「ふぅ~、これでようやく一段落さね」
なんだか、勤続十年のフロアチーフのような雰囲気を纏ってノーマが息を吐く。
お前が回してるのかよ、ここのフロア。なんにでも適応するよな、ノーマは。チアリーダーとか、アイドルマイスターとか。
「あ、ヤシロ。戻ってたんかい?」
「この狭さでよく気付かずにいられたもんだな」
「アタシは、仕事をやってる時は一心不乱なんさよ」
だからのめり込むんだよ、お前は。
臨時お手伝いさん用のエプロンを翻して、こちらへやって来るノーマ。
何気に、何を着せても似合うんだよな。可愛いエプロンも割烹着も、どっちも見事に着こなしてしまう。
新妻も小料理屋の女将さんも見事にこなしてしまうポテンシャルの高さを垣間見せる。
「頼まれてたお使い、午前中に済ませておいたさよ」
「おぉ、悪いな。助かるよ」
「夕方には顔を出すって言ってたから、そろそろ来るんじゃないかぃねぇ」
タイミングもばっちりだ。
「誰を呼んだんだい?」
「ん? ネフェリーだ」
「……と、いうことは、卵か…………ふんふん」
アゴに指を添えて、エステラが卵を使った料理でも思い浮かべていそうな顔をする。
だが、残念だな。今回俺が欲しいのは卵ではない。
と、そんな話をしていると、待っていたかのようなタイミングでネフェリーが店に入ってきた。
「やっほ~。呼ばれたから来たよ~」
仕事終わりなのか、心持ちスッキリとした表情をしている。
いつも見る作業着とは違って、実にガーリーなファッションを身に纏い、ちょっと背伸びした女の子感満載だ。
「ウクリネスの新作か?」
「あ、分かる?」
「似合ってるぞ」
「えへへ~、さすがヤシロね。褒めポイントを心得てるなぁ」
楽しむためのファッションを満喫しているネフェリー。
喜び方にも余裕が感じられる。
服を自慢したくてたまらないのだろうな。
「……これが無自覚だから始末に負えない」
「お兄ちゃん、いつか刺されなければいいですけど……」
「まぁ、大丈夫なんじゃない、ヤシロなら……刺されても」
後方で何やらこそこそ話す連中がやかましいが、あえて無視する。
別に口説こうとかポイント稼ごうとか思ってねぇっつうの。
「それで、私に何か話があるんだよね?」
「いや。新しい料理を作ったから食わねぇかなぁと思ってな」
「ホント!? ドーナツの時は出遅れちゃったから悔しい思いをしたんだよぉ」
仕事と重なってドーナツデビューが遅れたことをいまだに悔やんでいるらしい。
パウラあたりに自慢でもされたのだろう。
「なんさね。ネフェリーに試食させるために呼んだんかぃ?」
「……ヤシロはたまにネフェリーに親切になる」
「言われてみれば、特別扱いされてることが多い気がするです」
「付き合いも古い方だしね、ヤシロとネフェリーは」
女子たちの視線が温度を下げていく。
……なんか、ロクデナシを見るような目で見られてるんだが?
「ちょっ、……も、もう! 変なこと言わないでよ。私とヤシロはなんでもないし、全然、そんなんじゃないんだから! ね、ねぇ?」
「あぁ、うん。そーだな」
全然そんなんじゃないというか……出会った当初から俺の中では不動のニワトリ枠だぞ、お前は。
……つか、なんでかネフェリーを狙ってる説が根強く囁かれてるよな、俺。前から。
ちょっと日本が懐かしくなるからかな?
キンチョーの夏。日本の夏。
「まぁ、ネフェリーはゆっくりしててくれ」
「う、うん。じゃあ、そうさせてもらうね。……えっと、わ、私、ジネットに挨拶してくる」
ノーマたちにやいのやいの言われて、ネフェリーがこの場から逃げ出した。
そういうところも、女の子らしいんだよなぁ。昭和の漫画に出てきそうな感じで。
……ただ、顔はどこまでもニワトリなんだけど。
「じゃ、そろそろ本命に入ってもらおうかな」
ネフェリーが厨房に入ったのを確認して、店のドアを開ける。と、そこに案の定パーシーがいた。
「待ってたぞ」
「な、なんでオレがここにいると分かったんだよ、あんちゃん!?」
分からいでか。
つか、お前を釣るためにネフェリーを呼んだんだっつの。
「あぁ、パーシーに用があったんさね」
「……ネフェリーはエサ」
「百発百中で釣れるです」
「チョロいよね、パーシーも」
「なんか、オレに対する扱い酷いんじゃね? 相変わらずよぉ!」
正しく認識しているだけだ。
おのれの行動を今一度顧みるといい。
まぁ。パーシーのストーカー気質が今さら改善されることなんかないだろうから、そこら辺は追及しないでおく。時間の無駄だからな。
「でだ、パーシー。頼みたいことがあってな」
「こんな扱い受けた後じゃ、素直に聞きたくねぇし」
「ネフェリーと同じおやつを食べたくないか? 二人で一緒に。お揃いで」
「なんでも言ってくれし! 全力で力を貸すっつぅの!」
「……チョロ」
こらエステラ。
折角パーシーがやる気になってるんだから、事実をぽそっと呟くんじゃない。
「で、頼みってなんだし?」
「砂糖工場の責任者を紹介してくれ」
「オレだよ!」
「いや、妹の方に話があるんだが、忙しそうだからな。仲介を……」
「オレが責任者! 最高権力者! アレ、オレの工場!」
「従業員が認めてなくても?」
「う……うるせぇな…………気にしてっこと突っ込むなし……」
気にしてるなら、認めてもらえるように仕事に励めよ。汚名を返上する気がないのか、お前は?
「んじゃあ、汚名返上の機会を与えてやろう」
俺が発注したものを見事に納品してみせれば、世間のお前を見る目も変わってくるだろう。
「今ある砂糖よりも、もう少し粒が大きな砂糖を作ってくれ」
「あぁ、ザラメのことか?」
なぬ?
「上白糖を作る過程で、『もっと純度上げれんじゃね?』って思って試してみたら、デカい結晶の砂糖が出来てさぁ。何かに使えんだろうなって思って商品化進めてたんだよ、ちょうど今」
「で、その砂糖の名前は、なんだって?」
「ザラメっつぅんだ。オレが付けたんだぜ、マジイケてね?」
これも『強制翻訳魔法』の仕業か。
『強制翻訳魔法』が「同じ物」と認識したってこと、だよな、これは。
「パーシーが、仕事をしていたなんて……」
「ちょっ!? そこ驚くとこじゃねーし、マジで!」
驚くっつの!
いっつもいっつもネフェリーの背後から覗き見みたいなことしてるくせに、いつ働いてんだよ。
「ザラメならすぐ用意できっけど、いる?」
「とりあえず1kg用意してくれたら、ネフェリーにお前の技術のすごさを伝えてやるよ」
「7t持ってくる!」
「そんないらねぇわ!」
単位を変えるな。
しかし、ザラメが誕生していたとは…………これがパーシーの手柄でさえなければ、もっと素直に喜べたものを……っ!
「お前はホント空気読めねぇよな。でかしたぞ」
「褒めるなら最初から最後まで褒め通せし!」
微かな悔しさを感じつつも、ザラメが手に入って安心した。
最悪は飴玉でも使おうかと思っていたところだったからな。
あとは、ノーマんとこのムキムキどもが頑張ってくれれば……
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