異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

188話 帰る前に -3-

公開日時: 2021年3月18日(木) 20:01
文字数:3,811

「『BU』での多数決で、俺たちに有利になる方へ一票入れてくれるというのであれば、今すぐ教えてやってもいいぞ」

 

 試しに、そんなことを言ってみる。

 だが、予想通り――トレーシーは苦笑と共に首を横に振った。

 

「領主である以上、私には領民の生活を守る義務があります。個人の感情や利益で身勝手な行動を取るわけにはいきません」

 

 そんな買収は通用しないと、やんわりと忠告される。

 

「ですが、私が考えて『領民のためになる』と思えた時は、あなた方に有利な方へ一票を投じたいと思います。それがたとえ、他の領主たちと相反することになったとしても」

 

 同調現象に逆らって、同調を強要される圧力に抗うことも厭わない。

 トレーシーの口からその言葉を引き出せたのは大きい。

 ほんのわずかな時間ではあったが、ここでの経験は、トレーシーに自分の意見を貫くきっかけを与えたのかもしれない。

 

「まぁ、領主が領民を大切にしたい気持ちは、ボクにもよく分かるからね。こればっかりは強要できないよね」

 

 領主同士、通じるものがあるのだろう。

 エステラとトレーシーは視線を交わし、にこりと微笑み合う。

 

「なら、エステラとの添い寝券ではどうだ?」

「ちょっと待ってくださいっ! ……今、考えますので……っ!」

「トレーシーさんっ!?」

 

『個人の感情や利益で身勝手な行動を取るわけにはいきません』とは一体なんだったのか……

 トレーシーがとんちの得意な小坊主みたいに頭を抱えて黙考を始める。

 いや、よく聞くと何かをぶつぶつと呟いているな。

 

「……私の幸せがそのまま領民の幸せに直結する可能性が…………」

 

 ねぇよ。

 お前がエステラと添い寝して、領民たちが「ぃやっほ~いっ!」ってなったら、二十七区は深刻な病に冒されてもう手遅れだってことになるぞ。

 

「あ、あの、オオバヤシロさん……その、とても、とっても残念なのですが、やはり、私個人の幸福と領民の生活を天秤にかけることは……」

「添い寝券、十枚綴り」

「すみませんっ、もうしばらくお時間をっ!」

「心揺れ動いちゃダメだよ、トレーシーさん!?」

 

 同じ領主として、誘惑に屈しそうなトレーシーを思いとどまらせようと画策するエステラ。

 しかし、「そんな券くらい、ボクがいくらでもあげるから!」とは、言わないんだな。

 やっぱりこいつも、自分の身が一番可愛いってことだ。

 

「利己的なヤツめ」

「君にだけは言われたくないよ」

 

(女子に)モッテモテのエステラに睨まれる。怖くねぇよ、そんなもん。

 

「トレーシーさん」

 

 頭を抱えるトレーシーに、ネネが優しく声をかける。

 こういう時にフォローに入るのが給仕長の務めだよな。

 

「添い寝でしたら、私がいくらでもお付き合い致しますから」

「ネネ……」

 

 優しい微笑を浮かべてトレーシーを見つめるネネ。

 母性に溢れ、また同時に妹のような可愛らしさも含みつつ、トレーシーを大切に思っているとハッキリ分かる微笑みだ。

 そんな笑みを向けられて、トレーシーは短い言葉を返す。

 

「イラネッ」

「なんでそういうことを言うんですか!? 昔、よく一緒に寝たじゃないですか!?」

「ネネは寝相が悪いので、ゆっくり眠れないのです」

「そ、そんなことはっ、ある、かもしれませんけども……」

「その点、エステラ様は、きっと女神のような寝相に違いありません」

 

 女神がどんな格好で寝てるのかは知らんが……エステラの強張った失敗笑顔を見るに、相当寝相が悪そうだぞ、あいつ。

 

「そ、それならトレーシーさんだって! 寝返りを打った時におっぱいが『ばちーん!』ってぶつかってくることが何度もありましたからねっ!」

「そ、そんなことないですよ!? 何歳の頃だと思っているんですか。一緒に寝ていたのは幼い日の話ですよ!?」

「トレーシー様は六歳から巨乳でしたっ!」

「ふぐっ!」

 

 なぜか、関係のないエステラがダメージを受けた。

 エステラは蹲って、身動きが取れなくなっている。

 

「そ、それは不可抗力だから仕方ないのですっ。それくらいのことなら、エステラ様にだってあるはずです!」

「「「いやいや、ないない」」」

「どうして君たちが否定するのかな、ヤシロ、マグダ、ロレッタ!?」

 

『無い乳は揺れない』ということわざがあってだな…………袖、だったかな?

 

「まったくっ。領主は領民のためにいろいろ考えているっていう真面目な話だったのに……ヤシロといるといっつもこういう結果になるんだ……」

「俺のせいじゃねぇだろ」

 

 おっぱいの話を持ち出したのはネネだぞ。

 乗っかったのは俺だけじゃないし。

 ほら、俺の責任なんて、全体の10%にも満たないくらいだ。

 

「……仕方ない。だってここは、『おっぱいの街、四十二区』だから」

「それ、ギルベルタが勝手に言ってるだけだから!」

「いえ。二十七区にも、そのような噂が流れてきていますよ」

「ホントにっ!? トレーシーさん、冗談ですよね!?」

「まぁ、風の噂程度ですので」

 

 床に四肢をつき、エステラががっくりとうな垂れる。

『おっぱいの街』の『微笑みの領主』か……面白い肩書きを持ってるな、お前……ぷぷっ。

 

「ま、まぁ……二十七区は比較的三十五区と近い区だし……噂って言っても、そこまで広がってはないはず……だと、思いたい……」

 

 人の口に戸は立てられないと言うし、もう諦めろ。

 いいじゃねぇか。「『おっぱいの街』の領主におっぱいがない」とか噂されたって……ぷーくすくす。

 

「……ヤシロ。さっきから、ボクを見つめる視線が癪に障るんだけど?」

「八つ当たりはやめてもらおうか」

「半笑いで言わないでくれるかな!? ほら、肩がぷるぷる震えてるじゃないか!」

 

 領民を大切に思う領主なら、領民である俺に八つ当たりなんかしないでもらいたいものだな。

 

「もう、行きましょう、トレーシーさん!」

「そうですね」

 

 涙目のエステラに促されて、トレーシーとネネが出発の準備を始める。

 

「店長さん、みなさん。短い間でしたが、お世話になりました」

「本当に、ありがとうございました」

 

 トレーシーとネネが、二人揃って頭を下げる。

 

「悪癖が再発したら、すぐに連絡を寄越せよ。ジネットと一緒に会いに行くから」

「だっ、……ダイジョウブデスヨ……ネェ、ねねサン……」

「ハイ、モチロンデストモ、とれーしーサン……」

「あ、あのっ、大丈夫ですよ! 他所ではそんなに強くやりませんからっ」

 

 慌てて否定するジネットだが……

 ある程度の強さでならやるって言ってるようなもんだし、『他所では』ってことは、ここでは全力を出すともとれる発言だぞ。……「また来てくださいね~」が、恐ろしい言葉に聞こえかねないな。

 

「もし、何か伝えたいことが出来た時は、マーゥルさんに使いを出して、あのとどけ~る1号を使わせていただきますね」

「そうですね。その方が早く伝わると思うよ」

 

 トレーシーとマーゥルの関係は良好なようだし、あまり大々的に触れ回らないのであれば、とどけ~る1号を使ってもらっても問題ないだろう。

 ……ただ、あんまりマーゥルに貸しを作るのはお勧めできないけどな。

 

「では、これでお暇させていただきます」

「皆様、本当にお世話になりました」

 

 陽だまり亭を出て行く二人を、庭まで見送る。

 

「……いつでも手伝いに来るがいい」

「そうです。お二人は、あたしたちにとって大切な後輩アルバイトですから!」

 

 ……それは、喜ばしいことなのか?

 相手が領主であれ誰であれ、こいつらはいつも変わらない。

 良くも悪くも、陽だまり亭とはそういう場所なのだ。

 

「オオバヤシロさん。二十四区へ行くのでしたら、覚えておいてください」

 

 最後にトレーシーがとても重要なことを教えてくれる。

 

「二十四区の領主は、己の考えのためになら結束を乱すことも厭わない、強情で頑固な方です。……対話だけでは、突き崩すことは難しいかもしれませんよ」

 

『BU』に参加しつつも、我を通す利己的なジジイ。

 まぁ、二十四区は『大豆』という強みを持っているからな。強気に出ることも可能なのだろう。

 

 話だけを聞けば厄介な相手だ。

 だが、マーゥルがGOサインを出したのだ。そこには何か理由があるに違いない。

 会ってみる価値は、あるはずだ。

 

 何より……

 

「対話だけではなびかないってんなら、お前たちだってそうだったろう?」

 

『癇癪姫』と呼ばれたトレーシーは、奇遇にもエステラのファンであり、対話のドアをオープンにしてくれた。

 その結果、『癇癪癖』を直したいと思っていることが分かり、俺はそこにつけ込んだ。

 

 真っ向から正攻法では、こいつらをここまで信用させることは不可能だっただろう。

 少なくとも、『BU』内の情報をリークしてくれるほどにはならなかったはずだ。

 

「手は尽くすさ……いろいろな」

 

 極めつけにあくどい顔をしてやったつもりなのだが、トレーシーは俺に笑みを返してきた。

 

「オオバヤシロさんが望むような街になれば、いろいろと変わるのかもしれませんね、『BU』も」

 

 ほのかな期待を覗かせるような、意味深な言葉を残して、トレーシーは帰っていった。

 俺の望むような街。

 あいつはどんな街を想像したのだろうか。

 

 俺がどんな街を望んでいるのか……そんなもん、俺にも分からんというのに。

 

 帰る間際、エステラが俺にこんな依頼を寄越してきやがった。

 

 

「マーゥルさんに手紙を書いておいてよ。二十四区の領主への招待状がもらえるように」

 

 

 ――そういうのは、お前の仕事だと思うんだが。

 

 俺の名でマーゥルに借りを作ることになるのだが……それを補って余りある貸しをエステラに作ったと思うことで、俺はこの労働を了承してやった。

 

 

 

 

 

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