異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

268話 『見よ、これがトルベック工務店の技術だ』 -1-

公開日時: 2021年6月1日(火) 20:01
文字数:4,853

「本当に建てやがったなぁ……」

 

 俺は、称賛半分、呆れ半分で呟く。

 トルベック工務店の連中、本気で大衆浴場を完成させやがった。

 男女、一棟ずつ。一軒ってほど小さい家じゃないから、なんとなく『棟』で数えたくなる。

 それはそれは大変立派な銭湯だ。

 大きな煙突がにょきっと生えていて、本当に『ザ・銭湯』という感じだ。

 ボイラーで湯を沸かすために物凄く強い火力で火を焚くため、あのサイズの煙突が必要なのだそうだ。

 そして、煙が木こりギルドの支部や近隣の畑、近場の森なんかに影響を及ぼさないようにイメルダの館の屋根よりもかなり高い位置で煙を吐き出させるのだと。

 

 あれの掃除、大変そうだなぁ……

 

 俺の隣で陽だまり亭一同と、ご近所に出来た新施設を見学に来たベルティーナが似たような顔でぽかんと大きく口を開けて巨大な煙突を見上げている。

 

「あの、あまりに高いと三十区や二十九区からクレームが来ないでしょうか?」

 

 花火を打ち上げただけで噛みついてきた『BU』って前例があるせいか、ジネットが不安げな表情を見せる。

 だが、大丈夫だ。

 煙突が高いといっても清々10メートルあるかないか。

 四十二区に接する壁は30メートル級の絶壁だ。

 あの程度では全然届きはしない。

 

 それよりも。

 

「よくもまぁあれだけデカい煙突を作れたもんだ」

「オイラの知り合いに腕のいい石工職人がいるんッスよ」

「あぁ、水洗便器のプロな」

「やはは。おかげさまで、水洗便器の依頼がひっきりなしで大忙しだって感謝してたッスよ」

 

 室内に設置できる水洗トイレは上流階級のみならず、少しでも余裕がある家庭がこぞって導入を検討し、また実行した案件だ。

 需要は相当なもんだっただろう。

 

「なので、あの煙突もほとんど『投資』って価格で引き受けてくれたッス」

「なるほど。ウーマロと同じでドM気質なんだな」

「そんなことないッスよ、オイラもそいつも!?」

 

 これまでやったこともないような面倒くさい仕事を格安で引き受けるとか、ちょっと意味が分からない。

 

「ボイラーの釜では、セロンが大活躍したから、後日労をねぎらってあげといてね」

 

 ひょこっと現れたエステラが奇妙なことを言う。

 

「なんで俺が? お前が伝えろよ、感謝の意を」

「ボクなんかより、英雄様に認められた方が嬉しいに決まってるじゃないか、セロンなら」

「ふん。お前、まだ『えぇ湯』のダジャレにこだわってるのか?」

「こだわってないよ!? そもそも、最初からそんな意図はなかったからね!」

 

 わいわいがやがやと、関係者が『西の湯』周りに集まっている。

 関係者じゃない野次馬たちも、新しく誕生したその巨大な建造物を見学に来ている。

 あの煙突は壮観だ。

 

「あの煙突に『陽だまり亭 こちら→』って書きたいな」

「そうしたら、みなさんびっくりされるでしょうね」

 

 想像でもしたのか、ジネットが笑いながら言う。

 宣伝効果は大したものだろうな。

 

「だったら、トルベック工務店の広告でも掲げるかい?」

 

 エステラがウーマロを振り返り言う。

 あ、そっこーで視線を逸らされてる。視線が合うと緊張するもんな。

 

「ウーマロんとこは宣伝しなくても十分知名度あるだろうが。これ以上客が欲しいのかよ?」

「いやいや、それなら陽だまり亭こそ有名じゃないッスか」

「俺らは他区から仕事の依頼とか来ないもん。なぁ?」

「忘れたのかい、ヤシロ? 君たちは年明けに三十五区まで餅つきをしに行くじゃないか」

「……アレは依頼じゃねぇ。貴族の横暴だ」

 

 あ~ぁ。もうすぐ出張かぁ。

 

「またみなさんでお泊まりですね」

「あたし、三十五区の人たちに本物のお餅つきを見せてあげるです!」

「……マグダはファンを獲得して、四十二区へ引き込む」

「遠いですよ、マグダっちょ!? 陽だまり亭まで通わせるのはさすがに酷です!?」

「……領主が率先して通っているのに?」

「あの人は残念な人だから一般人と比べちゃダメなんです!」

「うん、ロレッタ……ルシアさんに馴染んだのはよく分かるんだけど、一応他区の領主だから、あまり大きな声でそういうこと言わないでね?」

 

 エステラがはらはらして忠告するが、ルシアなら大丈夫だろう。

 ロレッタに言われるなら甘んじて受け入れるさ。獣特徴がなくとも、獣人族が好きみたいだしな。

 

「……トルベック工務店の広告、ッスか」

 

 わきゃわきゃ戯れる女子の傍らで、ウーマロが聳え立つ煙突を見上げて呟く。

 そこに刻むべき文字でも考えているのか真剣な眼をしている。

 

「『はぁぁん、マグダたんマジ天使ッス!――トルベック工務店』」

「それ、全然ウチの宣伝になってないッスよ!?」

「では、あたしも僭越ながら案を出すです! 『この顔に、ピンときたらトルベック工務店』!」

「どの顔ッスか!? え、顔を描くッスか!? 見えるッスかね、あの高さで!?」

 

 指名手配犯か……

 ロレッタならその程度だろうな。

 マグダはオチに残すとして。

 

「ジネットは、どんな宣伝文句がいいと思う?」

「そうですね……『トルベック工務店さんは技術はもちろん使う者の気持ちに寄り添った設計をしてくださるのでその後何年も使い続けられる快適さが素晴らしいのですが、おそらくそれはみなさんのお人柄と仕事に対するひたむきな姿勢、そして受け継がれてきた確かな伝統と技術に裏打ちされた一級品の……』」

「煙突真っ黒になっちゃう!」

「びっしり文字を書き込む気ッスか、店長さん。たぶん読めないッスよ」

「……えへへ、すみません。なんだかこう、『これだ』という一言にまとめきれませんでした」

「いえ。店長さんがそこまで思っていてくれるってことがすごく嬉しかったッス。オイラ、真面目に仕事してきてよかったッス!」

 

 ジネットは、陽だまり亭の厨房を毎日毎日ぴかぴかに磨いて、丁寧に使用している。

 それはおそらく、いまだに、そしてこの先もずっと衰えることがないのであろうあの厨房を作ってくれた大工たちへの感謝の気持ちと尊敬の念によるところなのだろう。

 

「――と、店長さんに伝えてッス」

「お前は本当に進歩がないな」

 

 いい加減、ジネットにくらい慣れろよ。

 ジネットなら、お前に対して何かするなんてことないって分かりきってるだろうが。

 適度な距離を保って接してくれる稀有な存在だぞ。いい加減リハビリしとけよ。

 

「エステラは何か案あるか? 『ぺったんこ!』とかか?」

「ヤシロさん、それじゃエステラさんの宣伝ッスよ」

「よし、ウーマロ。ちょっと二人で話をしようか?」

「ぁぁああ、あの、ふふふ、二人きりとか、オイラ、む、無理ッス!」

 

 エステラの呪いの邪眼から逃げるウーマロ。

 あれに見つめられると子々孫々までぺったんこの呪いがかけられてしまうのだ。

 恐ろしい!

 

「マグダは、何かあるかい?」

 

 俺が最後まで取っておいたマグダへ話を振るエステラ。

 おいしいところを持っていきやがって。オチへの前振りとか、一番いいポジションじゃねぇか。

 

 マグダに話を振ったエステラも、ニコニコとマグダを見つめるジネットも、わくわくと期待した表情を隠そうとしないウーマロも、きっとみんな思っているのだろう。

「あぁ、このあとマグダは冗談を言うんだろうな」って。

 ロレッタなんか分かりやすく、「さぁ、面白いこと言ってです! 待ってるです!」みたいなワクテカした顔をしている。

 

 そんな視線を一身に浴びて、マグダは静かに語る。

 高く聳える煙突を指差し、そこに指先で文字を書くように動かしながら。

 

「……『見よ、これがトルベック工務店の技術だ』」

 

 誰もが言葉を失う。

 煙突にそんな文字を刻めば、それはもう、問答無用でトルベック工務店の技術力の高さを知らしめる結果になるだろう。

 こんな建物、他では見たことないもんな。

 高く聳える煙突。

 堂々と構える外観。

 中にしたって、動線や使いやすさをとことんまで追求して、計算され尽くした機能的で洗練されたデザインの大浴場だ。

 これを見て、「大したことないな」なんて言えるヤツはこの街には一人もいないだろう。

 

 誰もが一目見て「すげぇ……」と感嘆するに違いない。

 

 そこの象徴たる煙突に『見よ、これがトルベック工務店の技術だ』か。

 そりゃ、最高の宣伝だ。

 

「すごくいいです、マグダっちょ! それ、カッコいいです!」

「……その隣に、『そんなトルベック工務店がリフォームした陽だまり亭はあちら→』」

「乗っかったです!? トルベック工務店の名声にタダ乗りしたです!?」

 

 持ち上げといて、最後にお茶目でオチにしたか。

 なんだ、マグダ。随分と優しいじゃないか、ウーマロに。

 こんだけすごい大浴場を作ったウーマロへのご褒美か?

 

 ウーマロのヤツ、さぞや大喜びしているだろう。

 きっと、史上最大級の「はぁぁあん、マグダたんマジ天使ッス!」がやってくるぞ。

 

 ――と、ウーマロの顔を窺い見ると。

 

「……うっ……ぐすっ!」

 

 めっちゃ涙ぐんでる!?

 

「お、おい、ウーマロ。冗談だぞ? 本当に宣伝とか書かないからな? もし書くならだぞ? 大丈夫か?」

 

 何を真に受けたのか、ウーマロの目が真っ赤に染まっていた。

 思わずちょっとびっくりして慰めちゃったよ。

 

「はいッス……宣伝が冗談なのは、分かって……るッス……けど…………っ」

 

 乱暴に袖で涙を拭って、無理やりに満面の笑みを作ってみせる。

 

「マグダたんに、そう言ってもらえたのが……そう、思ってもらえてたのが、最っ高に嬉しいんッス!」

 

 まぁ、心底信頼してなきゃ出てこない文句だよな、さっきのは。

 

「……ウーマロの、トルベック工務店の大工たちのすごさは、ここにいるみんながちゃんと知っている」

「そうですよ、ウーマロさん。わたしたちはいつもみなさんに感謝していますよ」

「教会でも、ウーマロさん仕込みのハムっ子さんたちが各所の修繕をしてくださって、とても助かっていますよ」

「あっ、はいです! ウチの家も快適です! 最高です、トルベック工務店!」

「う……っ、ありが……とッス、みなさん……」

 

 泣きそうなのを我慢して笑顔をキープするウーマロ。

 盛大に失敗して面白い顔になっている。

 けれど、それを笑う者は誰もいなかった。

 

 

 こいつ……

 本当に結構追い詰められてたんだな。

 

 猛暑期での川遊びの時から……いや、おそらくそれよりも前から。

 なんとなく違和感はあったが、……気付いてはやれなかったな。

 ルシアが持ってきた外部での悪評の件もあるし、やっぱ気になるな。

 

「ウーマ――」

「……ウーマロ」

 

 声をかけようとしたら、俺より先にマグダがウーマロの前に立った。

 そして、いつもの落ち着いた声で、心持ち優しく語りかける。

 

「……少し、気になっていた。けれど、ウーマロはプロだから、見守るだけにしていた」

 

 マグダは、ウーマロの異変に気付いて、静かに見守っていたらしい。

 事を大きくしないために、その経緯を見つめていた。

 そういえば、以前どこかでマグダがウーマロを心配する素振りを見せていたな。

 俺よりもマグダの方がウーマロをよく見ていたってことか。

 

「……マグダは素人だから、技術のことはよく分からない。けれど、ウーマロの作った物を使うお客としてなら、意見が言える。ウーマロの作った物は、厨房も、お風呂も、トイレも、中庭の屋根も、みんなとても使いやすい。その上頑丈で、マグダが怪我しないようにしっかりとやすりがけされていて、触れるととても優しい」

 

 そう言われてみると、マグダの生活空間はウーマロに守られているようだな。

 

「……王族や貴族、全世界の人間が、もしウーマロやトルベック工務店を否定しても――」

 

 マグダは、確信を持ってウーマロに告げる。

 

 

「――マグダは、トルベック工務店が世界一だと胸を張って宣言できる」

 

 

 お偉いさんに送られる称賛や幾多の名声よりも、きっとウーマロには嬉しいはずだ。

 実際に使っている顧客からの「最高だ」って声は。

 

「……くっ!」

 

 両手で顔を覆い、ウーマロが声を殺して泣く。

 それを笑う者も、当然おらず、誰もがマグダの言葉に同意を示していた。

 

「マグダ、よく言ったな」

「……マグダは、みんなの代弁者」

 

 そりゃ、なんとも静かな代弁者だこと。

 

 そうして、俺たちはその場所で待った。

 ウーマロの涙が止まるのを。そして泣き止んだウーマロがすべてを話してくれるのを。

 

 

 

 

 

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