「ヤシロさ~ん」
「おぉ!」
揺れている。
ジネットが乳を揺らすために走ってこちらに向かってくる。
「待ってたぞ~~~」
「ヤシロさん……首を上下に動かしながら出迎えるのはやめてください」
いや、だって、視線が釘付けなのに上下に揺れるからさぁ。
「あの……どう、ですか?」
「ん。似合うぞ」
「えへへ……」
…………っくはぁ!
やばかった。一瞬心臓止まるかと思った。
浴衣姿で、普段とは違うちょっと着飾ったジネットが、ちょっと恥じらいながらの、上目遣いの、「……どう、ですか?」だぞ? 「どうですか?」じゃなくて「……どう、ですか?」だぞ!? この恥じらい感! 頬とか染めちゃって不安と期待が入り混じった目で見られて……反則だからな、それ?
よくもまぁ平静を装って「ん。似合うぞ」とか言えたな、俺。
……でも、あそこで照れたり言いよどんだりしたら……絶対面倒くさいことになる!
これくらい軽いのがいい感じ!
それにつけてもお乳がで、か、い。
ついつい目がいってしまう……
……ん? あれ? 浴衣ってことは……!?
「ジネット、勝負パンツは!?」
「~~~~っ!」
無言で脇腹に拳をぎゅ~っと押しつけられた。ぐりぐりされている。
な、なんだなんだ? 新しい抗議の仕方か!?
「きょ、今日は、他所様の区ですので、万が一にも間違いがあってはいけないということで……ルール違反ではありますが……その…………」
「穿いてるのか」
ぐりぐりぐりぐり……
あぁ、なるほど。照れているんだな。うんうん、なるほどな。
「ヤシロ。懺悔するといいよ」
と、斬首しそうな勢いでエステラのナイフが迫ってくる。
かわすっ!
……危なかった。俺の、殺気を感じ取る能力が少しでも劣っていたらヤられていた。
この緊張感……狩猟ギルドに初めて乗り込んだ時以来だぜ。
「まったく。君は口を開けばはしたないことを……四十二区の恥部だね、まったく」
「まったくを二回も使うんじゃねぇよ」
「君がまったくだからだろう。この、まったく者」
まったく者ってなんだよ。
変な称号を与えやがって。
「けど、エステラは本当に浴衣が似合うな」
「な、……なにさ、急に。褒めてご機嫌取ろうなんて……」
「いやいや。浴衣に関してはお前が一番似合うと思ってるぞ」
「え……そ、そう……なの、かい?」
「あぁ」
なにせ、浴衣に限らず和服は。
「胸がない方が似合うからな」
「ヤシロ。斬首するといいよ」
「おい、やめろ! 本気の速度で襲いかかってくるな!」
エステラの攻撃を紙一重でかわし続ける。
伊達にナタリアと行動を供にしていたわけではない。
あいつの動きはエステラ以上だ。あの動きを間近で見ていたんだ……ナタリアの無尽蔵の多角的なボケにタイミングよくツッコミ続けた俺は、いつの間にかレベルアップしていたというわけだよ!
貴様の攻撃など止まって見える! 当てられるものなら当ててみ……
……ゴッ! って、音がした。
「……痛い」
「あ、ごめん。当たった?」
俺が紙一重でかわすからちょっと楽しくなっていたらしく、エステラはどんどん腕の速度を速めていった。……ホントにレベルアップなんかするわけないんだから、お前の本気に敵うわけないだろうが…………エステラの手が鎖骨に当たって、痛いのなんの……
「エステラ様」
蹲る俺を見て、ソフィーが駆けてくる。
おぉ、浴衣ウサ耳だ! 耳も胸も揺れている! もっと走って! 跳ねるように!
「相手が弱っている隙に、トドメを!」
「お前は何を告げに来てんだ!?」
「こんなに素敵なお召し物に対し、邪な視線を向けるから報いを受けるのです。当然の罰です」
あほー!
邪な視線?
向けるわ、普通!
「で、リベカは?」
「見ますか?」
若干引き攣った表情で、ソフィーがとある方向を指さす。
その方向は、たまたま俺の死角になっており、そっちで何が行われているのか俺には一切見えていなかったのだが……なぜだか「意地でもそっちは向きたくない!」という思いが俺の心に広がっていた。……なんか視界の端に桃色のオーラがちらちら見切れてんだよ。……くそっ、つきあい始めのリア充ほど始末に負えないヤツらはいない。
「ジネット。目の毒だ。出店を回るぞ」
「はい」
「エステラは、向こうの遊具で伸びてるドニスの介護を頼む」
「何やってたのさ!?」
ちょっと遊んでただけだ。
おかしいな……フィルマンもドニスの隣で伸びているはずなのに……リア充の体力は底なしか。
そんなわけで、再びジネットと出店を回る。
ハム摩呂は、すっかり揚げたこ焼き屋になっており、味も徐々に安定し始めている。いつか、陽だまり亭でも出したいものだ。
そこから先に進んでいくと――
「お、ヤシロ、店長! 遅いぞ! あたいが焼いたイカ、食べるか!?」
「鮭じゃないんだな?」
「鮭は棒に刺さらなかったんだよなぁ……」
一応試しはしたんだな。
デリアが売っているのはイカ焼きだ。マーシャがいるからな。材料は提供してもらった。
あと、醤油は二十四区の名産でもある。この香ばしい匂いが堪らない。
「ねぇねぇ~☆ こっちも覗いてよ~☆」
と、いろいろなところを覗き込みたいマーシャが水槽の中から身を乗り出して俺たちを呼ぶ。
とりあえずイカ焼きを一本もらい、そちらへ向かう。
「焼きトウモロコシか」
「うん☆ なんかね、イカ焼きの屋台を勧められたんだけど、折角だから普段やらないことやろうと思って☆」
確かにこれは珍しい。
マーシャが刷毛を使ってトウモロコシに醤油を塗る。
そして、くるくるとひっくり返して、また醤油を塗る。
こっちも堪らない香ばしさが漂ってくる……
「あ、あの、ヤシロさん……わたし、これを食べてみたいです」
「美味しいよぉ~☆ マーシャちゃんの愛情たっぷりトウモロコーンだからねぇ☆」
なんか混ざってんぞ、トウモロコーン。
「ぉいひ~ですぅ……!」
焼きたてのトウモロコシに齧りつき、頬に醤油を付けて笑顔を見せるジネット。
ジネットのこういう表情は珍しい。しっかりまぶたに焼きつけておこう。
「少しお行儀が悪い感じが……ドキドキしますね、出店って」
「行儀悪くなんかねぇよ。これくらい豪快に食うのがマナーだ」
イカ焼きに肉食獣も真っ青な豪快さで齧りつき、噛み千切り、咀嚼する。
うむ! 美味い!
「なんだか、美味しそうに見えますね、そうして食べているのを見ると」
「じゃあ、やってみるか?」
「いえ、それはさすがに……」
笑顔で拒否された。
まぁ、やられてもちょっと困るけどな。
あとはお馴染みの、ベビーカステラやポップコーンの屋台が並んでいる。たい焼きにドーナツまで用意されている。甘ぁ~い香りがこの辺一帯に漂っている。
甘いおやつにはガキどもが群がっている。ここはスルーするかな。長蛇の列だし。
店番のハムっ子に頑張れとだけ伝えて先へ進む。
「ジネット」
出店の中程に、ベルティーナがいた。
店の前にうずたかく積まれた皿の山は、きっとここを陣取っていたソフィーの食べた分なのだろう。……あいつも結構食うな。
「シスターはお好み焼きを作っているんですね」
「はい。なかなか難しかったですが、マグダさんにコツを教わって、なんとか様になってきたところです」
言いながら、二本のへらで器用にお好み焼きをひっくり返す。
お見事!
「上手です」
ぱちぱちと手を叩いて称賛を送るジネット。
ベルティーナはむず痒そうに照れ笑いを浮かべる。
大きなヘラも、ベルティーナが持っていると、家庭的だったり、ともすればちょっと可愛く見えたりするから不思議だ。
あんな鋭利な金属、エステラなら凶器にしか見えなかっただろうな。
「教会の子供たちに作ってあげようと思いまして」
「きっと喜びますね」
「だといいのですけど」
「喜びますよ。だって、わたしは、シスターが作ってくれた野菜のスープが大好きでしたもん」
かつて、心を閉ざした少女だったジネット。
そのジネットに寄り添い、励まし、支え続けたのは他ならぬベルティーナで、だからこそ、ベルティーナが自分のために作ってくれた料理というのが深く印象に残っているのだろう。
料理は愛情。……ってやつだな。
「野菜のスープランキングは、いまだにシスターが一番です。わたしはまだまだ追いつけません」
「そんなことはないでしょう? ジネットの方がお料理は上手なのですし」
「うふふ。シスター、ありがとうございます。でも、わたしの中ではシスターにはまだまだ敵わないんです」
ジネットのその言葉は、謙遜ではなく本心からの言葉のように思えた。
思い出の味ってのは、強いからな。
「では、お好み焼きも、ジネットより美味しく出来ているでしょうか?」
「お好み焼きは負けません」
そんな会話を笑顔で交わす母娘。こいつら、仲いいよなぁ。
「では、ひとつください」
「少々お待ちくださいませ」
妙に芝居がかったセリフを交わし、二人でうふふと笑う。
なにお前ら? 俺を癒し殺す気? 癒され過ぎて死んじゃうよ、俺?
「ん。予想していたよりずっと美味しいですよ、ヤシロさん。わたしも頑張らないと」
「どれ…………ん!? 美味いな。焼き加減が絶妙だ」
「うふふ。褒め過ぎないでくださいね。私、結構すぐに調子に乗ってしまいますので」
とか言いながら嬉しそうなベルティーナ。
教会のガキどもが群がってきたので場所を空けてやる。
今度たっぷり作ってもらうとするか。
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