「では、ミスター・ドナーティ。そしてフィルマン君。席へご招待しましょう」
ナタリアではなく、エステラがドニスたちをエスコートする。
それだけ特別扱いをしているというアピールなのだろう。
庭に出された大きな木のテーブル。
そこには椅子が八つ並べられている。
ここは、ドニスとフィルマン、リベカとバーサ、エステラとベルティーナ、ソフィーとバーバラの席だ。他の連中は立食パーティーということになる。別のテーブルを設け、そこに料理を並べる予定だ。……っていっても、ベルティーナあたりは椅子には座らずにガキどもと一緒にピクニックしそうだけどな。すなわち、地べたに敷物を敷いての飲み食いだ。
どんなスタイルにせよ、好きにすればいい。
「では、ヤシロさん。お料理をお持ちしますね」
「おう。ハムっ子ー、仕事だぞー」
「「「「ぅははーい!」」」」
諸手を挙げて厨房へ突入していくハムっ子。
ウーマロの手伝いが終わり、ちょっと暇になっていたので仕事が嬉しいようだ。
陽だまり亭の三人と、デリアも加わって料理を運び出してくる。
俺とナタリアは、不測の事態に備えてエステラのそばに控えている。
マーシャは、テーブルのそばにマイ水槽を置いて、中でちゃぷちゃぷ水を揺らしている。
「おや、あなたは海漁ギルドの?」
「うん~☆ はじめまして、DDさん。お噂はかねがね、ルシア姉から聞いてるよ~☆」
「む……そ、そうか……よろしく頼む」
マーシャの砕けた対応に戸惑いを見せるドニス。
DDって、親しい間柄の呼び名を真っ先に使うとは……マーシャのヤツ、結構踏み込んだな。まぁ、俺は呼び捨てだけども。
つか、ルシアもドニスとは仲良くないよな、たしか?
「常々、三十五区が羨ましいと思っていたのだ。海漁ギルドと懇意に出来ていることにな」
「大丈夫だよ~☆ ヤシロ君と仲良くなっておけば、他所から羨ましがられる方になるから。ね、ヤシロ君?」
「そんな無茶振りを無責任に投げつけるな」
「ほぅ、信頼されておるのだな、ヤシぴっぴ」
「その呼び名やめろ、チョロリンって呼ぶぞ」
「「「ぶふっ!」」」
なんか、あちらこちらから一斉に「ぶふっ」って聞こえた。
見渡してみると、エステラやマーシャ、ウーマロにロレッタ、ベルティーナまでもが口を押さえて肩を震わせている。
あぁ、やっぱみんな気になってたのか。
「ヤシロ…………っ、今日は、大切な……ぷふっ……日だから……っ!」
必死に笑いをこらえつつ、エステラが俺を睨んでくる。
お前なぁ。
触れちゃいけないとか思うからそうなるんだよ。
あんなもん、髪型の一種だ。くせ毛、ロン毛、一本毛。何もおかしなことはない。
それを、お前たちが勝手に「触れちゃいけない」とかいう意識を持つからそうなるだけで。
言ってしまえば、ここのガキどもと同じだ。
怪我をしているからあーだこーだと考えてしまう。その結果腫れ物に触るような態度を取ってしまう。
けれどそれは、ガキどもにとっては逆につらいことだ。
悪質な正義感と言ってもいい。
あいつらは、他と変わらず普通に接してほしいと思っている。
四十二区のガキどもと一緒になって大騒ぎしていた時の顔を見たろう。アレが、ここのガキどもが望んでいることなんだよ。
「というわけで、一本毛は積極的にいじっていこうと思う!」
「君が一番悪質だよ!」
「俺はただ、世界に笑顔を溢れさせたいと」
「空々しいわ! 大体……デリケートな話を笑いの種にするのは感心しないよ」
「デリケートな話……? チョロリンのことかぁあ!?」
「うるさいよ!? なんのマネさ、それは!?」
ガキどもがケラケラと笑い、場の空気がとても明るくなっている。
だというのに、ドニスったら……物凄く怖い顔してる……もぅ。
「いや、なに。二十九区の貴族に知り合いがいてな」
ドニスが、微かに反応を見せる。
「その人にドニスのことを話したら、すごく楽しそうに聞いてくれてな」
おぉっと、無表情を装おうとしてニヤケ顔を押さえ切れてないぞ。口の端がぴくぴく震えている。
「髪型の話をしたらここ一番の笑顔を見せていた。もちろん、悪意のない純粋な笑顔だった。まぁ、あの人の性格を知っていれば皆まで言う必要もないことだろうが」
――とか言って、ドニスの方をチラりと見る。
うわぁ、物凄く嬉しそうだ。
「あの人の性格を知っていれば」なんて言われたら、「ワシが一番よく知っている」って自負が刺激されるよな、そりゃ。
勝手に、それも必要以上に肯定的に捉えてくれるのは明白だ。
「まぁ、なんだ。ワシもこの髪型には多少自信があってな。個性は長所と捉えるべきだと、常々思っているわけだ、うん」
自信……あったんだ。
「そうか……いい笑顔を、してくれたか…………ワシの話で………………」
しみじみと、噛み締めるように思いを馳せる。重ねた年月の深みを思わせるような泰然とした雰囲気の中、一滴の朱が広がっていくようにドニスの表情に彩りが映える。
それはまるで、樹齢数百年の古木が新芽を芽吹かせたかのように。ドニスの心に若々しい感情の息吹を感じさせた。
「……むふんっ!」
そんな、威厳と情緒を台無しにするような吐息を漏らす一本毛。
「ワシのことはチョロリンと呼んでくれ!」
「ミスター・ドナーティ! それはさすがにっ!」
興奮して立ち上がるドニスを、エステラが懸命に制止する。
そして、軽く俺を睨む。
なんだよぉ、場の空気を和ませただけじゃんかよ~ぅ。
「領主様」
バーバラがドニスのそばへと歩み寄り、そして深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
「む? なんの話じゃ、シスターよ?」
「個性は長所――」
バーバラが、ガキどもを背に、全員の気持ちを代弁するように笑みを浮かべる。
「――そのお言葉はきっと、これから先あの子たちの救いとなるでしょう」
個性。
それは、ここのガキども全員が持っているものだ。
怪我や病により、他人とは違う――普通とは違う――そんなガキたちの特徴を『個性』とし、肯定する。それは、ここの連中が一番喜ぶことなのかもしれない。
普通じゃないわけではない。
ただちょっと個性的なだけだと。
「あなたが二十四区の領主様であることを、私は誇りに思います」
言って、もう一度頭を下げるバーバラ。
ドニスはドニスで、意図せず発した言葉がバーバラを、そしてガキどもを勇気づけたと知り、深いしわをさらにくっきりと浮かび上がらせ、笑った。
「それはこちらも同じじゃ。あなたのようなシスターがいてくれることを、ワシは誇りに思う」
おぉ、意図せずなんかいい雰囲気にまとまった。
あれ、俺、すごくね?
「ふふん! 狙い通り!」
「ヤシロ……さすがにそれは信用できないよ」
苦言の一つも呈したいのだろうが、結果が結果だけに強くは出られないエステラ。
まぁ、運も実力のうちだ。崇め奉るといい。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!