異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

167話 陽だまり亭への帰還 -2-

公開日時: 2021年3月15日(月) 20:01
文字数:2,956

「……ヤシロ」

「お兄ちゃん」

 

 マグダとロレッタが、俺の背後に音もなく歩み寄る。

 

「……そのソースはいいもの。是非食べるべき」

「そうですそうです。ドッバドバかけて食べるといいです」

 

 ……こいつら、ジネットのイタズラにまんまと嵌められたな?

 

「そうだな。じゃあ、パスタを用意してくれ」

 

 移動が長く……あと豆にうんざりしていて……夕飯を食っていなかった。

 陽だまり亭に入ると、不思議と腹が減るもんだな。

 

 ロレッタが、「これにかけて食え」とばかりに硬そうなパンを持っているが、俺はこの街のパンがあまり好きではない。味が悪いこともさることながら、教会の銭ゲバ司祭に金が流れるのかと思うと無性に腹が立つのだ。

 

「……分かった。マグダが最近マスターしたパスタを持ってくる」

「お、教わったのか?」

「……うぃー、むっしゅ」

 

 …………どこで覚えるんだろうなぁ、あぁいうの。

 

 得意満面の無表情で、マグダが厨房に入る。

 器用な顔をしているな、あいつは。

 

「えっと……あたしとこのパンはどうしたらいいですかね?」

 

 取り残されたロレッタとパン。

 とりあえず、パンは厨房に戻しとけ。まだ口を付けてないから客に出せる。

 ロレッタが触っているが……ロレッタファンに出してやればむしろ大喜びするだろう。

 もっとも、手が清潔でなければロレッタに責任を持って処分させるがな。

 

「ロレッタ。お前、今汚いか?」

「もうちょっと聞き方ってあると思うです! 清潔です! 妖精や精霊がビックリするくらい清潔ですよ!」

 

 なら、問題ないだろう。

 

「パンを置いたら、ちょっと手伝ってくれ。落花生の殻を剥く」

「はいです! …………多いですね」

「今日は試作だけして、明日、お前の弟妹に手伝わせてくれ」

「分かったです! 任せてです!」

 

 駆け足で厨房へと戻り、ボウルを片手に戻ってきたロレッタ。

 ちらちらと、厨房を振り返る。

 

「どした?」

「店長さんが、厨房の隅でうにうにしてたです」

「……何やってんだ、あいつは」

「ネコが顔を洗ってるみたいだったです。あれきっと、頭とか背中を撫でると『ころんっ』ってひっくり返ってお腹撫でさせてくれる感じですよ」

 

 懐き過ぎなネコがたまにそんな動きをするっけなぁ。

 俺もちょっと撫でさせてもらおうかなぁ、お腹。

 

「とりあえず剥くです! 店長さん、そのうち正気を取り戻して手伝いに来てくれるです」

「んじゃあ、今日はもう店じまいでいいか、店長代理の代理」

「ほにょ!? あたし、店長代理の代理ですか!? いいんですか!?」

 

 マグダが店長代理だからな。

 そのマグダが席を外している以上、この場の最高責任者を任せられるはロレッタしかいないだろう。

 

「許可を頼む」

「むはぁー! ついにあたしもここまで出世したですか!? 閉店の許可、出せちゃうですか!?」

「そうだ。だから早く許可をくれ」

「ん~……どーしよっかなぁ~です」

 

 こいつ……ちょっとでも長く最高責任者の地位に居座る気だな。

 

「早くしないと、店長代理が戻ってきて、さっさと閉店しちまうぞ」

「ぬわぁ! それは困るです! 閉店の許可を出すなんて、一年に一度あるかないかです! 譲るわけにはいかないです! お兄ちゃん、閉店してきてです!」

「へいへい」

 

 そんなわけで、表のプレートを『Close』にひっくり返し、陽だまり亭は閉店した。

 

 さぁ、ここからは試作の時間だな。

 

「何を作るですか?」

「とりあえず、ピーナッツバターとハニーローストピーナッツは決定してるんだよな」

「なんか、すごく美味しそうです!」

 

 ロレッタもすごい食いつきだ。

 

「ハニーって付くものは大抵美味しいです!」

「え? そっち?」

 

 俺はてっきり、ピーナッツバターの方に食いついているのかと思っていたのだが。

 

「ピーナッツもバターも甘くないですからね。ときめくなら、ハニーローストピーナッツの方です、女子として!」

 

 エステラたちも、もしかしたらそっちに反応していたのかもしれないな。

 そうだよな。ピーナッツバターって、知らない人が聞いたら、甘い味は想像できないかもしれないな。

 

「んじゃ、剥くか」

「……じゃすとあもーめんと」

 

 落花生を取り出したところで、マグダが戻ってきた。

 手には出来たてのナポリタン。……異世界で『ナポリ』もないんだけどな。まぁ、そういう名前だし、しょうがないだろう。

 

「……熱々を召し上がれ」

「おぉ、いい匂いだな」

「……ヤシロは、汗フェチ」

「お前の汗の匂いの話じゃねぇよ! パスタの香り!」

 

 汗をかいたマグダに「いい匂いだな」とか言ったら、俺捕まるわ!

 

 いつもの席に座ると、そこまでマグダがパスタを運んでくれた。

 俺の目の前にパスタを置き、フォークとスプーンを用意してくれる。

 

「……召し上がれ」

「よし、じゃあ折角なんでこのピカンテオイルをかけて……」

 

 と、ピカンテオイルの瓶を持ち上げると、その腕をマグダにガシッと掴まれた。……ピクリとも動かない。

 

「おい。……なんの真似だ?」

「……マグダの初パスタ。きっと美味しい」

「おう。だから温かいうちに食わせてくれよ」

「……そんなふざけたもので味を台無しにするのは許容できない」

 

 ふざけたものって言っちゃったよ!?

 最初の計画どうしたんだよ? 俺に「辛いー」って言わせたかったんじゃねぇのか?

 まぁ、言わないけど。

 

「大丈夫だよ。このオイルのことは知ってる。そもそも引っかかりはしなかったんだ」

「……そう?」

「あぁ。大丈夫だから、食わせてくれ」

「…………分かった」

 

 マグダの手から解放され、俺はフォークを握る。

 最初は何も手を加えない、マグダの味付けを楽しむとするか。

 

 たっぷりとソースを絡めて口に運ぶ。

 

「ん……、美味い!」

「…………ほっ。……当然」

 

 緊張の糸が緩んだ途端、素直に安堵の息を漏らすマグダ。

 だが、その後はいつも通りの強気なマグダだ。

 

 麺に火が通り過ぎているので、歯ごたえは悪くなっているが、味は問題ない。

 客にはまだ出せないが、及第点だろう。

 

「茹でた後の味付けで時間をかけ過ぎたな」

「……フライパンの動かし方がイマイチよく分からない」

「今度教えてもらえ、そこらへんも」

「……すぐマスターする」

 

 マグダが意欲を燃やしている。

 こりゃ、マスターするのも時間の問題だな。

 いつの日か、料理がツートップになったりするのだろうか。

 

「というわけで、ピカンテオイルを使わせてもらうぞ」

「……折角の味が台無しになる」

「大丈夫だよ。こう、たらーっと一回しかけて…………」

 

 細く垂らしたオイルをくるりと一周回しかける。

 俺は辛いのが結構いける口なので、ちょっと多めにかけるのが好きだ。

 

 よく混ぜて、口へと運ぶと……うん! 美味い!

 

「いい辛さだ。ピリッとした刺激が食欲をそそるな」

「……おかしい」

「もだえ苦しまないですね……」

 

 俺をジッと見つめるマグダとロレッタ。……なに、お前らもだえ苦しむほど大量摂取したのか?

 言われてみれば、結構減ってるな、これ。

 

「ちょっと食ってみるか?」

「……平気?」

「俺は大人だからな」

「……なら、マグダも平気」

「あ、じゃあ、あたしも平気ですっ!」

 

 変な対抗意識を燃やし、マグダとロレッタが一口ずつパスタを口へ運ぶ。

 一瞬顔をしかめるも、大きな目がくりくりと見開かれる。

 

「……程よい」

「はいです。なんか、後を引く美味しさです!」

 

 マグダは口に残った後味を堪能し、ロレッタはすぐさま二口三口とパスタを掻き込んでいく。……こら、それ俺んだぞ。

 

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