異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

161話 再びの同盟 -2-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:4,499

「さて、かなり気分の悪い話だ。食いながら話そう」

 

 ほとほと嫌気が差したというような表情で、ルシアが一枚の紙を広げる。

 食器を避け、テーブルにスペースを作る。

 

「これは……」

「オールブルームの地図だ」

 

 ルシアの言う通り、それはオールブルームの全体図だった。

 初めてこの街に来た時に三十区で見た地図の縮小版だ。

 きちっと線が引かれ、各区に数字が割り振られている。

 

「そなたは外から来た者なのだろう、カタクチイワシ」

「今では四十二区の立派な住人ですよ」

 

 ルシアの言葉に、ジネットが食い気味に言葉を重ねる。

 ルシアも、予想外のところから言葉が飛んできたので驚いている様子だった。

 しかし、軽い咳払いの後、柔和な笑みを浮かべジネットへと言葉を向ける。

 

「無論、そうだとも。だが、この街の地理に関しては、我々よりも疎いかもしれん。そういう思いからの確認だ。気を悪くするな」

「い、いえ! そういうつもりでは…………すみませんでした」

 

 肩をすぼめ、俯く。

 ジネットには珍しく感情的な発言だったように思う。

 

 ジネット自身も、らしくない自身の言動を恥ずかしく思っているようだ。顔が赤く染まっている。

 

「まぁ、確かに。細かい配置はおぼろげにしか覚えてないな」

 

 おおよそは見当がつくが、こうして図で見せてもらった方が分かりやすい。

 改めて、このオールブルームを俯瞰で見てみる。

 

 中央に一区、所謂中央区が存在している。

 それを中心に、放射線状に他区が広がっている。

 放射線状と言うより、螺旋状に区が続いていると言うべきかもしれない。

 

 中央区に隣接するように二区から五区がぐるりと周囲を取り囲んでいる。

 さらにその周りを、六区から十区までの五つの区が取り囲んでいる。

 

 この一区から十区までの区は、他区に比べ領地がかなり小さい。

 四十二区と比較すると五分の一から六分の一くらいの面積だ。

 

「知っているとは思うが、中央区、並びに二区から五区辺りまでは王族の住まわれる領地だ。その周りに二等級の貴族が住んでいる」

「二等級?」

 

 ルシアの言葉に、また聞き慣れないワードが含まれていた。

 亜人や亜種のように、古くからこの街で使用されてきた身分制度なのだろうが。

 

「中央区に住まわれておいでなのがこの国をお治めになっている正王家。そして、その近隣四区に住まわれているのが、正王家の血筋に当たる貴族たちだ。そのような方々を、我々は『王族』と呼称している」

 

 ルシアが敬語を使っている。この場に居もしないヤツ相手に。

 つまり、そういう一族なわけだな、王族ってのは。軽口ひとつで首が飛びそうだ。今回は大人しく聞くことに徹しよう。

 

「『王族』と一口に言っても、やはり正当な血筋との区別はしっかりと付けられていて、正王家の方々以外の王族を、ボクたちは『一等級貴族』と呼んでいるんだよ」

「なるほど。ってことは、王族ではないが、それに次ぐ高貴な貴族が二等級ってわけだ」

「うむ。主に、施政に関わる者……大臣や宰相などが含まれる」

 

 エステラに続きルシアが説明をしてくれる。

 

 王様を頂点にして、その血筋が一番で、王族の世話係が二番ってわけだ。

 

「ってことは、王室との関係は強いが要職には就いていない貴族が三等級ってとこかな」

「察しがいいな、カタクチイワシ。王家御用達の服職人や細工職人、出入りの者たちが三等級貴族と呼ばれている」

「大商人や大富豪と呼ばれる貴族たちだよ」

 

 と、補足した自分の言葉に、さらに補足を加えるエステラ。

 

「行商ギルドのギルド長も、この三等級貴族に含まれる」

「へぇ……そりゃ、さぞ威張り散らせる御身分なんだろうな」

「それはもう。ボクみたいな五等級貴族なんか歯牙にもかけないほどにね」

 

 エステラは五等級なのか。

 ルシアが今の発言にうっすらと笑みを浮かべている。微かに自嘲気味な、しかし小気味良さそうな笑み。ルシアも五等級貴族なのだろうか。

 雰囲気からすれば、エステラやリカルド、デミリーたちより格上に見えるのだが。

 

「あ、もしかして」

 

 俺はオールブルームの地図を見てひらめく。

 中央区には正王家。

 その周りの二区から五区に一等級貴族。

 その周りの六区から十区に二等級貴族。

 そして、上記十区よりやや広い領地を持つ十一区から二十二区の十二の区に住むのが三等級貴族。

 

「中央区を中心として、円の内側ほど等級が高いってことか」

「その通りだよ」

 

 この街の区は、中の区を取り囲むように円状に外の区が繋がっている。

 その円が外へ行くほど貴族としての地位、等級が下がっていくのだ。

 

 なので、一番外側の――外周区と呼ばれる三十区から四十二区の貴族は最も等級の低い五等級貴族ということになる。

 その分け方なら、ルシアも五等級貴族で間違いない。

 

「外周区の三十区と、一個内側の二十九区じゃ、えらい違いなんだな」

「身分は、な」

 

 ルシアが含みを持たせた物言いをする。

 

「そして、今回――」

 

 こつこつと、エステラが地図を人差し指で叩きながら俺に言う。

 

「――ボクたちにクレームをつけてきたのが、その二十九区を含む『BU』なんだ」

 

 言いながら、二十三区から二十九区までの、四等級貴族の住まう区域を指でなぞる。

 そこは、外周区はもちろん、内側の十一区から二十二区と比較しても領地が細長く、とても狭い。外から二周目に存在するその七つの区は、まるでベルトのように細長くオールブルームを一周していた。

 

 ベルト…………の、『BU』、じゃ、ないよな、たぶん。『U』は『ユナイテッド(連合)』なんだろうけど。

 

「つまり、一つ位の高い貴族からいちゃもんがついたと、そういう面倒くさい状況なわけだな」

「君流で言うならね」

 

 俺流も何も、その通りだろうが。

 ……身分の高いヤツが、下のヤツのすることにいちいち目くじら立てんなっつうの。

 しかも、言い分は難癖以外の何物でもない…………肝っ玉の小さい連中だ。

 これだから貴族は…………とは、貴族であるエステラとルシアを目の前にしては言えないよな……

 

「まったく。これだから貴族は面倒くさい。なぁ、エステラよ」

「え? あ、はは。ボクは立場上言いにくいですけど…………そうですね」

 

 貴族二人からまさかの発言が飛び出し、俺やジネットたちの方がギョッとしてしまった。

 エステラは貴族ぶることがほとんどないからまぁ分かるが……それでも、ルシアを目の前にしては言い難かったろうな。

 

「はっはっはっ。面白い顔をするなカタクチイワシ。目玉を抉り出すぞ」

「笑顔で怖いこと言うんじゃねぇよ!」

 

 特に、手にフォークとか持ってる時にはな!

 

「私はもとより、貴族連中とは馬が合わんのだ。ギルド長との方が話が弾むタイプでな」

「獣人族が多いからな」

「マーたんは最高だ」

 

 ただの変態発言なのだが……今はなんだか、すごく優しさのようなものを感じた。

 

「これだから、『外周区は野蛮だ』とか『変人が多い』とか言われるのだろうな」

「四十二区なんて、同じ五等級貴族からも言われ放題ですよ」

 

 まさに愚痴だ。

 貴族なら、決して他人に――それも俺やジネットたちのような一般人には聞かせることのないであろう、明け透けな愚痴を憚ることなく口にしている。

 お前ら、それでいいのかよ。

 

「だから貸し切りにさせてもらった、今日は。こういう雰囲気でないと不可能と判断した、今回の話は」

 

 隣のテーブルから、ギルベルタがそんな補足を寄越してくる。

 ちまちまと、小さく小さくカットしたタルトを口に運びながら。

 

「非常に面倒くさいぞ、『BU』の連中は」

 

 腹を割った意見が、真正面から俺に飛んでくる。

 フォークを俺の目に向かって突きつけ、ルシアが凄みのある笑みを向けてくる。

 

「見てみろ、その異様な領地を。何か気付かんか?」

「領地が狭いな」

「それだけではなく、細く長い」

 

 細長い領地というのは、活用が難しい面がある。

 家にしたって、間口の狭い細長い家より、広い間口のゆったりした長方形の方が住みやすいだろう。

 

「それぞれの区が細長く、二つから三つの区と隣接している」

 

 ルシアの言う通り、『BU』に属する区はそれぞれが片側だけで二つ、ないし三つの区と隣接している。

 長い分、隣接する区が多くなるのだ。

 

「連中はそんな領地を利用して『通行税』を取っている」

 

 自区を通るためには金を払え……以前四十一区が行おうとしていたことだ。

 これらの区が『BU』なる連合を組み、全体で通行税を取っているのだとしたら、外から来た者たちの多くが『BU』に金を落としていくことになる。

 外から商売に来た者なら、何はなくとも中央区で商売がしたいだろうからな。

 このオールブルームの中で、最も優雅で栄えている街で。

 

 そして、外周区から中央区へ行くためには必ず『BU』を通過する必要がある。

 阿漕な商売だな。

 

 ……あれ?

 

「俺、一回『BU』通過したけど、金取られなかったぞ?」

「人には課税しないよ。商品にだけさ」

「そうなのか?」

「そうしなければ、王族たちからも金を取らねばならなくなるからな」

「取ればいいじゃねぇか」

「ふむ。カタクチイワシよ。そなたは卑猥な生き物の代表格のような顔をしているのに、心根は割と純粋なのだな」

「誰が卑猥の代表格か」

 

 にやりと、からかうような笑みを浮かべるルシア

 何が純粋だってんだよ?

 

「貴族の中には、身分違いの女性との火遊びを好む者もいるということだよ」

 

 こそっと、エステラが耳打ちをしてくる。

 明らかに、ジネットたちに配慮した声音で。

 

「……あぁ。そういうことか」

 

 要するに、王族や上位の貴族たちが、夜な夜なこっそりと身分の低い女を引っかけてオトナな遊びをして、夜が明ける前に屋敷へ戻る――と。

 そんな時に、行き帰りでいちいち金を取っていたら、こっそりと行動したい王族や上位貴族に目を付けられかねないと。

 なので、そういう移動のない、商品に税をかけるに留めているってわけか。

 

 ……そんなくだらねぇこと思いつかなかったからって、別に俺が純粋とか、そういうんじゃねぇだろうが。

 えぇい、ニヤニヤすんな変態領主! 獣人族マニア! 倫理観への謀反人!

 

 ……ふん。

 

「とにかく、連中の話を聞きに行くほか道はない。だが、こちらもただ行って言いたい放題言われるのは気に食わない」

「結構な無理難題を吹っかけられる可能性が高いですからね」

 

 ルシアとエステラの思惑は合致したようだ。

 つまり――

 

「共同戦線を張ろうではないか」

「えぇ。望むところです」

 

 再び、四十二区と三十五区の領主が固い握手を交わす。

 

「これでまたこき使えるわけだな、そこのカタクチイワシを」

「えぇ。操りきれるものでしたら」

 

 二人してこっちに視線を向ける。

 嫌な笑顔さらしやがって。

 

「……報酬は高くつくぞ?」

 

 原因だと向こうが主張しているのは俺が提案した打ち上げ花火だ。

 相応の責任からは逃れられないだろう。

 

 ならばせめて、俺に美味しい思いをさせやがれ。

 

 まぁ、どうせ。

『BU』の連中には一泡吹かせたいと思っていたところだから、今回は乗ってやるけどな。

 

 俺はもう一度、地図に視線を向ける。

 俺たちの住む外周区と、王族や上位貴族の住む内側の区を分断するようにオールブルームを一周する『BU』。

 まるで、「お前らはここから中に入るな」とでも言っているようだ。

 

 

 上等だぜ。

 お望み通り行ってやるよ。お前らの内部を、食い荒らしにな。

 

 

 

 

 

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