異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

【π限定SS】革新する、ここからの未来を

公開日時: 2020年11月7日(土) 20:01
文字数:4,149

「夢のような時間でしたです……」

 

 ふわふわとした足取りで歩くロレッタが危なっかしくて仕方がない。

 

「楽しい時間だったですね、お兄ちゃん」

「こっちは肝が冷えて、心臓が凍るような思いをしていたんだけどな……」

 

 ナタリアめ、すっげぇ怖い眼でずっと睨みやがって。

 俺が何をしたってんだよ。

 

 

 くぎゅぅ……

 

 

 大通りを越えて、陽だまり亭へ続く道へ足を踏み入れると、ロレッタの腹が盛大な音を鳴らした。

 こいつは、腹の音までよく通るんだな。

 

「ぁう……あの、なんと言いますか……この道に入ると陽だまり亭を思い出して、そしたら美味しい料理を思い出して、だからちょっと、お腹がすいちゃうです」

 

 昨日今日ですっかり餌付けされているようだ。

 ジネットに教えてやれば、きっと大喜びをするだろう。

 

「それじゃ、さっさとお前の家に行くぞ。きっとジネットが飯を作って待ってる」

「美味しいご飯を、ですね!」

 

 両目をぎゅっとつむってにこーっと笑うロレッタ。

 振り上げられた拳は、きっと無意識に体が動いた結果だろう。

 こいつは、感情に体が突き動かされるのだ。非常に分かりやすくて、まぁ、好感が持てる。裏表がないヤツは操りやすいからな。

 

「はしゃぐのはいいけど、ちゃんと案内してくれよ。お前ん家は落とし穴が多くて物騒だからな」

 

 そう言うと、ロレッタがくすぐったそうに目を細めた。

 

「お兄ちゃんは、あたしの家のこと普通に扱ってくれるから、ちょっと嬉しいです」

「ん?」

「普通は、スラムになんか行きたくないって思うもんですから。えへへ。お兄ちゃんが気を遣ってくれてるのかなぁ~って思うと、くすぐったいです」

 

 そんな顔すんな。

 こんなしょーもないことで。

 

「俺は、スラムがスラムだった時のことをまったく知らないからな。俺にとっては、あの場所はお前の家とその近所でしかない。そこに忌避感なんか持ちようがねぇよ」

 

 それだけだ。いちいち気にすんな。

 そんなつもりでデコピンを喰らわせる。

 

「あたっ……! えへへ、今のデコピン、弟たちがきっと羨ましがるです」

 

 どんな姉弟だ。

 つか、弟全員にデコピンなんかしたら、こっちの指が折れるわ。

 

 こいつの心に巣食っている劣等感も、いつの日か笑い話になればいい。

 そうすりゃ、こいつはもっと心から晴れ晴れと笑えるようになって……陽だまり亭の利益が上がる。

 こういうタイプにはファンが付きやすいからな。大工のオッサンどもなんか単純そのものだし、きっと入れ食いだろう。

 だから、うん。こいつには笑っていてもらう方がいい。

 

「じゃあ、早く帰ろうぜ。ハニーポップコーンのお披露目もしなきゃいけないしな」

「あぁ、そうだったです! うちの弟妹たち、絶対大喜びするです! ふふふ、なんだかとっても楽しみです! 早く帰ろうです、お兄ちゃん!」

 

 ロレッタに腕を引かれて、俺は暗い夜道を小走りで進んだ。

 

 

 

「「「ファイヤ~~ぁ~あ~あ~ぁ~!」」」

「あ、お帰りッス、ヤシロさん」

「なんの儀式だ、これは?」

 

 ロレッタの家に着くと、巨大な薪が井桁型に組まれて轟々と炎が揺れていた。

 その周りを、小さなハムスターたちがぐるぐると歌い踊りながら回っている。

 

 ……降霊術か?

 

「いやぁ、この辺暗いってマグダたんが言ったもんッスから、ちょ~っと頑張っちゃったッス」

「いいなぁ、お前はまっすぐで」

 

 どこまでもまっすぐなバカって、見ていて気持ちがいいもんなんだな。

 ちょ~っと頑張っただけで、出来るもんじゃねぇだろ、このサイズ。この規模。

 

「……ヤシロ。こっちは温かい。来るといい」

 

 マグダに手を引かれ、キャンプファイヤーのそばに連れていかれる。

 

「……ここが特等席」

「おう。サンキューな」

 

 マグダが連れてきてくれたのは、キャンプファイヤーの真ん前、まさに特等席と呼べる場所だった。

 そこに到着しても、マグダは俺の手を離さない。

 寂しかったのかと、思ったのだが……

 

「……マグダ、頑張るから」

「ん?」

「……見てて」

 

 相変わらずの半眼が俺を見る。

 眠たそうな無表情フェイスなのに、瞳の奥には熱い闘志が燃えているように見えた。

 

 獣化が治っていないふりをしていたことがバレた直後だけに、意気込みを表明したのだろう。

 敵意のあるなしにかかわらず、新しい人材が増えると、多少は不安にもなるのだろう。

 取って代わられたらどうしようとか。

 比べられて、使えないと思われたらどうしようとか。

 

「あぁ。ちゃんと見てるから、しっかり頑張れ」

「……うん」

 

 耳を押さえつけるように頭を撫でてやると、マグダはくすぐったそうに身をよじった。

 

「「「マグダおねーちゃん、ぼくたちも頭なでるー!」」」

「……不許可。……不許可。……不許可」

 

 おぉっ、マグダが流れるように群がってくる弟たちをかわしている。

 まるで背中に目が付いているかのように、全方位から襲いかかる弟たちを必要最小限の動きでかわしている。……やるな、マグダ。

 

「みなさ~ん! お食事の用意が出来ましたよ~!」

 

 ジネットが口の両サイドに手を添えて、大きな声で呼びかける。

 すると、キャンプファイヤーの周りで歌い踊っていたハムっ子たちが一斉にジネットのもとへと群がっていった。

 

「ぅきゃう!? あ、あの! ちゃんとみなさんの分がありますので、順番に、順番で……ぅきゃああ!」

 

 あわれ、ジネットは腹を空かせたガキどもの波に飲み込まれてしまったのだった。

 ……うん、助けに行くか。

 

「こらー! あんたたち! 大人しく出来ない子はご飯抜きですよ!」

 

 長女の怒声一発で、弟妹たちはぴたりと大人しくなる。

 よくしつけられてるじゃねぇか。

 

「まずは、長女たるあたしが、姉弟を代表して食事をいただくです!」

「「「ぶーぶー!」」」

「うるさいですよ!?」

 

 結局、お前も弟妹たちと同じで、いち早くジネットの飯が食いたいんじゃねぇか。

 

「ジネット、米は?」

「炊いてあります。張り切っていっぱい炊いちゃいました!」

「鮭は?」

「マグダさんが頑張っていっぱい焼いてくださいました。……けど、全員に分けるとなると、小さな切り身にしか……」

「じゃ、混ぜておにぎりにするか」

「それはいいですね! ぜひそうしましょう!」

 

 そんなわけで、炊き立ての飯に焼き鮭を入れてほぐし、おにぎりの準備をする。

 

「よぉ~し、ガキども! 手を洗って並べ! おにぎりの作り方を教えてやる!」

「はいはい! お兄ちゃん! まずは長女たるあたしに教えてです!」

「「「ぶーぶー!」」」

「うるさいですよ、あんたたち!」

 

 ずらりと並ぶというより、群がってくる弟妹たちに見えるようにおにぎりを握ってみせる。

 まぁ、一回でうまく出来るようにはならんだろうが、自分たちで新しいことをやるってのは、こいつらにとっていい経験になるだろう。

 今日から、こいつらの日常は変わるわけだしな。

 

「あはははっ、変な形ー!」

「ぐっちゃぐっちゃー!」

「手にいっぱいついたー!」

 

 不細工なおにぎりを手に、あちらこちらで笑顔が咲いていく。

 握ってるそばから我慢できずにかぶりつくヤツもいる。

 上手に出来たおにぎりを交換し合う妹たちもいた。

 

 ガキの小さい手で握るから、一回に使う米の量も限られているし、一人あたり二~三回くらいはチャレンジできる。

 

 待っている間は、ジネットが大量に焼いた野菜炒めを頬張り、時折キャンプファイヤーのところで踊り出し、騒がしい夕飯は釜の米がなくなるまで延々と続いた。

 

「……注目。マグダがポップコーンを作る」

「「「わー、見る見るー!」」」

 

 そして、ある程度腹が膨れたところでマグダがフライパンを構える。

 興味津々で群がる弟妹たちの前で、乾燥したポップコーンをフライパンに入れ、火にかける。

 しばらくすると、暴れ狂うように破裂音が鳴り響き、弟妹たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

「「「ばくはつするー!」」」

 

 その様子を見て、俺とウーマロは声を上げて笑い、ジネットもくすくすと肩を揺らす。

 マグダに至っては「……誰もが通る道」とかなんとか言ってしたり顔を見せている。

 

「な、ななな、何事ですか、お兄ちゃん!?」

「興味があるなら見てこいよ」

「いや、でも、……ぅう、分かったです。見てくるです」

 

 弟妹たちからの視線に押され、ロレッタがマグダのもとへと歩いていく。

 おっかなびっくり。

 

「……ようこそ、陽だまり亭へ」

 

 ロレッタが来るのを待って、マグダがそんなことを言う。

 そして、蓋をしたフライパンをロレッタの前へ持っていき、平坦な声で言う。

 

「……マグダは、ロレッタを歓迎する」

「マグダっちょ……」

 

 うるっと来たっぽいロレッタを見て、マグダが微かに口角を持ち上げる。

 そして、満を持してフライパンの蓋を開ける。

 

「ほゎぁああ!? なんですかこれ!? 白いもこもこがわっさり入ってるです!?」

「……これだけじゃない」

 

 言って、事前に用意していたらしいハニーソースをポップコーンにかける。

 フライパンに触れて音を立てるハニーソースが、たまらなく甘い香りを漂わせる。

 

「はゎはぅはぁ、い~ぃ香りですぅ~!」

「……召し上がれ」

「い、いいですか!?」

「……先輩からのプレゼント」

「ありがとうです! いただくです!」

 

 出来立てのポップコーンを「あつっあつっ」と掴んで口へ放り込むロレッタ。

 途端に顔がとろけて、幸せそうなため息を漏らす。

 

「こ、これは……幸せの甘さですぅ~! 口に入れた瞬間舌の上に広がる――」

「「「ぼくもー!」」」

「「「あたしもー!」」」

「どぅわっ!? ちょっと、あんたたち……!?」

 

 また長々と語り出そうとしたロレッタだったが、我慢の限界を越えた弟妹たちの波に飲み込まれて阻止された。

 聞き飽きてるんだろうな、弟妹たちは。

 

「……順番。守れない子の分はないと心得るように」

「「「はーい!」」」

「……あと、マグダのことはお姉ちゃんと呼ぶといい」

「「「おねーちゃーん!」」」

「……よし」

 

 なんか、すっかり手懐けてるな。

 

「マグダさん、楽しそうですね」

「嬉しいんだろ、初めての後輩が。猫っ可愛がりそうだ」

「うふふ。仲良くしてくれると嬉しいですね」

 

 ま、連携が取れた方が効率は良くなるしな。

 無駄がなくなれば、その分経費削減につながる。うん、仲がいいのはいいことだ。

 

 甘い甘いポップコーンは、ハムスター人族のガキどもに衝撃を与えたようで、その日は夜遅くまで大いに盛り上がり、マグダはポップコーンの女神として一部地域で熱烈に崇められるようになったのだった。

 

 

 

 

 

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