異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

215話 『宴』の準備1 -2-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:2,744

「じゃあ、食ってみてくれ」

「はい。いただきます」

「ボクもいただくよ」

「……もぐもぐ」

「マグダっちょ、早いです!? こういうのはみんなで一緒に……って、もうみんな食べてるです!? あたしだけ出遅れたです!」

 

 慌ててホットケーキにかぶりつくロレッタ。

 口の周りにハチミツがたっぷり付いている。

 ……マグダがかけたんだな。たっぷり過ぎるだろ。

 

「ん~……っ、おいひぃれふっ」

 

 相変わらず、口の中に物を入れたまましゃべるジネット。

 母親譲りなんだろうな、きっと。ベルティーナそっくりだ。

 

「うん。普通だね」

「……普通」

「なんであたしを見ながら言うですか、エステラさんもマグダっちょも!?」

 

 味は普通の、食べ慣れたホットケーキだ。特に感激もなかったらしい。

 しかしながら、これは俺にとって望ましい結果だ。

 第一段階の、「そこそこリアルなお魚型」はクリアしたということだからな。

 

「では、これではどうだ?」

 

 そこで、いよいよ本命の、日本でよく見かけるレベルのデフォルメがなされた「一般的たい焼き型」のホットケーキを差し出す。

 

「わぁ! さっきよりも一層可愛いですっ」

 

 ジネットの瞳がきらきらと輝き出す。

 

「……マグダには、こっちの方が相応しい」

「ですね! さっきのはちょっとリアル過ぎて、気持ち生臭い気がしたです」

「それじゃ、こっちも食べてみよう」

 

 ナイフ「サクー!」

 

 やっぱり、躊躇いないな。

 ……なんでだろう。容赦のないエステラが鬼のように見えてきた。

 

「お前は乳も涙もない女だな」

「『血も涙もない』だよ! って、ホットケーキを切っただけで酷い言われようだね!?」

 

 リンゴを食っただけで大ブーイングを食らった俺に比べればたいしたこともなかろうに。

 

「こちらも美味しいです」

「うん。普通だね」

「……至って普通」

「だから、あたしを見ながら言わないでです!」

 

 これも普通に食べた。

 ……ウサギさんリンゴとの違いが分からん。

 

「それで、率直に聞くぞ。こいつは、受け入れられると思うか?」

 

 俺には分からんが、この街の連中には明確な差があるらしい『生き物の形をした食べ物』。

 こいつが市民権を得られるようであれば、たい焼きの金型をノーマに発注する。

 そして、……今川焼きのシェアを根こそぎ奪い取ってやるっ!

 

「問題ないとは、思います。ただ、わたしがこんなに上手に焼けるのか、まだ自信はないですけれど……」

「……マグダでも難しい」

「労力の割に、感動は少なそうです」

「味が普通だもんね」

「いや、違う違う違う! 形! 形だけ見て、嫌悪感とかないか?」

「……嫌悪感? なぜ?」

 

 心底意味が分からないという顔でエステラが小首を傾げる。

 ……なんだろう、この小馬鹿にされてる感じ。

 お前らの趣味嗜好が特殊だから最大限気を遣ってやっているというのに。

「最近の若いもんは理解できん」と嘆いているジジイって、こんな気持ちなんだろうか……

 

「形はとても可愛いので、子供たちには受けると思いますよ。……ただ、ここまで上手に作る自信が……」

「作り方は大丈夫! 簡単に作れるようにするから!」

「ヤシロさんにとっての『簡単』は、結構ハードルが……髪飾りも『簡単に作った』とおっしゃっていましたし……」

「いや、ホントに簡単だから! デリアでも作れる」

「……なら、誰でも作れる」

「デリアさんに出来るなら安心です!」

「あの、お二人とも……それはいささか失礼な気が……」

 

 マグダとロレッタが安堵の息を漏らし、ジネットが苦笑いを浮かべる。

 

「では、これの簡単な作り方を教えてください!」

「いや、これは難しいんだ! 焼き色を計算してお玉で絵を描くような感じでさ、そこそこ技術がいるんだよ」

「…………簡単じゃないんですか?」

「なんで泣きそうな顔してんの!? 作りたかったの!?」

「……はい」

 

 違うんだよなぁ!

 まず、この形が受け入れられるかを確認してから、焼き型を発注しようと思ってたんだよ。

 もしここで躓いたら、型を作ってもらってもまったくの無駄になっちまうからな。

 

「……しゅん」

 

 なんか、ジネットが物凄く落ち込んでる……

 あぁ、もう。

 

「この形が問題なく食べられるなら、こういう形の変わった食い物を作ろうと思ってるんだ」

「ホットケーキ、ではなくてですか?」

「あぁ。俺の故郷の食い物で、名前はたい焼き」

「鯛? ですか?」

 

 ジネットが目を丸くする。

 こいつらが知ってる鯛は、セロンとウェンディの披露宴の時に出てきたカルパッチョくらいだろう。

 こんな内陸の、それも四十二区の人間が、そうそう鯛を食べているとは思えない。

 

 ジネットを見ると、指で空中に切り身っぽい形を描いている。

 切るな切るな。丸ごとだよ。

 

「出来映えは、こんな感じだ」

 

 と、昨日のうちに作成しておいた木製の鯛型を取り出す。

 ぷっくりと丸く、おなじみのたい焼き、あの形をしている。

 

「思ったよりもぷっくりしているんだね」

「……これは、可愛い」

「なんだか、ちょっと美味しそうに見えてきたです!」

 

 木型を見て、他の連中も興味を示し始める。

 ジネットも、少しだけ機嫌を直し始めたようだ。

 ……じゃあ、とっておきの情報をくれてやるか。

 

「こいつに小麦粉ベースの生地を流し込み、中にあんこをたっぷりと詰めて焼き上げる」

「えっ……!? あの、それって」

 

 料理人であるジネットはすぐに気が付いたようだ。

 このたい焼きが、今川焼き――自分の大好物と同じ製法だということに。

 

「きっと大ヒットする。俺の故郷では大人気のおやつだったからな」

「それを、陽だまり亭で…………」

 

 空中を見つめ、何かを想像し、ジネットの表情がぱぁっと明るくなる。

 

「はい! きっと大人気になります!」

 

 たい焼きが陽だまり亭のメニューに加わる。

 その事実が、ジネットの機嫌をMAXまで上昇させた。

 

 だが、金型を作るのにそれなりの金が掛かる。

 ヒットさえすればすぐにでも取り戻せるだろうが……

 

「だから、もう一回真剣に考えて、俺の問いに答えろ」

 

 この事業が成功するかどうかの大切な問いだ。

 

「このたい焼き、流行ると思うか?」

「はい。思います」

「……明々白々」

「あたし、いの一番に食べたいです!」

 

 ま、一番最初に食うのはジネットなんだろうけどな。いつものごとく。

 

「エステラ。お前の見解は?」

「随分と慎重になった君に、ちょっと驚いているよ」

 

 んな感想は求めてねぇよ。

 

「けど……うん。大丈夫じゃないかな。あとは、味次第だよ」

 

 赤い髪を揺らして、小生意気な笑みを浮かべる。

 あほたれ。

 味は折り紙付きだっつの。

 

 以前は断念したが、今は砂糖も小豆も上質な物が手に入る。

 小麦も、アッスントが自信を持って勧める上質な物がある。

 失敗する要素はない。

 

 ……ふふふ。

 これまで市場を独占していた今川焼き屋よ、よく見ておくがいい。

 お前たちのボーナスステージはここまでだ。

 闇市を利用して私服を肥やした罰を、少しくらいは受けておくといい。

 

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