異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

32話 クマ耳と甘々 -3-

公開日時: 2020年10月31日(土) 20:01
文字数:2,758

「デリア。甘い物ならなんでもいいのか?」

「ん? あぁ、なんでもいいんだ。カボチャでも、煮豆でもいい……」

 

 範囲広いなっ!?

 そこまで「甘い物」のカテゴリーに入れていいのか!?

 日本でオシャレ女子に「甘い物食べに行こう」って声かけて、煮豆を出したら殴られるぞ?

 

 けどまぁ、なんでもいいんなら……

 

「これなんてどうだ?」

 

 腰にぶら下げた袋からハニーポップコーンを取り出す。

 またマグダが脱走してもいいように、陽だまり亭関係者には毎朝一食分のハニーポップコーンの携帯を義務づけたのだ。

 また帰って作ればいいし、ここでデリアにやっても問題ないだろう。

 

「なんだい、これはぁぁぁぁああああっ、めっちゃ甘い匂いがするぅぅうぅっ!」

 

 ハニーポップコーンの袋を開けると、デリアが凄まじい勢いで飛びついてきた。

 

「くんかくんかっ! はすはすはすっ!」

「怖い怖い怖い! 食われそうで、すげぇ怖いっ!」

 

 俺よりも頭半分ほどデカいデリアが俺を組み伏すように覆い被さってくる。

 野生の熊に同じことをされたら人生を諦めてしまうに違いない。

 

「な、なななな、なんだ、これ!? なにこれ!? 夢? これは夢のお菓子?」

「お、落ち着け! とりあえず一個食ってみろ。な? そして落ち着いてくれ!」

 

 グイグイと迫ってくるデリア。

 もともと薄着で、あっちこっちの肌が露出している目に毒な衣装を着ている上に、こうまで密着されては『そういう』感情を抱いてしまうだろうが。……あぁ、くそ。さっきまでずぶ濡れのアライグマ振り回してたくせになんだかちょっと甘い女の子の匂いがしてドキドキする!

 

「た、たた、食べていいのか?」

「ポップコーンをな!」

「食べるっ!」

「ポップコーンをなっ!」

 

 俺ごと丸呑みにしそうな勢いのデリア。もはや制止の声も届かない。

 仕方ないので、俺はハニーポップコーンを一粒摘まみ、デリアの口へと放り込んだ。

 

「っ!?」

 

 ポップコーンが舌に触れると同時に、デリアの口が閉じられる。

 そして、最初は舌の上で転がし……ゆっくりと咀嚼する。

 

 ――しゃく……………………しゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくしゃくっ!

 

 噛み過ぎっ! もう原型残ってないだろう、それ!?

 と、突然デリアが脱力したように地面にへたり込んだ。

 正座した両足を左右に投げ出しぺたりと尻を地面につける――いわゆる『女の子座り』という格好で、デリアは自身の顔を両手で覆い隠す。

 …………なんだ?

 

「…………ぅぇぇえええええっ!」

 

 泣き出したっ!?

 

「甘いよぉ…………美味しいよぉ…………」

 

 感激してたっ!?

 

 どうやら、デリアの甘い物好きは相当重症なようで、初めて食べるハニーポップコーンに感涙しているようだった。

 ……キャラじゃねぇなぁ…………

 

「そ、そんなに甘いのか? オ、オレにも一粒分けてくんねぇか、兄ちゃん?」

 

 のそりと這い寄ってきたオメロ。

 だが、ゆらりと顔を上げたデリアに一睨みされて、近付いてきた時の三十八倍の速度で100メートル近く後退していった。

 ……こちらからデリアの顔は見えないが…………立ち昇るオーラだけで、相当恐ろしい表情をしていることは察しがつく。

 ……オメロよ。お前、デリアの地雷を的確に踏み抜いていくよな…………

 

「大丈夫だ、デリア。まだたくさんある。これは全部お前にやるから、オメロを食わないでやってくれ」

「ほ、本当に全部くれるのかっ!?」

 

 デリアが「ぐりんっ!」とこちらに向き直る。

 立ち昇っていた怒気むんむんのオーラは霧散し、ハートが飛び交う桃色のオーラが代わりに広がっていく。

 幸せそうな顔をしている。

 

 売れば買ったかもしれんが、今オメロを失うとヤップロックの家に行く道の整備をする者がいなくなる。……いや、亡くなる。

 オメロの命をポップコーンで買ったと思えば安いものだろう。……軽いなぁ、あいつの命。

 

 ポップコーンの袋を渡すと、デリアは大切そうに両手で抱え、一粒口に放り込む。

 

「…………ん~~~~~っ!」

 

 小さく身もだえ、とろけるような笑顔を見せる。

 こうしていると小さな女の子のようだ。座ってるしな。

 クマ耳がぴこぴこと動き、機嫌のよさが窺える。

 

 これでもう、オメロの命は危険にさらされることもないだろう。

 

 目の前にいるのは、甘いお菓子に夢中な女の子だ。

 可愛いものじゃないか。

 

 目の前でぴこぴこと揺れ動くまるっこいクマ耳を見ていると、無性にもふっとしたくなってくる。

 …………………………もふっとしてみたいなぁ……機嫌よさそうだし、頭を撫でるくらいの気安さで…………

 

「えい」

「――っ!?」

 

 ぴこぴこ揺れていたクマ耳をもふっと摘まんでみる。

 おぉっ、肉厚でぷにぷにモフモフしていて……これは触り心地がいい。

 肉球をぷにぷにしているような感じだ。癖になりそうだ。

 

「なっ、なにやってんだ兄ちゃんっ!?」

 

 100メートル先から、オメロが世界陸上100メートル男子決勝レベルの高速で駆けてきて、その勢いのまま俺の体を抱え上げてさらに100メートルほど走り抜ける。

 は、腹に腕が食い込んで…………朝食を吐きそうになった。

 

「な……なに、しやがる……?」

「それはこっちのセリフだよっ!」

 

 なんだ? 俺が何かしたか?

 

「さっき言ったよな!? 親方はピュアで純真無垢なエンジェルのような乙女だって!」

「修飾語がものすげぇ増えてるが、まぁ、言ってたな。

「だから、『そういう』ことはしちゃダメだって言ったよな!?」

「耳をモフってただけだろうが」

「クマ人族の耳は……その、とってもデリケートな箇所で…………おっぱいと同じくらい触っちゃいけない場所なんだよ!」

「なんだって!?」

 

 俺の中を、凄まじい衝撃が駆け抜ける。

 

「じゃあ、おっぱいを触っておけばよかった!」

「そういうことじゃねぇよ!」

「いや、どうせ怒られるなら!」

「怒られるくらいで済むわけねぇだろ! 兄ちゃん、今すぐ街を出ろ! 後ろを振り返らずまっすぐ街門まで走るんだ! 親方のオーラを見ちまったら恐怖で足が動かなくなるからな!」

 

 オメロの表情は真剣そのものだった。

 ……これは、マジでヤバい状況なのか?

 

「いや、俺……陽だまり亭に荷物とか置いてあるし……」

「荷物と命と、どっちが大事なんだよ!?」

 

 四十秒すら準備する時間をくれないってのか?

 

「兄ちゃん、あんたのことは一生忘れねぇ。違う街に行っても達者でやれよ」

「ちょっと待ってくれよ。他の街ったって当てもないし……」

「親方の本気のオーラは、触れただけで意識を失うレベルでヤバ……………………っ」

 

 そこまで言ったところで、急にオメロの体がグラリと揺れた。

 コマ送りのような速度でオメロの体が右へ傾いでいく。

 巨体が横倒しになるにつれ、その背後にもう一人、別の人物の姿が見えてくる。

 

 …………デリアだ。

 

 オメロの背後にデリアが立っていた。

 オメロは、デリアの発するオーラに当てられて気絶してしまったようだ…………俺、死ぬの?

 

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