「よし、お前ら。靴を脱げ」
「「……はい?」」
笑顔で言う俺に、トレーシーとネネは引き攣った表情を見せる。
そのまま笑顔で見つめ続けていると、二人は泣きそうな顔で裸足になり、素足を差し出してきた。
「これから、お互いをさん付けで呼べなかった時は、『足の裏をちょっと強めに』押すからな」
「あ、足の……裏ですか?」
「あ、あのオオバ様。私はともかく、トレーシー様にはあまり酷いことをふぉぉおおおうっ!」
足つぼ、執行。
「痛いっ! 痛いですっ、オオバ様っ!」
「ネネっ!? 大丈夫ですくゎふぅ……っ! い、いたっ、痛いです、オオバヤシロさん!」
「トレーシー様っ!? 大丈夫でぇぇええええいっ!」
「ネネ、さん付けです! さぁあああーーーーん!」
「トレーシーさまぁぁあああん! さん! さんです! トレーシーさん!」
「ネネ……ネネさぁん! ネネさん! ネネさん!」
とりあえず、さん付けが出来たので足を解放する。
のたうち回り、椅子から転げ落ちそうな姿勢でぐったりとうな垂れるトレーシーとネネ。
髪が乱れて、いい感じにセクシーだ。……魂が抜けたような顔をしているのが残念ではあるけども。
「や、やはり、お……恐ろしい方なのですね……オオバヤシロさんは……」
「そ、そのようですね……トレーシー様…………もといっ! さん! さんさんさんさん! さんです! トレーシーさんっ!」
言い間違えれば、容赦なく足つぼを刺激する。
刑は速やかに、滞りなく、無慈悲に執行される。
ネネがすでに涙目ではあるが、気にしない。
「ヤシロ……ほどほどに、ね? 正体を隠すとはいっても、二十七区の領主なんだから」
「じゃあ、お前が身代わりになるか? トレーシーがミスったらエステラが、ネネがミスったらナタリアが足つぼを受けるということで……」
「頑張ってください、トレーシーさん! あなたならきっとマスター出来ます!」
「給仕長の意地を見せてくださいね、ネネさん!」
エステラとナタリアは、他区の領主と給仕長を見捨てた。
まぁ、お前らが身代わりになったら身に付かないだろうしな。
「ですが、私は大丈夫だと思います。問題は、『様付け』が習慣になっているネネの方だとおもぉぉほぉぉおおうっ!」
「トレーシー様っ……ぁぁあああああぃああああっ!?」
……こいつら、学習能力がないのか?
そんなこんなで小一時間。
俺による地獄の猛特訓が馬車の中で行われ、トレーシーとネネがへろへろになったところで、馬車は陽だまり亭へとたどり着いた。
「……着きましたね、ネネさん……」
「はい……私たち、生きているんですね、トレーシーさん……」
馬車から降りて、互いの両手を握り合うトレーシーとネネ。
オーバーなヤツらだな、ホント。
「ナタリア。馬車の中でのことは絶対口外しないようにね……」
「いたしませんとも……外交問題どころでは済まなくなりますから」
こっちはこっちで大袈裟な密談をしていやがる。
ほんのちょっと、出来の悪い生徒を懲らしめつつ教育してやっただけなのに。
「あっ、やっぱりヤシロさんでしたか」
馬車の音を聞きつけて、ジネットが陽だまり亭から顔を出す。
「おかえりなさい、ヤシロさん」
姿勢を正し、俺に笑みを向けてくれる。
そして、地べたに蹲り、手を取り合って涙ぐんでいるトレーシーとネネを見つけて目を丸くする。
「あの……こちらは?」
「ちょっと事情があってな。今日明日と陽だまり亭の仕事を手伝わせたいんだが、構わないか?」
「はい。もちろんです。お手伝いしていただけるのでしたら、喜んで」
なんの疑いもなく、ジネットは快諾する。
そうなるとは思っていたが……こいつには猜疑心ってもんがないのか?
「あの、オオバヤシロさん……こちらの方が店長さんなのですか?」
「あぁ。店長のジネットだ」
「それはそれは……ネネさん。立ち上がりましょう」
「そうですね。立ち上がってきちんとご挨拶をいたしましょう、トレーシーさん」
「…………ただ、足の裏が痛くて……」
「……我慢ですよ。きちんとご挨拶をしなくては……ご厄介になるわけですし」
生まれたての小鹿のように、足をぷるぷると震わせて、トレーシーとネネが支え合いながら立ち上がる。
「初めまして。トレーシーと申します。二十七区よりやってまいりました」
「同じく、ネネと申します。ご迷惑をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい。陽だまり亭店長のジネットです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
三人がそれぞれ深々と頭を下げる。
「ちなみに、ウチの店長……足つぼが超得意だ」
「何卒、穏便によろしくお願いしますっ」
「ご迷惑をおかけするとは思いますが、穏便にっ!」
「ぅえぇええっ!?」
俺の情報を聞いた瞬間、トレーシーとネネが土下座した。
足つぼがトラウマになってしまったようだ。
「あ、ちなみにジネット。この二人、領主と、そこの給仕長だから」
「ぅえぇええぇえぇっ!?」
ジネットが驚きっぱなしだ。
リアクション芸人みたいだぞ、お前。
「あ、あの、とりあえず顔を上げてください! 服が汚れますから!」
蹲ってぷるぷる震える二人を抱き起こし、ジネットが慌てて裾の汚れを払ったりしている。
まったく……
「騒がしいったらないな」
「君には、元凶だという自覚がないのかい?」
元凶? 俺が?
こいつらが騒がしいのは、こいつらの生まれ持った資質のせいだろうに。心外だな、まったく。
「あの、ヤシロさん……馬車の中でどんなお話をされてきたんですか? 怯え方が尋常ではないようなんですけど……?」
「話自体は、特に変わったことはしてないぞ」
「さん付け」を忘れた時に、これでもかと足つぼを刺激しただけで、話の内容はよくある、当たり障りのないものだった。
「ジネットは人類の規格を超越した爆乳だとか、マグダは絵画かってくらい表情が変わらないヤツだとか、ロレッタは普通を極めた最強の普通だとか、そんな話だ」
「人類の規格を超越なんかしてませんもん!」
むぅむぅと、両腕を振り回して俺をぽかぽか叩くジネット。
ほらほら、そういうことすると揺れるから……、いいぞもっとやれ。
「店長さ~ん。何かあったです? やけに騒がしいですけど……あ、お兄ちゃん! 帰ってたですか!」
ひょっこりとロレッタが顔を出し、俺たちを見つけるや、嬉しそうな顔をして店から出てきた。
「むむ? こちらの綺麗なお二方は一体誰です?」
「「あ、ロレッタさんですね」」
「なんで知ってるです!? この二人何者なんですかっ!?」
うむ。
ロレッタの特徴はしっかりと伝えられていたようだ。ロレッタの『普通』さは、一目で分かるらしい。さすが、世界一の『普通』だ。
「この二人は陽だまり亭の臨時バイトだ」
「おぉっと!? 新人さんですか!? 歓迎するです!」
「ただし、トレーシーは二十七区の領主で、ネネはそこの給仕長だ」
「な、なんとっ!? すごい人たちじゃないですか!?」
いささかオーバーなリアクションでひとしきり驚いてみせた後、ロレッタはケロッとした顔で言い切った。
「けど、ここではあたしの方が先輩ですから、ちゃんとあたしの言うことを聞くですよ」
うん。
やっぱりロレッタは、ロレッタなんだな。うん。
こうしてその日の夕方から、陽だまり亭に「訳アリ」の新人アルバイトが二名加入することになったのだった。
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