「どうした、オオバ!? 一体誰に……はっ!? まさか、昨日の傷が悪化して!?」
寄付を終えて陽だまり亭へ戻ると、リカルドがやって来て一人で大騒ぎを始めた。
教会で合流したエステラにナタリア、ついでにロレッタまでもが「すーん」な顔でリカルドの一人お祭り騒ぎを見ている。
「ナタリア。説明してなかったのか?」
「話しかけて、知人だと思われたくありませんので」
そっかぁ、それは仕方ないなぁ。
……って、リカルドは俺が特殊メイクをするって話をした時この場にいたはずなんだがな。
あぁ、そうか。こいつは口頭で聞いた情報と、実際目で見た物が脳内で関連付けられない残念な男なのか。
「特殊メイクとかいうので偽の傷跡作るって言ってたなぁ……それよりその傷どうした!? 大怪我じゃん!?」って、視覚情報が強烈だと脳がバグを起こすらしい。
いや、こいつの脳がバグってるのはいつものことか。
「大丈夫だ! こんな傷、我が家の薬ですぐ治療してやるからな!」
とかなんとか、暑苦しい顔で言った後、何を思ったのか俺の体を力一杯抱きしめやがった。
「きっと治る! 心配すんな!」
ぎゃー、ちかーん!
「エステラ。なんとかしろ、幼馴染だろ?」
「ごめん。ボクは今、『巻き込まれたくない』って感情でいっぱいなんだ」
なんてヤツだ!?
頼りになりゃしない!
「落ち着けリカルド、そして離れろ、キモい」
ごつごつする筋肉の感触が不愉快でならない。
腹立たしい以外の感情が湧いてこない。
「特殊メイクするって言っておいただろうが」
「特殊……じゃあ、それは偽物なのか?」
「そう言ってんだろうが」
「……なんだ、そうか」
はぁ……っと大きく息を吐き、だらんと肩を下げる。
「それだけの傷なら、左腕に後遺症が残ってもおかしくないと思って……焦ったぜ」
狩人がこんな怪我を負えば、この先の人生を悲観して気弱になったりするものなのだろうか。
リカルドの反応がマジ過ぎた。
「ただまぁ、怪我をしたのは事実だ」
なんてことを、兄貴面全開で語り、不穏に近付いてきて、肩を組む。
「無理はするな。何かあったら、すぐ俺に言うんだぞ。いいな?」
「いいことあるか!」
肩に回された腕を「ぶーん!」って振り解いてやったわ。
「エステラ、除菌! 兄貴面した『アニ菌』を伝染された!」
「誰が『アニ菌』だ!?」
「あぁ、それ、不快だよねぇ」
「貴様も理解を示してんじゃねぇよ、エステラ!」
むしろ、お前が理解しろよ。こっちサイドの不評をよ。
「うわっ!? 何事ッスか、この濃ゆい空気?」
リカルドが「よかった、安心したぜ」なんて面倒見のいい兄貴感を振りまく中、ウーマロが陽だまり亭へやって来た。
お前、来るのが遅ぇよ。
さっきお前がこの場にいたなら、間違いなくウーマロバリアーでリカルドの攻撃を防いでいたというのに。
「汚れ役を俺に押しつけるなよ……」
「オイラの担当でもないんッスけど」
俺のげんなりした顔と、リカルドの無駄に暑苦しい顔を交互に見て、なんとなく状況を察したウーマロが「災難だったッスね」みたいな顔をこちらに向ける。
「ヤシロさんをここまで消耗させるなんて、意外とすごい人なんッスね。さすが四十一区の領主様ッス」
「え、なに? 憧れちゃう? あげようか?」
「いや、いらないッス」
「『オイラは、ヤシロさんさえいてくれればそれでいいッスから』やね! 捗るわぁ!」
「エステラー! 除菌ー!」
「ごめんヤシロ。『ソレ』に効く薬は、『ソレ』自身も生み出せてないんだよ」
「ちぃっ、使えねぇな『ソレ』!」
「なんやねんな、目の前で人のこと『ソレ』呼ばわりして」
お前の名前を口に出すと爛れそうなんでな。
「約束通り、傷口見に来たで~」
と、朝っぱらから外へ出てきたレジーナ。
こんなタイミングでの登場でなければ、もうちょっとくらいは歓迎してやれたというのに。
「でもその前に、『漢の三角関係』をもうしばらく観察させてもらうわな」
「そんなおぞましい関係は存在しねぇから黙るか今すぐ帰るかどっちか選択しろ。その穢れたメモ帳かお前本体のどっちかを燃やすぞ」
あぁ、なんかもう、朝から陽だまり亭の店内が濃い……
「お、薬剤師か。貴様の作った入浴剤は素晴らしいな。アレを素敵やんアベニューでも販売したいから量産体制を構築しておいてくれ」
「あ、すんまへんなぁ。ウチ、知らんメンズとは口利いたらアカンて言われとるんやわ」
「もはや知り合いだろう!? 俺、結構四十二区に来てるんだぞ!?」
「ホント、なんでこんなに頻繁に来るのさ。暇なの、お隣の領主さん」
「名前くらい呼べよ、エステラ!?」
「ボクも、父から見知らぬ男性と口を利かないように教育されているから」
「幼馴染だろうが!」
「その件に関しては持ち帰り検討し、追って文書で回答するよ」
「検討するまでもなく事実だよ!」
リカルドが美女に挟まれてハッスルしている。
ただ、どこからどう見てもモテてるようには見えないのがリカルドクオリティだな。
「はぇ~……これが特殊メイクかいな」
リカルドがエステラに意識を向けた隙に、レジーナが俺のところへ避難してきて、左腕の『傷跡』を眺めて嘆息する。
あ、俺は早々にリカルドから距離を取ったから。
近くにいるとアニ菌浴びまくっちゃって不快だし。
「よぅ出来とるなぁ。ほんまもんの傷みたいやわ」
「ここの皮膚をちょっとめくるとな……」
「うわっ! 血ぃが生々しい色しとんなぁ……ホンマ、なんでこんなもんに全力なん? もうちょっと適当でもえぇんちゃうん?」
やるからには全力だろう、普通。
嘘はな、嘘だと見破られたら終わりなんだよ。
「痛々しいなぁ。見てるこっちの乳首がむずむずするわ」
「妙なところをむずむずさせんじゃねぇよ」
背筋か尻だろ、むずむずさせるなら。
「あぁ、そうそうレジーナ」
今回は、珍しく、実に珍しく、『呼んでもいないリカルドが勝手にやって来た』わけではないのだ。
「素敵やんアベニュー用に入浴剤とシャンプーと石けんを作ることになりそうなんだが、レシピを頼めないか?」
「レシピ?」
「数が数だからな。お前に全部作らせるわけにはいかないんだよ。もちろん、レシピはウチの領主様――いや、お隣の頼れる領主様がきっちり買い取ってくれる」
「そうだね! 先輩領主であらせられるシーゲンターラー卿がきっちりと買い取ってくれるよ。ね、シーゲンターラー卿?」
「わざとらしいんだよ、貴様は!? ……まぁ、あの入浴剤はいい物だからな。レシピに金くらい出してやらんでもない」
「というわけで、四十区、四十一区、四十二区で製造販売できる権利をリカルドのお金で売ってくれないかい?」
「なんや、たくましゅうなったなぁ、微笑みの領主はんも」
今後、銭湯を始め個人宅に風呂が普及していく予定なので、入浴剤などは売れるようになるだろう。
ならば、四十二区内にも工場が欲しいところだ。わざわざ四十一区まで買いに行くのは面倒だし、レジーナに全部任せるわけにもいかないし。
レジーナは本業で必要な場面が多々あるからな。
雑用は他人に振るのがベストだ。
「レシピ言ぅたかて、ウチのメモ書きくらいしかあらへんで?」
「お前のメモ書きなら十分だ」
レジーナはかなり几帳面な性格で、分量や調合方法が事細かにびっしりと書かれたメモをいくつも持っている。
一度カレーの時に見せてもらったが、知識のある者が見れば再現が可能なくらい詳細に書かれている。
まぁ、素人にも分かるように翻訳してやる必要はあるだろうが、それくらいなら俺がやってもいい。
レジーナはちょっと天才肌過ぎて、一般人に理解できるように噛み砕くのが苦手という節がある。
自身の使う薬の材料に関してうまく説明できず、一般人から忌避されていたように。もっと一般人の目線に立てば簡単に解消されるようなことが、こいつは苦手なのだ。
きっと生まれながらに天才だったんだろうな。
凡人の思考が理解できないのだろう。
……もっとも、それは薬学に関してのみだけれども。
それ以外のことに関しては、凡人以下のポンコツだし。
天才の思考も凡人の思考も理解できる俺なら、その橋渡しが出来る。
金はきっちりもらうけどな。
「じゃ、リカルド。言い値でいいよな?」
「貴様が決めるな!? こっちが言う台詞だぞ、それは!?」
大丈夫だ。
絶対言い値で買わせてやるから。……逃げられると思うなよ?
「それからウーマロ。素敵やんアベニューをちょっと急いで完成させてくれ。ついでに、その支部みたいな、軽く体験できる場所をニュータウンに数棟頼む」
「頼む単位が当たり前に『棟』になってるッスよ!?」
いやほら、そういうのは多い方がいいから。
「大丈夫だよ、ウーマロ。素敵やんアベニューの宣伝にもなるそれらの支部は、広告費の名目でシーゲンターラー卿が支払ってくれるから!」
「こういう時だけ嬉しそうな顔で持ち上げてんじゃねぇよ、エステラ!? ……ちっ。なるべくまけろよ、トルベック」
エステラに頼まれたら断れないのか、お前は?
キャバ嬢に全力で貢ぐダメ男みたいだな。
どうしよう。陽だまり亭にリカルド専用のドンペリピンクでも置こうかな?
シャンパンタワーとか、毎月やらせてみるか。
「で、何を企んでやがるのか、聞かせてもらおうか?」
今回はこっちから呼び出したってこともあり、リカルドが嬉しそうに企みフェイスをさらしている。
新たな計画に関われるのが嬉しくて仕方ないようだ。
それじゃあ、四十一区の領主を巻き込んで悪巧みを始めるとしますかね。
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