異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

183話 帰り道 -3-

公開日時: 2021年3月17日(水) 20:01
文字数:2,919

「よし、お前ら。靴を脱げ」

「「……はい?」」

 

 笑顔で言う俺に、トレーシーとネネは引き攣った表情を見せる。

 そのまま笑顔で見つめ続けていると、二人は泣きそうな顔で裸足になり、素足を差し出してきた。

 

「これから、お互いをさん付けで呼べなかった時は、『足の裏をちょっと強めに』押すからな」

「あ、足の……裏ですか?」

「あ、あのオオバ様。私はともかく、トレーシー様にはあまり酷いことをふぉぉおおおうっ!」

 

 足つぼ、執行。

 

「痛いっ! 痛いですっ、オオバ様っ!」

「ネネっ!? 大丈夫ですくゎふぅ……っ! い、いたっ、痛いです、オオバヤシロさん!」

「トレーシー様っ!? 大丈夫でぇぇええええいっ!」

「ネネ、さん付けです! さぁあああーーーーん!」

「トレーシーさまぁぁあああん! さん! さんです! トレーシーさん!」

「ネネ……ネネさぁん! ネネさん! ネネさん!」

 

 とりあえず、さん付けが出来たので足を解放する。

 のたうち回り、椅子から転げ落ちそうな姿勢でぐったりとうな垂れるトレーシーとネネ。

 髪が乱れて、いい感じにセクシーだ。……魂が抜けたような顔をしているのが残念ではあるけども。

 

「や、やはり、お……恐ろしい方なのですね……オオバヤシロさんは……」

「そ、そのようですね……トレーシー様…………もといっ! さん! さんさんさんさん! さんです! トレーシーさんっ!」

 

 言い間違えれば、容赦なく足つぼを刺激する。

 刑は速やかに、滞りなく、無慈悲に執行される。

 

 ネネがすでに涙目ではあるが、気にしない。

 

「ヤシロ……ほどほどに、ね? 正体を隠すとはいっても、二十七区の領主なんだから」

「じゃあ、お前が身代わりになるか? トレーシーがミスったらエステラが、ネネがミスったらナタリアが足つぼを受けるということで……」

「頑張ってください、トレーシーさん! あなたならきっとマスター出来ます!」

「給仕長の意地を見せてくださいね、ネネさん!」

 

 エステラとナタリアは、他区の領主と給仕長を見捨てた。

 まぁ、お前らが身代わりになったら身に付かないだろうしな。

 

「ですが、私は大丈夫だと思います。問題は、『様付け』が習慣になっているネネの方だとおもぉぉほぉぉおおうっ!」

「トレーシー様っ……ぁぁあああああぃああああっ!?」

 

 ……こいつら、学習能力がないのか?

 

 そんなこんなで小一時間。

 俺による地獄の猛特訓が馬車の中で行われ、トレーシーとネネがへろへろになったところで、馬車は陽だまり亭へとたどり着いた。

 

「……着きましたね、ネネさん……」

「はい……私たち、生きているんですね、トレーシーさん……」

 

 馬車から降りて、互いの両手を握り合うトレーシーとネネ。

 オーバーなヤツらだな、ホント。

 

「ナタリア。馬車の中でのことは絶対口外しないようにね……」

「いたしませんとも……外交問題どころでは済まなくなりますから」

 

 こっちはこっちで大袈裟な密談をしていやがる。

 ほんのちょっと、出来の悪い生徒を懲らしめつつ教育してやっただけなのに。

 

「あっ、やっぱりヤシロさんでしたか」

 

 馬車の音を聞きつけて、ジネットが陽だまり亭から顔を出す。

 

「おかえりなさい、ヤシロさん」

 

 姿勢を正し、俺に笑みを向けてくれる。

 そして、地べたに蹲り、手を取り合って涙ぐんでいるトレーシーとネネを見つけて目を丸くする。

 

「あの……こちらは?」

「ちょっと事情があってな。今日明日と陽だまり亭の仕事を手伝わせたいんだが、構わないか?」

「はい。もちろんです。お手伝いしていただけるのでしたら、喜んで」

 

 なんの疑いもなく、ジネットは快諾する。

 そうなるとは思っていたが……こいつには猜疑心ってもんがないのか?

 

「あの、オオバヤシロさん……こちらの方が店長さんなのですか?」

「あぁ。店長のジネットだ」

「それはそれは……ネネさん。立ち上がりましょう」

「そうですね。立ち上がってきちんとご挨拶をいたしましょう、トレーシーさん」

「…………ただ、足の裏が痛くて……」

「……我慢ですよ。きちんとご挨拶をしなくては……ご厄介になるわけですし」

 

 生まれたての小鹿のように、足をぷるぷると震わせて、トレーシーとネネが支え合いながら立ち上がる。

 

「初めまして。トレーシーと申します。二十七区よりやってまいりました」

「同じく、ネネと申します。ご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「はい。陽だまり亭店長のジネットです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」

 

 三人がそれぞれ深々と頭を下げる。

 

「ちなみに、ウチの店長……足つぼが超得意だ」

「何卒、穏便によろしくお願いしますっ」

「ご迷惑をおかけするとは思いますが、穏便にっ!」

「ぅえぇええっ!?」

 

 俺の情報を聞いた瞬間、トレーシーとネネが土下座した。

 足つぼがトラウマになってしまったようだ。

 

「あ、ちなみにジネット。この二人、領主と、そこの給仕長だから」

「ぅえぇええぇえぇっ!?」

 

 ジネットが驚きっぱなしだ。

 リアクション芸人みたいだぞ、お前。

 

「あ、あの、とりあえず顔を上げてください! 服が汚れますから!」

 

 蹲ってぷるぷる震える二人を抱き起こし、ジネットが慌てて裾の汚れを払ったりしている。

 まったく……

 

「騒がしいったらないな」

「君には、元凶だという自覚がないのかい?」

 

 元凶? 俺が?

 こいつらが騒がしいのは、こいつらの生まれ持った資質のせいだろうに。心外だな、まったく。

 

「あの、ヤシロさん……馬車の中でどんなお話をされてきたんですか? 怯え方が尋常ではないようなんですけど……?」

「話自体は、特に変わったことはしてないぞ」

 

「さん付け」を忘れた時に、これでもかと足つぼを刺激しただけで、話の内容はよくある、当たり障りのないものだった。

 

「ジネットは人類の規格を超越した爆乳だとか、マグダは絵画かってくらい表情が変わらないヤツだとか、ロレッタは普通を極めた最強の普通だとか、そんな話だ」

「人類の規格を超越なんかしてませんもん!」

 

 むぅむぅと、両腕を振り回して俺をぽかぽか叩くジネット。

 ほらほら、そういうことすると揺れるから……、いいぞもっとやれ。

 

「店長さ~ん。何かあったです? やけに騒がしいですけど……あ、お兄ちゃん! 帰ってたですか!」

 

 ひょっこりとロレッタが顔を出し、俺たちを見つけるや、嬉しそうな顔をして店から出てきた。

 

「むむ? こちらの綺麗なお二方は一体誰です?」

「「あ、ロレッタさんですね」」

「なんで知ってるです!? この二人何者なんですかっ!?」

 

 うむ。

 ロレッタの特徴はしっかりと伝えられていたようだ。ロレッタの『普通』さは、一目で分かるらしい。さすが、世界一の『普通』だ。

 

「この二人は陽だまり亭の臨時バイトだ」

「おぉっと!? 新人さんですか!? 歓迎するです!」

「ただし、トレーシーは二十七区の領主で、ネネはそこの給仕長だ」

「な、なんとっ!? すごい人たちじゃないですか!?」

 

 いささかオーバーなリアクションでひとしきり驚いてみせた後、ロレッタはケロッとした顔で言い切った。

 

「けど、ここではあたしの方が先輩ですから、ちゃんとあたしの言うことを聞くですよ」

 

 うん。

 やっぱりロレッタは、ロレッタなんだな。うん。

 

 こうしてその日の夕方から、陽だまり亭に「訳アリ」の新人アルバイトが二名加入することになったのだった。

 

 

 

 

 

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