異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

104話 第二の被害 -3-

公開日時: 2021年1月10日(日) 20:01
文字数:2,354

「ヤシロ、いるかい」

 

 早朝の陽だまり亭に、エステラがやって来た。

 三十分ほど前に目覚めの鐘が鳴ったところだ。エステラがこんな時間に来るなんてのは珍しい。

 時間を間違っているのでないとすれば……

 

「腹減って目ぇ覚めちゃったのか? この食いしん坊め」

「変なレッテル貼るのやめてくれるかな?」

 

 俺とアッスントが向かい合って座るテーブルまで来ると、俺の前に一枚の羊皮紙を差し出す。

 

「飲食ギルドから急ぎの連絡だよ。甘味処『檸檬』で食中毒が発生したと訴える客がいたらしい」

「情報、遅っ!」

「な、なんだよ!? 気を利かせて朝一で駆けつけたっていうのに!」

「申し訳ありませんね、エステラさん。今、私が話してしまいました」

「なんだよ、もう!」

「エステラさん、どうぞ座ってください。今お茶をお持ちしますね」

「あ、ごめんね、ジネットちゃん」

 

 ジネットが厨房へと向かい、エステラが俺の隣に腰を下ろす。

 その間俺は羊皮紙に目を通す。

 

 訴えを起こした客は身長190センチ程度のイグアナ人族。……リザードマンみたいなヤツかな。

 訴えによれば、甘味処『檸檬』で出されたケーキを食べた直後から気分が悪くなったということらしい。

 イグアナ人族から賠償等の要求はなく、ただ一つ、甘味処『檸檬』の閉店だけを強く求めていた。

 甘味処『檸檬』の店主は、食材にも製造過程にも問題はなく、当店に落ち度はないはずだと言っているものの、絶対的な自信はなく、当面は店を閉めることにしたのだそうだ。

 

 なるほど。何かしら解決の糸口が見えるまでは様子を見ようってことか。

 確かに、度々店に来られて騒がれちゃ堪ったもんじゃないからな。

 

「けど、なんで『檸檬』なんだろう?」

「あぁ、それはですね」

 

 エステラの目の前にお茶を置きながら、ジネットが俺に説明をしてくれた。

 

「マスターさんが奥様と出会われたのが大きなレモンの木の下なのだそうです。……素敵ですね、二人の愛の思い出を冠したお店なんて……」

「あ、いや……そうじゃなくてだな」

 

 その説明は俺の求めていたものではない。

 

「カンタルチカが目をつけられるのは分かるんだ。大通りで一番目立つ酒場だからな」

 

 やっかまれるのは人気店の宿命とも言える。

 ……だから、あいつらの豆腐メンタルももう少しなんとかしなきゃ、この先苦労するだろうな。

 

「でも、『檸檬』だぞ? どこにあるかすら分からん」

「広場のそばですよ」

「広場から見ると左手側だね」

「マーケットの近くなので、私は行商の途中で休憩によく利用しています」

 

 ……あれ。もしかして有名店?

 

「でも、確かに不思議だね。売り上げもさほど多いわけでもないし……注目され始めたのも、ケーキを出すようになってからだからね」

「注目されてるのか?」

 

 エステラからの情報に、少し引っかかりを感じた。 

 エステラの話を疑っているわけではなく、その情報にこそ、俺の求める答えのカギが隠されていそうな、そんな予感がしたのだ。

 

「注目はされているね。『檸檬』では、アップルパイを改良してレモンパイを開発したようなんだけど、これが大ヒットしてるんだ」

「なるほど。レモンパイは美味いもんな」

「ご存じなんですか? さすがですね」

 

 いや、まぁ……他にもいろいろあるんだぞ、パイって。チェリー、ブルーベリー、杏子。

 割となんでも合うが、レモンパイはさっぱりした風味が他の物では味わえない独特な味だよな。さっぱりとしたレモンクリームが疲れた時にはいいんだよなぁ。

 

「どんなお味なのか……いつか食べてみたいです」

「んじゃ、行ってみるか」

「本当ですか?」

「エステラ連れてさ、『調査だ』っつって、タダで食わせてもらおうぜ」

「……考えが浅ましいよ、ヤシロ」

 

 うるさい。

 人助けの一環だろ。おこぼれにあずかるくらいいいじゃねぇか。

 

「『檸檬』がオリジナルケーキの開発に成功したから、あの付近の飲食店は今、躍起になってオリジナルケーキの開発に励んでいるんだよ」

「いい方向に動いたもんだな。他所と同じケーキだけじゃ客が来なくなるな、こりゃ」

 

 その点、陽だまり亭には『元祖』という最強の看板がある。安泰だな。

 それに、俺にはまだまだ隠し玉もあるし。

 タルトとか、ティラミスとか、ババロアとかな。

 

「今、大通りでは『打倒・檸檬!』って、密かに思っている店が多いんだよ」

「それ、客たちは知ってるのか?」

「お客さんは知らないんじゃないかな? 他の店にしたって、大々的に『打倒・檸檬!』とは、言えないだろうし」

「でも、ケーキ通の方の間では噂になっているようですよ。陽だまり亭に来たお客さんからもたまに噂を聞きますし」

 

 知る人ぞ知る……ってことろか。

 

「ヤシロは知らなくても当然かもね」

「なんでだよ?」

 

 エステラが柔らかい笑みを浮かべて言う。

 

「今四十二区のみんなはケーキに夢中なんだよ。ケーキの情報なら、どんなことだって仕入れたいと思っているのさ」

「そうなのか?」

 

 エステラの言葉を、街の情報に詳しそうなアッスントに尋ねてみる。

 

「そうですねぇ。若い女性を中心に、何やら活発な動きがあるようですよ。こう……小さな集団を作ってケーキを食べ歩き、情報交換を行う……とか」

 

 ケーキサークルでも出来ているのか?

 ガイドブックが無い以上、自分たちの足で情報を稼ぐしかない。SNSも無いしな、この世界には。

 

「新しい物の登場に浮かれていた熱がようやく落ち着いて、これから探求されていくんだろうね。お客の要求も高くなり、店ももっとレベルの高い物を提供するようになる。成熟すると文化と呼べるものになるよ、きっと」

 

 未来の展望に、エステラは瞳を輝かせる。

 

 新しい物…………ケーキ……か。

 

「エステラ、また一つ、力を貸してくれないか?」

「今度は何をするつもりなんだい?」

「今度は…………そうだな…………トカゲ釣り、かな」

 

 

 俺の考えが正しければ、これで釣り上げられるはずだ。

 

 

 

 

 

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