

 俺がすべてを話せば……

 

 とりあえずお茶を飲む。

 温かく、香りのいいお茶が胃を温める。

 だが、心のざわつきまではおさめてくれなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 ジネットは何も言わず、俺の前に座っている。

 俺の話を待ってくれているのだ。

 催促もせず、飽きもせず、急かしも圧迫もせず、俺がしゃべり出すのをそっと、静かに待ってくれている。

 

 このまま黙っていても始まらない。

 ……終わらせなきゃいけないんだ。

 

 もう一度だけお茶を口に含み、俺は口を開く。

 

「………………もし」

 

 ……もし?

 あれ? 俺、何言ってんだ?

 

「……もし、お前の知り合いが……それも、すごく近しい……例えば、一緒に働いているような、そんな親密な関係のヤツが……だな」

 

 おかしい……

 俺は頭がどうかしちまったのか?

 

「…………過去に悪事を働いていたとしたら……」

 

 なんだよ、このたとえ話……

 俺は一体、何を口走っているんだ?

 

「そうしたら………………お前は、どうする?」

 

 心臓が締めつけられ、胃のあたりが急に重くなる。

 濁流にのみ込まれたように体の自由が利かず、息苦しい。

 時間が進まない……重苦しい雰囲気にのまれて……世界から隔絶されたような、そんな錯覚に陥る。

 

「……悪事、ですか?」

 

 驚くようなことも、取り乱すようなこともなく、ジネットは静かに言葉を発する。

 ただ、いつものような無邪気な明るさはそこにはなく、真剣に考えてくれていることは、はっきりと理解できた。

 

「そうだ……例えば…………」

 

 例えばじゃねぇだろうが……

 

「……詐欺師、だった……とか」

 

 …………とか、じゃ、ねぇ。

 

 出来ることなら、今すぐに俺を外に連れ出して思いっきり殴り飛ばしてやりたい。

 テメェ、ふざけるなと、罵倒してやりたい。

 

 いくらジネットだって、このくだらないたとえ話が誰のことを指しているのかくらい察しがついているだろう。そこまでのバカじゃない。

 なのに俺は、最後の最後までみっともなく、こんな……悪あがきをしてしまうのか。

 

 みっともないったら、ねぇな。

 

「……もし」

 

 自己嫌悪のただなかに沈み、吐き気と自身に対する激しい怒りを覚えて己に深く失望し始めた時、ジネットが口を開いた。

 しかし、そこから出てきたのは回答ではなく、質問だった。

 

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