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「やったぁ! あがりだぁ!」
エステラさんが両腕を振り上げて声を上げました。
ロレッタさんとネフェリーさん、先に上がっていたお二人から拍手が起きました。
夜も深くなり……もう、すごろくも終盤。
まだ上がっていないのはわたしとヤシロさんだけになりました。
今は最下位争いですね。
わたしはただただどん臭く、いろいろなことに巻き込まれてここまで残ってしまいました。
一方のヤシロさんは、「俺は、いかに他人の足を引っ張るかにすべてを懸けている! それが俺のすごろく道だ!」と豪語されていました。その言葉通り、様々な人の足を引っ張り続け、気が付けば私と最下位争いをしていた、というわけです。
そうして、ヤシロさんがあがりまであと一歩……というところまで進み、わたしにサイコロが回ってきました。
ここでわたしが『6』を出せば、わたしの逆転優勝です。
そうでなければ、次のターンでわたしは負けてしまうでしょう。
緊張の一瞬です。
わたしは、祈るようにまぶたを閉じ、サイコロを投げました。
てんてんと、サイコロは転がって…………『5』が、出ました。
「あぅっ! 惜しいです!」
「はっはっはっ! 残念だったなジネット! そう簡単に勝ちは譲れんぞ!」
「そうですね。甘くはないですねぇ」
あぁ、あと一つで大逆転勝利でしたのに……
わたしは、湧き上がってくる残念な思いを押し殺し、自分のコマを五つ進めました。
1……2……3……4……5…………っと。
そして、そのマスに書かれていた文章は……
『好きな人に自分の想いを伝える』
一瞬、食堂内の空気が揺れました。
先ほどまで流れていた穏やかで和やかなムードは掻き消え……どこか、ピリッと張りつめたような、緊迫した空気に変わりました。
『好きな人に自分の想いを伝える』
マスに書かれた命令は、絶対遵守。それがすごろくのルールです。
「あ、あのな、ジネット! こ、こういうのはシャレだから……べ、別に無理する必要はないからな……つか、誰だよ、こんなこと書いたの?」
ヤシロさんが、わたしに向かってそう言いました。
きっと気を遣ってくださったのでしょう。
けれど、大丈夫ですよ。
わたしは、このマスに止まったら「きちんと言おう」って、決めていましたから。
このマスを見て、「素敵だな」って思っていましたから。
やおらわたしは立ち上がり、深く息を吸い込みました。
そして、想いを伝えるべき人を見つめます。
「……ジネット」
ヤシロさんと、目が合いました。
そうです。
きちんと、想いを伝えるのです。好きな人に。
「わたしは……」
ごくり……と、どなたかの喉が鳴りました。
わたしは気にせずに、言葉を続けました。
この、内側から溢れてくる感情を余すことなく伝えるために。
「わたしは、ここにいるみなさんが大好きです」
こんな素敵な人たちに囲まれて、わたしは幸せです。
「ですから、『好きな人』に、素直な気持ちを伝えます」
溢れ出る想いをそのまま言葉に変えて。
「今年一年、本当にお世話になりました。来年もどうかよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる。
これが、わたしの素直な気持ち。
わたしの好きな人たちに向けた、わたしの想い。
来年も、どうか、楽しい一年になりますように――
カランカラーン! カランカラーン!
教会の鐘が鳴りました。
今日だけは特別に、日付が変わった時に鐘が鳴るのです。
そうです。
「みなさん。新年、明けましておめでとうございます」
たった今、新しい一年が始まったのです。
きっと、今年も楽しいことがたくさん待っているのでしょう。だって、こんなにも素敵な人たちがそばにいてくださるのだから。
「あぁ、もう。お前には敵わねぇよ」
そう言って、ヤシロさんはご自分のコマとわたしのコマを持ち上げて、二つ同時にゴールさせました。
「もう、引き分けでいいだろう」
「あ、は……っ、はい!」
この次、ヤシロさんがサイコロを振れば、おそらくヤシロさんが勝っていたでしょう。
それを同着にしてくださいました……そんなさり気ない優しさが、わたしは…………好きです。
「……ねぇヤシロ。もしかしてだけどさ、万が一にも自分がそのマスに止まるのを避けるためにそんなことを……」
「さぁて! 年も明けたし夜食でも食うか!」
何かを言いかけたエステラさんの言葉を遮って、ヤシロさんが立ち上がりました。
そう言われてみれば、小腹が空いたかもしれません。
ヤシロさんは、本当に気が利く方です。
「お前らって、年明けと共に、一斉に歳を取るんだっけ? 前にそんなことを言ってたよな」
確かに、この街では、毎年新たな年を迎えると共に、「今年で十七歳」と年齢を加算していました。
けれど……
「取りませんよ」
今年からは違います。
だって……
「わたしはまだ誕生日を迎えていませんから」
年齢は、誕生日に取るようにしたいと、そう思います。
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