異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

53話 とんとん拍子 -1-

公開日時: 2020年11月21日(土) 20:01
文字数:2,324

 ……俺の悩みがまた増えてしまった。


「……どうすんだよ、これ」


 今、俺の目の前には俺の蝋像が『二体』並んでいる。


「また拾ってきたですか、お兄ちゃん?」

「俺が集めてるみたいな言い方やめてくれる?」


 エステラに下水のことで相談を持ちかけられ、四十区への下水の売り込みを決めた日から一週間。

 今日は四十区へと向かう日なのだが……


「……また広場に置かれていた」


 陽だまり亭七号店を引きつつ妹と共に大通りへ行ったマグダは、中央広場でこいつを見つけたらしい。そして、撤去してきてくれたのだ。

 またしても精巧に作られた俺そっくりな蝋像。

 前回と違うのは、ポーズと台座に書かれた文字だ。


 今回の蝋像は両腕を広げ、天を仰ぐような格好をしている。……俺はこんな格好したことないんだが?

 と、思ったのだが、マグダはそれを否定する。


「……ヤシロは、群衆に問いかけた時、この格好をしていた」

「マジでか……?」


 あの時は若干テンションが上がっていたから、自分でどんな行動を取ったのかはっきりとは思い出せない。…………けど、言われてみればやったかもなぁ。家畜になるかイノベーションを感じるか、とか問いかけた時に……


 しかし、一週間で新たな像を作ってくるとは……現在も新たな像を彫ってんじゃないだろうな?


「しかし、今回の言葉は過激ですねぇ」


 ロレッタが台座に刻まれた言葉を見ながら言う。

 そこには『常識を覆せ!』という強いメッセージが綴られていた。

 ……確かに、そういう感じの話をしたんだけど……こう、改めて文字にされると、スゲェ恥ずいっ。


「どんどん増えていくといいですね」


 前回の蝋像を布巾で拭きながらジネットが恐ろしいことを口にする。

 ……冗談じゃねぇっての。


「マグダ。もしまた見かけたらすぐに持ち帰ってくれ。領主に許可はもらってある。正義はこちらに有りだ」

「……分かった」


 他人の物を勝手に持ち去るのはどうなのかと思ったが、そもそもが不法に設置されたものであり、かつ特定の個人の生活を脅かす物なだけに、エステラを通して領主から許可が下りたのだ。

 今後、この蝋像を見つけた際は、速やかに撤去し、その後その蝋像の処遇は俺に一任すると。


 英雄だなんて噂が広まりでもしたら堪ったもんじゃない。

 大通りで屋台を開いている妹たちに言って、定期的に広場を確認してもらう必要があるだろう。


「ヤシロさん。今日はこれから四十区へ行かれるんですよね?」


 蝋像の掃除を終え、ジネットが俺に尋ねてくる。


「あぁ、そうだ。帰りは夕方くらいになると思う」

「そうなるのではないかと思って、お弁当を用意しておきました」

「おぉ、気が利くなぁ!」


 さすがはジネット!

 かゆいところに手が届く女子力高い系女子である。


「四十一区を回って行かれるんですか?」


 ジネットがどことなく嬉しそうな表情を見せる。


「何か買ってきてほしい物でもあるのか?」

「あ、いえ。そうではなくて……」


 少し照れながらジネットは言う。


「以前、みんなで門の外へ行ったのがとても楽しかったので……また同じ道を通るのかなぁ……って。それだけなんです」


 えへへ、と照れ笑いを浮かべるジネット。

 そういや、こいつは滅多に出かけたりしないんだよなぁ。

 またどこかへ連れて行ってやりたいところだが…………店がなぁ。


「いつか店を休んでみんなで遊びにでも行くか?」

「い、いえ! そんなことをしたらお客さんが困ります!」


 ……今現在、閑古鳥が鳴いている店内でよくそんな大きなことが言えたもんだ。


「本当に言ってみただけですので、気にしないでくださいね」


 そう言うジネットは、やはり少し寂しそうに見えた。

 だが……


「わたしは、ここで……この店で、みなさんと一緒にいられることが何より幸せなんですから」


 穏やかな笑みを湛えて発せられたそれは、本心からの言葉に思えた。


 まぁ、そのうち……ってことでいいか。


「残念ながら、今回四十一区にはちょっと入るだけなんだ」

「ちょっと入るだけ?」


 四十二区と四十区の間に四十一区が挟まれているため、普通に考えれば四十一区を横断しなければいけないと思いがちなのだが、四十一区はその地形が少々特殊なためショートカットが可能なのだ。


 ここオールブルームで、東寄りの南側に位置する四十二区と、南寄りの東側に位置する四十区。その間に挟まれた四十一区は、南東に弓なりの外壁を持つ扇型をしている。

 そのため四十二区から四十区に向かう場合、外壁側に沿っていけばかなりの距離を歩かされることになるのだが、その逆に内側のルートをとればあっという間にたどり着いてしまうというわけだ。


「では、四十区に行くのはそんなに大変ではないんですね?」

「そうだな。ウーマロたちが足しげく通える距離ではあるんだろう」

「あぁ、そういうことだったんですねぇ」


 四十二区どころか、陽だまり亭を中心とした半径100m内からほとんど出ることのないジネットが納得の表情でうんうんと頷く。

 俺も三十区側の崖から四十二区に入ったので、その辺のことはあまり意識していなかった。

 なので、四十一区を横断するようにやって来ているのかと思っていたのだが、実はそういうことだったのだ。

 もっとも、ウーマロのヤツ、最近はニュータウンの集合住宅で寝泊まりしているようだが。


「では、気を付けて行ってきてくださいね」

「あぁ。弁当ありがとうな」

「エステラさんの分も入っていますので、一人で食べちゃダメですよ?」

「売り上げは俺の懐に入れてもいいのか?」

「売らないであげてください」


 ちっ。小遣い稼ぎになるかと思ったのに……

 ならせめて、この弁当はエステラに持たせよう。荷物持ちくらいはやってしかるべきだ。タダ飯にありつこうなんて十年早い。


 ジネットに見送られて、俺はエステラの待つ領主の館へと向かった。







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