異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

140話 第五試合 愛の馬鹿食い力 -1-

公開日時: 2021年2月17日(水) 20:01
文字数:3,679

 四回戦までに一勝も出来なかったため、四十区は敗退確定となった。

 

「いやぁ、ワシも精一杯頑張ったんだがなぁ」

 

 ガハハと笑い、ハビエルは頭をかく。

 いや、お前は一個も食ってねぇよ。リンゴに向かって「お前イメルダか!?」とか、なんか可哀想な発言をしてただけだったしな。

 

 四回戦は四十区と四十一区が同率最下位だったわけだが、四十区が敗退したこともあり、協議の結果、五回戦の料理は四十区が担当することになった。

 

「見せ場がなくなっちまったんだ。料理くらい、な? いいだろ? 頼むよ」

 

 と、ハビエル渾身の泣き落としだった。デミリーの手前、なんとしてでもその権利を死守したかったのだろう。

 

 まぁ、そんなわけで、五回戦は四十区の料理で、四十一区、四十二区の一騎打ちとなった。

 

「いよいよ最終決戦だね」

 

 ドレスを脱ぎ、偽乳を外し、いつもの格好になったエステラがリンゴをシャクシャク齧りながらやって来る。

 ……なんのアピールだよ。見てたんだろ。分かったよ。

 

「美味いか?」

「当然さ。四十二区のリンゴだよ? 美味しいに決まってる」

 

 八分の一にカットされたリンゴをぺろりと平らげ、満足そうに言う。

 

 お前の気遣いは受け取った。

 そんなつもりで投げた会話だったが、どうやらちゃんと伝わったようだ。

 エステラは満足そうに頷くと、手をぽんぽんと払って観客席に向かって声を上げた。

 

「五回戦は総力戦だよ! みんな、力の限り応援しよう!」

 

 エステラの言葉に、その場にいた者が一斉に声を上げる。

 最終試合は応援も込みで、本当の総力戦になりそうだ。

 

 四十一区のスペースからも殺気が漂ってくる。

 リカルドもVIP室から出て、四十一区待機スペースで観戦するようだ。

 

 無駄だったかなぁ、VIP室。

 

「……ヤシロ」

 

 マグダが俺のそばに来る。

 これから試合に臨むというのに、いつも通り感情の表れない落ち着いた表情をしている。

 もっとも、耳は細かくぴくぴく動いているが。

 

「緊張してるか?」

「……適度に」

 

 頭に手を載せ、耳をもふもふする。

 いつもなら即「むふー」となるところだが、緊張からか、そうはならなかった。

 気のせいか、耳のもふもふもいつもより少し硬い気がした。

 

「……マグダは、絶対に勝つ」

 

 その発言が、どれだけ危険なものか、マグダなら分かっているはずだ。

 もっとも、この発言に『精霊の審判』を使う気など毛頭ない。ないが、それでも危険であることに変わりはない。

 

 マグダは、それくらい自分を追い込んで勝ちを得ようとしているのだ。

 

「負けてもいいぞ」と言ってやるのは、きっと今のマグダには酷なことだ。

 だからと言って「絶対勝て」とも言えない。

 俺がかけてやる言葉なんてのは、そんなにないのだ。

 

 だから俺は、こんな言葉をかけることにした。

 

「期待してるぞ」

「……ふむ。任せて」

 

 ベストを尽くせ。

 それでダメな時は……俺がなんとかする。

 

 ま、出来たら勝ってくれるとありがたいけどな。

 

 

 ――カンカンカンカン!

 

 

 スタンバイの鐘が打ち鳴らされる。

 泣いても笑っても最後の試合だ。

 

「……それじゃあ、行ってくる」

「おう! 行ってこい!」

「マグダさん! 頑張ってください!」

「マグダっちょなら絶対勝てるです!」

「ボクたちは、全員、ここで見ているからね!」

「……心強い」

 

 マグダはゆっくりと俺たち全員を見渡して、小さく頷いた。

 

「……マグダの居場所は、ここ」

 

 そして、顔を上げてしっかりと前を見据える。

 

「……絶対、守る」

 

 力強く宣言し、マグダは舞台へと上がる。

 ……居場所、か。

 

 マグダにとって、最も大切なもの。

 ずっと欲しいと思っていたもの。

 

 それのためになら、人は強くなれる。そういう強い力を持った大切なもののために、マグダは戦うと言う。

 なら、応援してやらなきゃな。とことんまで。

 

 舞台へ上がるマグダに声援が飛び四十二区の面々が盛大に盛り上がる中、四十一区の連中からも歓声が上がった。

 向こうの選手が舞台へと上がる。

 

 白髪にひょろっとした体つき……いや、あれは筋肉が締まっているんだな。しなやかにして強靭、そんな感じの肉付きだ。

 

 

「アルヴァロが出てきやがったか」

「ウッセ……」

 

 突然、俺の背後からウッセが腕組みをしたまま歩いてきた。

 狩猟ギルドの人間だから、あの選手のことを知っていたのだろうが……

 

「お前、いたのか?」

「いたわ! 昨日も今日も、朝からずっといるからな!? さっきリンゴも食べたしねっ!」

 

 一切視界に入っていなかった。

 脳が拒否してんのかな? ウッセキャンセラー搭載なのかもしれないな、俺の脳。

 

「どんなヤツなんだ?」

「強いぜ。今、狩猟ギルドの中でトップ5を決めるなら、確実に食い込んでくるほどの実力を持っていやがる。若いくせに、生意気なヤツだぜ」

 

 アルヴァロとかいう男は、どう見ても十代……十四か十五くらいに見えた。

 ちなみに、ウッセはどっからどう見てもオッサンだ。妬むなよ、オッサン。

 

「そう突っかかるなよ。加齢臭のキツさではお前の圧勝じゃねぇか」

「嬉しくねぇわ! つか、キツくねぇよ!」

 

 必死に吠えるウッセだが、こいつの加齢臭の有無について話している暇はない。

 とっとと核心を聞いておくか。

 

「で、どれくらい食うんだ?」

「さぁな。あいつが飯を食ってるイメージなんかまるでねぇからな……そんなに食うのか?」

 

 グスターブと違い、アルヴァロは大食いではないようだ。

 グスターブを四回戦で使ってしまったために、残っていたのは微妙な選手だった……ってことか?

 いや……リカルドのことだ、そんな簡単なもんじゃないだろう……メドラから何か入れ知恵されてるかもしれねぇしな。

 

「何か秘密がありそうなんだよな……」

「秘密っていやぁ……アルヴァロは変身するぜ」

「変身!?」

 

 なにそれ!? なんかカッコイイ!?

 

「レッドか!? クール系だからブルーか!?」

「言ってる意味がさっぱり分からんが……戦闘モードってのがあってな……まぁ、ママみたいなヤツだ」

「メドラ……変身までしやがるのか……」

 

 脳裏に、巨大な魔獣に変化するメドラの姿が思い浮かぶ。

 もはや、人間の域を超越している。

 

「お前も見たろうが! ママの頭からぴょこんって耳が出てくるのを!」

「あぁ、あの誰の得にもならない能力な。廃れればいいのに」

 

 ってことは、あのアルヴァロって男も、気合いを入れれば耳がぴょんと出てくるのか…………男のケモ耳になんの価値がある? くだらん能力だな、つくづく。

 

「ヤシロさん」

「ほぉう! 店長さんっ!」

 

 ジネットが俺を呼んだのに、なんでかウッセが超ハイテンションで返事をする。

 お前、いつから『ヤシロさん』になったんだよ。

 

「いや、今日もまた一段と(チラッ)すごいっつうか(チラッ)元気だな(チラッチラッチラッ)」

 

 ウッセの視線が正直だ。

 課金制にしてやろうか?

 

 ……ダメだ、俺が破産する。

 

「ウッセ、見過ぎ」

「バッ!? み、見てねぇよ!(チラッ)」

 

 めっちゃ見てんじゃねぇか。

 

「は、はは、へ、変なこと言うヤツだぜまったく! じゃ、俺はこれで!」

 

 手と足を同時に前へ出し、ぎくしゃくとウッセが遠ざかっていく。

 狩猟ギルドの情報をもっと聞きたかったのだが……ジネットがいるとあいつは『妖怪・谷間チラリ』になってしまうようだし……ま、いっか。

 

「で、なんだ? 俺に何か用か?」

「はい! 一緒に応援しましょうね!」

「はい?」

 

 そんなことを言うために、わざわざやって来たのか?

 

「マグダさんが頑張れるように、いっぱい応援してあげましょうね」

「あぁ……そうだな」

 

 マグダが陽だまり亭を居場所だと考えているように、ジネットだって、マグダのことを家族のように思っているのだ。

 応援にも、熱が入るだろうな、そりゃ。

 

「……応援してやろうぜ、精一杯な」

「はい!」

 

 頷き合って、舞台へと視線を向ける。

 

 マグダとアルヴァロはもうすでに席に着いていた。

 二人の前にはシシカバブーのような、長い鉄串に刺さった肉が置かれている。

 

「また肉か……」

「狩猟ギルドも木こりギルドも、外の森で食事をすることが多いからね。肉を焼くだけで出来る料理が発達するのは自明の理だよ」

 

 そんなうんちくをどや顔で語るエステラ。

 そういえば、四十二区ではあんまり焼き肉みたいな料理は発達してないな。

 ソーセージとかハンバーグとかがほとんどだ。

 

「それはね、魔獣の肉はほとんどが四十区や四十一区で消費されてしまうからさ。四十二区に来るのは切れ端や安いミンチ肉ばかりだったんだよ」

「アッスント、昔は露骨に差別してたもんな」

「どっちみち、魔獣の肉なんて高くてそうそう買えなかったからね」

 

 その結果、ソーセージのような加工品が発達したわけか。

 

「お兄ちゃん! あのお肉、すごく美味しそうです! あたし、あれなら三本はぺろりとイケるです!」

「普通だなぁ……三本」

 

 せめて十本とか百本とか言ってもらいたいもんだ。

 まぁ、俺なら一本で十分だがな。

 

「マグダっちょなら、きっともっとた~っくさん食べるです!」

「そうですね。きっといっぱい食べますね」

「なんたって最終決戦だからね……相手の男も、かなり食べるんじゃないかな?」

 

 勝負の行方は、始まってみるまで分からない。

 外野の俺たちはただ信じて見つめるしか出来ない…………そして――

 

 

 ――ッカーン!

 

 

 試合開始の鐘が鳴る。

 

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