エビチリパーティーの翌日。朝。
俺は一人で厨房にこもっていた。
――これは、賭けだ。
それも、かなり危険な賭けとなる。
俺はかつて、その危険性を理解せずに突き進み手痛い大失敗を喫している。
惨敗。大敗北。爆死と言ってもいい。
結局それは、別の場面で一定の効果を発揮し、諸般のトラブルを引き起こしたりもしたけれど、俯瞰的に見てみれば一定の成果はあったと思える程度の存在にはなった。
だが、今もってなお市民権は得られていない。商品にはならない。
一切の利益を生まない。
そして今、俺はその苦い経験を踏まえた上で、もう一度同じ道を進もうとしている。
それが、茨の道であると理解した上で……
その先にある、莫大な利益のために――
「ジネット、エステラ、マグダ、ロレッ…………みんな、来てくれ!」
「なんで途中でやめたですか!? あと『タ』までいえばわざわざ『みんな』って言い直さなくてもよかったですのに!?」
騒がしく真っ先に駆けつけ、俺の真ん前を陣取ったロレッタ。
今日も面白いリアクションをありがとう。
「ここ最近、一日一回はお前のツッコミを受けないと気持ち悪くてな」
「一日一回どころじゃないです、あたしがお兄ちゃんにつっこんでるのは!」
「……今日はすでに十二回目(午前九時現在)」
「相変わらず騒がしいよね、ヤシロの周りは」
「賑やかで楽しいですね」
「……ジネットちゃんは甘やかし過ぎだよ、ヤシロを」
「そうでしょうか? 普通ですよ」
うふふと笑うジネット。
やれやれとため息を漏らすエステラ。
半眼無表情のマグダ。
普通なロレッタ。
うむ。やはりそうか。
「笑う門には乳来る!」
「福だよ。来るのは!」
「ジネットはよく笑う! だから巨乳!」
「残念だったね、ナタリアはあまり笑わないけれどそこそこ巨乳なんだよ! ……認めたくはないけれどっ」
おのれの発言に眉を寄せるエステラ。
こんな綺麗な自爆もそうそうないよな。それにしてもこいつはよく自爆するなぁ。
まぁ、それはさておき。
俺は食堂へと一時的に追いやっておいた連中を厨房へと招集した。
厨房から追い出されたジネットは終始そわそわしていたようで、厨房に戻ってくるなり満面の笑みを浮かべている。
……お前の巣か、ここは?
『入らない』のと『入れない』のでは、気分的に違うのだろうことは理解できるけどな。
で、俺が一人で厨房にこもって何を作っていたのかというと……
「……魚?」
そう、魚の形をした――ホットケーキだ。
「ぅおっ!? ホントです、魚です!」
「へぇ、面白い形だね」
「……そこはかとなくリアル。けれどデフォルメされてもいる。絶妙なフォルム」
「なんだか、可愛いお魚さんですね」
くっ……やっぱり可愛いか……
この賭けは、負けか……?
昨日、マーシャの発言を聞いて、俺の脳内に日本でおなじみのあの料理が、まるで天啓のように降り注いできたのだ。
そう。
俺は今、たい焼きを作ろうとしている。
今川焼きが存在しているので、味は受け入れられるはずだ。
そして、こうして形を作ることで、同じ材料でもその料理は特別な価値を生み出す。
ウィンナーがタコさんになっているだけで、ちょっと得した気分になるアレだ。
だが、この街の連中は『ウサギさんリンゴ』を心の底から拒絶した。
大食い大会で俺がむさぼり食ってみせたら、号泣するヤツが続出したほどだ。
……あれは、軽いトラウマだ。
まぁ、そのおかげで大食い大会に勝てたから、結果的にはよかったのだが…………もう二度と作りたくない。
でもしかし、だがしかし!
今またあえてたい焼きという危険な食べ物にチャレンジしているのは、この試練を乗り切った先に莫大な利益が見込めるからに相違ない。
日本ではもちろん、アメリカでも人気のたい焼きだ。
受け入れられさえすれば、ヒット間違いなしの逸品だ。
……だが。
そうか……可愛いか…………もっとリアルにした方がよかったかな?
俺が本気を出せば気持ち悪いくらいにリアルな魚を表現できるのだが……そもそもそれはたい焼きのよさを殺すことになるのではないか?
たい焼きは、可愛い食べ物だからこそ支持を得ているはずだ。
くそぅ、ジレンマだ!
可愛くないと意味がないくせに、可愛いと食ってもらえない!
可愛いジレンマだ!
「ヤシロ。これは普通のホットケーキなのかい?」
「ん? あぁ。形以外はな」
「そうなんだ。じゃあ、みんなで食べよう」
エステラは軽くそう言って、手元のナイフでホットケーキを四つに切り分けた。
お魚にナイフ「サクー!」
「って、おい!?」
「えっ!? な、なに? 切っちゃマズかった?」
いやいやいや。
切って、なおかつ食ってくれて全然構わないんだが……躊躇いがなかったな。
「いいのか?」
「え、何が?」
「お魚さんだぞ!? 可愛い可愛い、お魚さんなんだぞ!?」
「ちょ、ヤシロ……何を興奮してるのさ?」
「ぶつ切りにしたら、お魚さんが可哀想だろうがっ!」
感情が昂ぶり、目にうっすらと涙が浮かんでしまった。
「お魚さん、可愛いのにっ!」
「ヤシロ、怖い怖い! ちょっとキモい!」
物凄く辛辣な暴言を吐かれてしまった。
いやいや。これ、お前らが以前ウサギさんリンゴで見せた理解不能な反応と一緒だからな?
「あの、ヤシロさん」
「……ぐすっ!」
「は、洟をかみながらでいいので、聞いてくださいね」
「ぐじゅっ!」
差し出された紙で洟をかむ。
んぢーん!
「お魚さんは、切って食べるものですよ」
「……可愛くても?」
「そうですね。感謝の気持ちを込めて、美味しくいただくのがわたしたちに出来る最大限の礼儀だと思います」
……ということは、魚の形はOKなのか?
「……ウサギさんリンゴはダメなのに?」
「あぁ、なるほど。そういうことか」
俺の試みを理解したように、エステラが大きく頷く。
「ウサギさんリンゴのような拒絶反応を、ボクたち――この街の人間が示さないかを試したかったわけだね」
「だからわたしたちを一度厨房から出したんですね。最初のインパクトを損なわないために」
ジネットの言うように、第一印象とその時の反応を見ようという魂胆はあった。
その昔、ウサギさんリンゴ誕生の瞬間に居合わせたこいつらに、その時と同じような状況で判断してもらいたかったのだ。
「お前らの感性は、俺には理解できんところが多々あるからな」
「君に言われると、甚だしく心外だよ」
「……ヤシロの感性こそ独特」
「主に、おっぱいに関しての執着と嗜好は誰にも理解できないです」
「えっと、あの……誰も思いつかない素敵な発想をお持ちということだと、思います」
精霊神を描けばキノコになって、ウサギさんリンゴで号泣するお前らの方が異常だっつうの。
そのくせ、キノコを描いても精霊神だとは認められない。
印象操作に乗りまくりなんじゃないのかと思わざるを得ないぞ、この街の連中は。
「デフォルメすればするほど神格化するじゃねぇか、お前らは」
「精霊神様を描いた絵画のことかい? あれはデフォルメじゃなくて『芸術』というんだよ」
「コミカルなキノコじゃねぇか、あんなもん」
「……君は、本当に芸術を理解しない男だね」
「でも、その感性がベッコさんの才能を見出した訳ですし、わたしはすごいと思いますよ」
フォローをありがとう、ジネット。
でもそのフォロー、「ヤシロさんは確かに芸術を理解していませんけれど」って前提のフォローだよな。
「あ、あのっ、わたしも、芸術のことはよく分かりませんので、偉そうなことは言えませんが!」
俺の視線に気付いて慌てて弁解を述べる。
いや、だから……「わたし『も』」って。
俺は芸術を理解してるの!
一体どれだけの名画を本物そっくりに模写して法外な値段で売り捌いたと……って、どうでもいいじゃねぇか、過去の話は! まったく!
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