「おかしい……」
俺は、目の前の光景を見て、そう呟かざるを得なかった。
「ダ~リンちゃん。オシナをこのお店で雇ってくれると、オシナ的に超はっぴ~なのネェ」
呼んでもない面倒事が、向こうから勝手に転がりん込んできやがった。
なぜだ……俺はそこのフラグは立てていないはずなのに。むしろ率先してへし折ってきたはずなのに!
つか、ここ最近四十一区には行ってすらないのに!
「オシナのお店、モゥ完全無欠に経営難なのネェ。だから、お店を畳んで第二の人生歩もうって思っているのネェ」
その第二の人生が、なぜ陽だまり亭なんだ……
「オシナ的に、やっぱり出来ることってお料理しかないのネェ。だから、特技を活かした転職ネェ~」
オシナは四十一区に店を構えていた料理人だ。
褐色の肌に黒いロングヘアーがオリエンタルな色気を醸し出す美人で、おっぱいのサイズはCカップ。
大通りから二本奥の路地、いわゆる『二本目』という四十一区的にはなかなかの好立地に店を構えていたオシナだが、経営が危ないからと大荷物を抱えて陽だまり亭へと押しかけてきたのだ。
「それにこのお店なら、メドラちゃんも来やすいからネェ~」
それが一番の問題なんだよ!
このオシナというのは、いつも笑顔を絶やさないおっとり系美女であり、あのメドラの親友でもある。
オシナあるところにメドラあり……こいつがそばにいると、漏れなくメドラとのエンカウント率が爆上がりしてしまうのだ。
なにせメドラは、オシナの店でしか外食をしないというほどにオシナの料理に惚れ込んでいるのだから。
ジネットの料理に惚れ込むエステラのように。
「四十一区へ帰れ」
「冷たいネェ~、ダ~リンちゃ~ん!」
一本線で描いたようなにっこり目に涙を浮かべてオシナが抱きついてくる。
やめろ! 年甲斐もない!
そう、オシナはこう見えて……メドラと同じ歳なのだ。
どう見ても二十代なのに、実年齢は…………
美魔女というヤツだ。……女は恐ろしい。
「とにかく、ウチは十分手が足りてるんだ。新人なんぞいらん」
「副料理長でも、オシナ的にいいけどネェ?」
「物凄い厚かましいこと言ってるって自覚、あるか?」
マグダとロレッタを抜き去って一気にナンバー2に置いてくれって……それはさすがに無理があるだろう。
ウチの従業員は要領がよく、ホールに二人いればほぼ事足りる。
そればかりか、ピンチの時には駆けつけてくれる助っ人がたくさんいるんだ。デリアにノーマにパウラにネフェリー。
それに、ハムっ娘たちもフロアの研修をしていたりする。どう転んでも人材不足にはなりようがないのだ。
……とはいえ。
「問題がないわけじゃ、ないんだよな……最近は」
自然と、視線がある店員へと向かう。
「はい、ビーフカツレツお待ちどうさまです!」
「おいおい、ロレッタちゃん。オレが頼んだのは焼き鮭定食だぜ?」
「へ…………はぅ!? ご、ごめんなさいです!」
「あぁ、まぁいいよいいよ。陽だまり亭は何食っても美味いしな」
「そーそー。ロレッタちゃん、気にしちゃダメだぜ」
「へへっ、お前みたいな脂っこい顔したヤツにはカツレツがお似合いだってことだよ」
「ちがいねぇな」
「うっせぇぞ、てめぇら」
「あ、あの……本当に、ごめんなさいです」
「「「「いいっていいって。ロレッタちゃん可愛いからなんでも許しちゃう」」」」
トルベック工務店の大工四人が息ぴったりに気持ち悪い声を出す。
いつもなら「気持ち悪いくらいに息ぴったりです!?」とかってツッコミが入るような場面なのだが……
「やっぱ、ロレッタおかしいよなぁ……」
「ン~? ツッコミがないのが気になるのネェ?」
あぁ、いや。それが気になるというか。
「あいつはあんなミスをしないヤツなんだ」
「ワァ、あの普通な娘、ダ~リンちゃん的に高評価なのネェ。すごいネェ」
ロレッタは、仕事に対していつも前向きで、ひたむきに努力を積み重ねるようなヤツだ。
そのため、今では一人で店番を任せても安心できるくらいに成長していた。……はず、なのだが。
「最近、あぁいう初歩的なミスが多いんだ」
「……ロレッタは最近、ボーッとしていることが多い」
「お、マグダ。いたのか」
「……壁に耳あり、背後にマグダ」
「いや、そんなことわざはねぇよ……」
そういう状況ならしょっちゅうあるけどな。マグダに背後を取られるのは。
「ンフ~。ちっちゃいちっちゃい、可愛い娘ネェ~」
「……ふふふ、それはもう。『陽だまり亭の看板娘と四十二区のマスコットガールを兼任してるッス!』と、話題沸騰中のマグダだから、当然」
「その語尾からして、沸騰してるのはあのキツネの中だけでだろう……」
マグダの一次ソースはウーマロであることが多いんだよな。とんだ偏向報道だ。
まぁ、誰も不利益を被らないから可愛らしいもんだけどな。
「で、ボーッとしてるのか?」
「……している。昨日のことになるけれど、昼過ぎの暇な時間に、ベッコ、ウッセ、ポンペーオが続けて来店した際、ロレッタは『いらっしゃいませ』を言わなかった」
「それは、あえて無視したって可能性もないか?」
「……あり得なくはない。けれど、ロレッタはそういうことをするタイプではない」
「だな。あいつなら、もっと分かりやすく弄るはずだ」
「お客さんを弄るのはセーフなのネェ、このお店。うふふ、面白いネェ」
「……来店時のご挨拶は接客業の基本。たとえ『そーゆージャンル』の人種でも、接客業に従事する者として最低限の対応はするべき」
「あぁ、まったくその通りだ。最底辺にも最低限は必要だ」
「くふふふ、面白い営業方針ネェ」
オシナが楽しそうに肩を揺らし、俺とマグダが割と真剣に考え込んでいると、アッスントが店にやって来た。
「御免ください。あぁ、よかった。ヤシロさんがおいでで」
「あぁ、困った」
「……うーん、まいった」
「あの……ちゃんと注文しますから、最低限の接客はしていただけますか?」
「ぷくふぅー、くふふふ!」
おろおろと、迎え入れてもいないアッスントが勝手に店内へと踏み込んでくる。不法侵入か。自警団に突き出してやろうかな。
……と、ホールを見ると、ロレッタの姿はなかった。厨房に入ったようだ。
「少し、お耳に入れたいことがありまして」
「嫁の下着の色か?」
「……ご興味が、おありなんですか?」
「いいや、特にはないが、どうしても教えたいと言うのなら聞いてやらんでもない」
「お教え致しかねますね。それは最重要機密ですので」
「――ということは、お前は知っているわけだ。見たんだな? エッロ」
「……卑猥の権化」
「見た前提で話を進めないでくださいと言うべきか、夫婦なんですから問題ないでしょうと言うべきか、最適な回答が思いつきませんが、とりあえずやめてください。私の沽券に関わります」
アッスントは小難しい顔をして腕組みをする。ブタの鼻からため息が「ぶぴー」と漏れる。
気を利かせたのか、俺の向かいに座っていたオシナが席を立ち、アッスントに席を譲る。
そして、俺の隣に来てにこにこと椅子に腰掛ける。
……気遣ったんじゃねぇな、これは。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!