異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

195話 麹職人リベカ・ホワイトヘッド -1-

公開日時: 2021年3月19日(金) 20:01
文字数:3,582

「こ、こんな時間に、麹工場に何か用ですか?」

 

 と、あからさまに不審者な少年に睨まれてしまった。

 

「我々は、こちらの麹職人さんに招かれて参上した次第です。あなたは、こちらの関係者様でいらっしゃいますか?」

「…………」

 

 唇を噛んで俯く少年。……部外者なのかよ。

 よくも偉そうに「なんの用だ」なんて言えたもんだ。

 

「あいつをパーシー2号と呼んでやろう」

「やめてあげなよ……どっちのためにも」

 

 建物の陰からこっそり中の様子を窺う様が、ストーカー気質満載の四十区の(滞在時間的には、もうほとんど四十二区の住民みたいなもんだが)砂糖工場長(工場を取り仕切っているのはヤツの妹なんだが)パーシーそのものだ。

 

 ……って、パーシーの紹介で補足説明的な修正が必要ないのって「ストーカー」って部分だけなのか……あいつ、ろくでもねぇな。

 

「少年。まっとうに生きろよ」

「は?」

 

 パーシーと同じ道へ踏み入ろうとしているいたいけな少年に、年長者からせめてもの忠告をしておいてやる。お前の進もうとしている道はいばらの道だぞ。……他者からの冷たい視線が気にならない、もしくはちょっと気持ちいいって図太い性格でもしていない限りは苦難の道になるだろう。

 

「お兄さんは、まっとうな人間なのですか?」

「もちろ……もがっ!」

「「「危険な発言は控えて」ください」」

 

 胸を張って肯定しようとした俺の口を、三人がかりで塞いできやがったエステラ、ナタリア、アッスント。……てめぇら、いい度胸じゃねぇか。

 

「他所の区では言動に気を付けてください。誰が敵になり、どこにどのような脅威が潜んでいるのか分からないのですから」

 

 鬼気迫る声音でアッスントが囁きかける。

 ……ってことは何か? 「お兄さんは、まっとうな人間なのですか?」って問いに、俺が「もちろん」と答えると、『精霊の審判』にでもかけられちまうって言いたいのか、お前らは?

 

「ねぇ、君」

 

 エステラが、自分よりもほんの少しだけ背の低い少年に目線を合わせるように背を曲げ、顔を覗き込む。

 そして、よそ行きの穏やかな微笑みを湛えて優しく語りかける。

 

「まっとうな人間でなくても、まっとうに生きるよう進言することは出来るんだよ」

「こら、エステラ。なんだその助言は」

「いや、年長者の意見はそれなりに尊重すべきだということを教えてあげようかと思ってね」

「俺がまっとうではない前提で話を進めんじゃねぇよ」

 

 年長者の意見を尊重しようという気概があるなら、お前は俺の言うことを唯々諾々と了承しろよ。見た目はアレだが、俺はお前よりざっくり二十年ほど長く生きてるんだからな。

 

「ぼ、僕は、何もやましい気持ちでここにいるわけではありません」

「産業スパイの類ではないということだね」

「当然です!」

 

 エステラの問いに、やや不服そうに少年は声の音量を上げる。

 やましい気持ちがないというのであれば……

 

「やらしい気持ちでここにいるのか?」

 

 小粋な言葉遊びを交えて大人のジョークを少年へと浴びせてみる。……と。

 

「……………………ち、違い、ます…………たぶん」

 

 口ごもりやがった!?

 え、なに!? まさか、このそばに早朝からやってる女風呂でもあるわけ!?

 あぁ、そうか! 分かったぞ! 女子寮だな!? このそばに女子寮があって、寝起きのギャルたちのしどけない寝間着姿や、着替えなんかが覗けるベストスポットがあるんだろう!? そうだろう!?

 

「ヤシロ。無言なのにうるさい」

「どういうことだよ、それ!?」

 

 エステラが、袖口にこびりついたカピカピのご飯粒を見るような目で見てくる。

 こいつはちょいちょい俺の心を読みやがるからな……俺のポーカーフェイスを看破するとは…………侮れないぜ。さすがは、四十二区の領主だ。

 

「ヤシロ様。ざっと見渡した限り、早朝からやっている女風呂や、しどけない寝間着姿のギャルがいそうな女子寮は見受けられません」

「んふふ……ヤシロさんのお顔は、まるでよくしゃべる口のように物を語りますね」

 

 ……なんてヤツらだ……どいつもこいつも、俺の完璧なポーカーフェイスを見破りやがって…………さすが、四十二区切れ者三人衆! 俺が手を焼かされた連中だけはある。

 

「あ、あの、お兄さん! 僕は、そういう意味合いのやらしい気持ちは持ち合わせていません。それに、その、……そういう風なことを考えたり口にしたりするのは、あまりよくないと思います!」

 

 なんだか、真面目に説教されてしまった。

 早朝に私有地を覗き込んでるストーカー予備軍に。

 

「僕は、もっと純粋な心で……」

「好きな女でもここで働いてるのか?」

「えっ!? な、なな、なんで、そそそ、そうおもおもおも、もも、桃割れたんですか!?」

「落ち着け。『思われた』が言えてない上に、関係ない桃が割れちゃってるから、一回落ち着け」

 

 そうかそうか。

 このストーカー予備軍は、「好きな子の姿を一目見たい」という、ただその一心でこんな早朝に犯罪者一歩手前みたいな行動を起こしていたわけか。そうかそうか……こいつ、予備軍じゃなくて、ストーカーだ。

 

「残念。手遅れだ」

「決めつけないであげなよ、ヤシロ」

「しかしな、エステラ。押すでも引くでもなく、声すらかけずにただ遠くからひたすら眺めるだけで満足して、そんな自分の恋心を『純愛だ』とか言って自己満足に浸ってるあたり、完全にパーシーと同じ症状だぞ」

「…………確かに、手遅れ、かも……」

 

 エステラが折れた。

 反論の余地がなかったようだ。それはそうだろう。『パーシーと同類認定』なんて、重い病気の宣告みたいなもんだ。

 

「て、手遅れじゃないです!」

 

 憐れむ俺たちに、少年は眉根を吊り上げて反論してくる。

 必死に牙を剥く子ライオンのようで、迫力のなさが浮き彫りになっている。

 

「男女の仲は、とても繊細で、でもだからこそ美しくて……だから、僕は段階を踏んでお近付きになりたいと思っているだけです!」

「段階を踏んでって……じゃあ、今はどの段階にいるんだよ?」

「ま、まずは……目と目が合うところから、始めようかと……」

 

 何段階あるんだよ、その後に!?

 おそらく今は、姿が見られるだけで嬉しい時期なのだろう。

 目と目が合ったことがないからこそ、そこから始めようとしているのだ…………あぁ、まどろっこしい。

 

「お前なぁ。どうせ見てるんなら、風のいたずらからのスカートぺろーんでパンチラの一つでも期待してろよ」

「そ、そそ、そんな破廉恥なことっ!? そういうのは、結婚してからだと思います!」

 

 パンチラは結婚してからって、初めて聞いたわ!

 つか、嫁のパンチラで喜ぶ旦那とか、それはそれでちょっと怖いぞ。

 

「それに、彼女はスカートを穿きませんので」

「パンツ丸出しか!?」

「ズボンを穿いているんです! 七分丈の!」

「ヤシロ……いたいけな少年の想い人相手に、卑猥な想像をするのはやめたまえ」

 

 細い指が、俺の首根っこに軽く触れる。

 あぁ、これあれだな。度が過ぎると頸動脈握り潰すぞ的な脅しだなぁ、まったくエステラはお転婆さんなんだから。

 

「すまないね、少年。彼の言うことは気にしない……で……」

 

 声をかけようとしたエステラが言葉を止める。

 

「わ……は…………や……」

 

 はゎはゎと、開いた口がむにむに動くと同時に奇妙な声が漏れる。

 少年の顔が、真っ赤に茹で上がっていた。

 

 えっと…………

 

「むっつり」

「んなっ!? ち、ちち、ちが、違っ、違いますよっ!」

 

 明らかに、パンモロの想い人を想像して赤く染まる少年。

 いまどき、こんなピュアな少年が存在しているとはな……

 

「ヤバい、エステラ……少年が眩しくて直視できん」

「君も少年を見習って、少しくらい心を浄化したらどうだい?」

「んふふ、エステラさん。こびりついた汚れは、そうそう容易く取れないものですよ」

「ヤシロ様。重曹を使いましょう」

「俺は水回りの頑固な水垢か」

 

 お前らこそ、この少年のピュアな心に洗い清められろよ。

 

「あ、あの……っ、ぼ、僕は、これでっ! し、失礼します!」

 

 顔の赤さが限界にまで達し、少年はぺこりと頭を下げるや否や振り返って走り出した。

 心なしか発光しているようにすら見える少年の顔が、まだ薄暗い朝の闇に赤い尾を引いていく。……テールランプのようだ。なんか懐かしいなぁ。

 

「五回点滅したら愛してるのサインかもしれんな」

「なんの話だい?」

「真っ赤、真青、真っ赤、真青……って」

「それは愛してる以前に、体調不良のサインだよ……血行がおかしなことになってるからね」

 

 情緒のかけらもないエステラには、少々理解が及ばないのかもしれない。

 もっとオシャレな恋愛をすればいいのに。

 

「麹工場の朝は早いですからね」

 

 コホンと咳払いをして「恋煩いも大変そうですね」などと、遠ざかっていく少年の背中に向かって心のこもってない感想を述べるアッスント。

 顔には「さっさと中に入りましょ」と書いてある。

 ドライだなぁ、こいつは。

 

 少年の姿が見えなくなってから、俺たちは麹工場の門をくぐった。

 

 

 

 

 

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