異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

50話 大通り劇場 -4-

公開日時: 2020年11月18日(水) 20:01
文字数:2,601

「分かるか、アッスント」

 

 水を打った静寂の中、俺はただ一人――アッスントのためだけに声を出す。

 ターゲットはただ一人。そう、お前だよアッスント。

 俺はお前に問いかける。よく聞け。そして考えろ。

 

「今の四十二区は、価格が崩壊している状態なんじゃないのか?」

「…………いや、それは……」

 

 アッスントが、言葉に詰まった。

 無言という選択をする時ですら迷うことなく判断していたアッスントが、言葉に詰まったのだ。

 

「四十二区の生産者はもうダメだ。どう転んでも長くは持たない。つい先日も、家業を辞め、家族を捨てて冒険者になろうとした者が現れた。……まぁ、全力で止めたが、それは何もそいつが極端だったわけじゃない」

 

 冒険者になるというのは、いわば、徳川埋蔵金を探すトレジャーハンターになるようなものだ。

 そんなわずかな可能性に賭けなければいけないほど、ここの生産者は追い込まれているのだ。

 

 そんな状況にいて、その商売が長続きするはずがない。

 心が折れたら、あっという間に廃業だ。

 

「四十二区の生産者はもう無理だ。見捨ててしまえ」

「お、おいっ、ヤシロ……っ!」

 

 辛辣な俺の言葉に、モーマットが喰ってかかろうとする。が、それはいいタイミングでいいところにいたエステラによって無言のままに制された。

 エステラは今回、あまり前に出てこない予定だ。その分、裏で俺のサポートに徹してくれている。

 モーマットが状況を把握し、黙って一歩身を引いた。

 そうだ、それでいい。黙って見ていろ。

 

「なかなか、厳しいご意見ですね」

 

 アッスントも、少し動揺している。

 まさか見捨てろと言われるとは思っていなかったのだろう。

 

「ならせめて、食糧を他区から仕入れて飲食店やマーケットだけでも救ってやったらどうだ?」

「それは、ご自分が食堂関係者だから、ですか? 他人を切り捨てて自分を助けろと……」

「あ、そうか! いっけね、忘れてた!」

 

 自分の見解を述べようとしていたアッスントの言葉を、突然の大声で遮る。

 お前のターンはまだ先なんだよ。あとでたっぷり話させてやるから、もうちょっと俺の話を聞けよ。

 

「他区から物を運ぶには輸送費がかかるよな? しかも、さっきアッスントが言った言葉を踏まえると、きっと足元を見られて法外な値段を吹っかけられるに違いない! ……違うか?」

「…………」

「なぁ、アッスント。どうだよ?」

「……まぁ、そうなるでしょうね」

 

 探り探り、おそらくそうなるであろう未来の結果を口にするアッスント。

 分かるぜ。今お前、戸惑ってるだろ? 目が泳いでいる。

 

「ってことはだ。従来の仕入れ値の三倍から四倍くらいは覚悟した方がいい……でもそうなると利益が上がらなくなって……結局いつかは潰れちまう。だよな、パウラ?」

「え!? あ、あたし? え~っと……そう、ね。…………うん。なんとかやりくりしても、値上げは避けられないし、値が上がればお客さんは遠のくから…………そう時間もかからず潰れると思う」

「おまけに、生産者たちは失業して金がない。客の数も必然的に減るだろう」

「それは……致命的だよ」

 

 パウラが灰色の未来を幻視して肩を落とす。

 

「あれあれ? でも待てよ!?」

 

 俺が声を上げると、アッスントがうんざりした表情でこちらを窺う。

 構わず続ける。

 

「なぁ、パウラ。従来の仕入れ値の三倍って、今と同じ状況じゃないか?」

「え…………あ、ホントだ」

 

 大雨の被害に遭い、住民が全体的に貧しくなっているのも同じだ。

 

「今のこの状況があと一ヶ月続けば……お前の店はどうなる?」

「潰れる。確実に。一ヶ月も持たないよ」

「おぉ~ぅ……なんてことだ…………」

 

 俺は大袈裟に頭を抱えて、盛大にため息を吐いた。

 

「ってことは、どちらに転んでも、一ヶ月後には生産者も、店も、みんな廃業しちまうってことか」

「いや、それはちょっと飛躍し過ぎなのでは」

 

 アッスントが堪らず割って入ってくる。

 ここいらで歯止めをかけたいところなのだろう。

 だが、俺の話に聞き入っている群衆の心は、そんなことでは動かない。

 最早、俺の言葉以上に響く言葉など、今この状況下においては存在しない。

 

「食い物がなくなったら、ここの住民全員で四十一区に買いに行くことになるな。けどそうすれば、今度は四十一区で食糧不足が起こり、同じように物価の高騰が起こり、経済が死ぬ。そうすれば今度は四十区に買いに行くのか……」

「いい加減にしなさい! イタズラに不安を煽って私に対する敵愾心を煽るおつもりでしょうが、そうは問屋が……」

「何言ってんだよ」

 

 まっすぐに瞳を見つめて、アッスントにはっきりと言ってやる。

 

「お前は、敵じゃねぇか」

 

 空気が凍る。

 

「…………なるほど。そういうことですか」

 

 アッスントから不穏な空気が漂ってくる。

 無表情になったブタの顔は、まるで悪魔の使いのように不気味に見えた。

 

「私ども行商ギルドと、生産者ならびに事業主を対立させることでこちらを窮地に追い込もうというおつもりですか。それで、私から譲歩を引き出そうと? 下手な芝居まで打って……ふふふ」

 

 アッスントがゆらりと体を揺らす。

 機械仕掛けの作り物のように生きている温かさを感じさせない動きで、アッスントはモーマットたちを睥睨する。

 ジネットたちはその視線に委縮して、デリアを中心に一ヶ所に固まる。

 

「そちらにいらっしゃる方々が賛同者ということでしょうか? んふふふ……なるほど……そうですか」

 

 一人で呟き、一人で納得をするアッスント。

 声は静かになったが、相当頭にきているようだ。

 額に六角鉛筆くらいの太い血管が浮かび上がっている。

 

「構いませんよ。憎い我々との取引など止めていただいても。ご自分たちが不利益を被っていると思い込んでいるのでしたらそれで結構! そう思っていてください。我々は一向に構いません。皆様との契約が破談になれば、『他の方と』新たに契約を結ぶまでです! 代わりなどいくらでもいるんです! もっとも! ……皆様にとって行商ギルドの代わりになる組織があるのかどうかは知りませんけどね」

 

 これがアッスントの勝ちパターンなのだろう。

 己の優位性を説き、相手を自分のフィールドへ引き摺り込む。

 ここにいる連中程度なら、それだけで泣きが入るだろう。

 怖いお兄さんたちが揉めた相手をすぐに事務所に連れ込むのと同じ戦略だ。相手に「早く解放されたい」と思わせるような圧力をかけ、まともな思考を出来なくさせる。

 

 それを打ち破るには、そいつが思い描く「流れ」をぶった切ってやるしかない。

 

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