俺は今、メドラと腕を組んで四十一区の大通りを歩いている。
……おかしいなぁ。ついさっき音速で目的の店に着いたはずだったんだが……
「あ、いけない! アタシとしたことが、すっかり忘れてたよ!」
という言葉を発し、メドラは来た道を光速で駆け戻っていったのだ。
内臓への負荷、アンリミテッド……
そして、大通りの入り口、四十二区側に着くと、抱きかかえていた俺を地面へと降ろし、がっしりと腕を組んできた。
俺の右腕にメドラが両腕を巻きつけ、体をぴったりと寄せてくる。
……ねぇねぇ、この人。自分が右側に立ったよ?
それって、万が一の時は利き腕(=右腕)が自由になる方が相手のことまでまとめて守ってやるよって意味合いだと思うんだけど……俺、やっぱ守られる立ち位置なのかなぁ?
「アタシはね、初デートの時は、勇気を振り絞って腕を組んで歩くんだって、十二の頃から決めていたんだよ」
「……何年間温めてきた夢だよ……」
「ほんの少しさっ」
まぁ、千年くらい生きる生物なら十年二十年は『ほんの少し』って言ってもいいかもしれんがな……
この生き物は一体何年生きるつもりなんだろうな。
あと、勇気を振り絞るって……え、そんな必要があるの?
お前が振り絞っちゃうと、魔神だって怯えて敵前逃亡しちゃいそうなんだけどな。
「嬉しいねぇ。こうやって、腕を組んで大通りを歩くなんて……歌劇のヒロインになった気分だよ」
俺は、NASAに捕獲された宇宙人になった気分だけどな。見て見て、右足、実はカカトがちゃんと地面に着いてないんだ。だって、メドラの方がデカいんだもん。右肩、ものすげぇ持ち上げられてんだもん。
どうせなら、俺がメドラの腕に掴まる形にしない?
そんな提案をしようとメドラを見ると、バッチリと目が合った。
途端にメドラは頬を赤く染め、口を尖らせて、少し俺を責めるような目で睨んでくる。
「あ、当たってるからって……そんな嬉しそうな顔するんじゃないよ。……まったく、これだから男ってヤツは」
……あぁ、うん。当たってるよ。すっげぇ当たってる。っていうかヒジが埋もれてる。いや、めり込んでるよ。
けどなんでかなぁ、ち~っとも嬉しくないんだよなぁ。
「ねぇ、ダーリン」
「……なんでしょうか?」
敬語だ。
いや、ほら、親しく話して関係者だと思われると困るしさ。
「みんなが、アタシたちのこと、振り返って見ているよ」
そりゃ見るだろう。こんな世にも珍しい光景。
ざっと見た感じ……
驚愕の目が三割で、真顔(思考停止)が四割、好奇の目一割で、俺に向けられる同情の眼差しが二割ってところか。
「ままぁ……あの人ぉ……」
「しっ、見ちゃダメよ」
そんな母娘の会話が耳に届く。
ははっ……俺も目を逸らしてぇよ、こんな現実から……
「ふふっ。まぁ、確かに幼い娘にはちょっと刺激が強過ぎるかもしれないねぇ」
いやぁ、それはどうだろう?
刺激が強過ぎるってとこだけには激しく賛成だけどな。
……そろそろ、右肩が疲労骨折しそうなんですが…………
「ダーリンはご飯を食べたいかい? それとも、この街の名産、マンゴーでも食べるかい? ……そ・れ・と・も……アタ……」
「ご飯がいいな!」
危ない……今のは、最後まで聞いてしまうと回避不可能な呪いをかけられる呪文だ。
さすが異世界……命の危険がゴロゴロ転がってやがるぜ……
はぁ……ミリィと手を繋いでた時は、あんなにほんわかした気持ちになれてたのになぁ……
「あ、見てごらん。あそこが、アタシの行きつけの店だよ」
わぁ、すごい既視感。
ついさっきこの佇まい見た気がするなぁ。
「雰囲気もいいし、何よりご飯が美味しい。きっとダーリンも気に入ると思うよ」
「まぁ、それは楽しみではあるが……」
雰囲気がいいってのは、落ち着いてて~とか、馴染みの顔がたくさんいて~とかだよな?
なんか、セクシーなジャズとかが流れてて、薄暗かったり、ピンクの照明だったりする『いい雰囲気』じゃないよな、間違っても?
「さぁ、入ろうじゃないか」
「あぁ。そうだな」
ちょっと、ここ最近類を見ないくらいに心臓がバクバクだがな……
「…………さぁ、入ろうじゃないか!」
あぁ……はいはい。
俺は店のドアを開け半身を引いてメドラを店内へと誘導する。
レディーファーストってのか? まぁ、こういうのは店のヤツがやれって感じなんだが……メドラがものすげぇ満足そうな顔してるから、きっとこれで正解なんだろう。
「さすがダーリンだ! 気が利くじゃないか!」
そりゃまぁ、あそこまであからさまに催促されりゃあな。
にこにこと上機嫌のメドラに続いて店内へと踏み込む。
店内は、天然木をその姿のまま利用したような、アジアンテイストな内装だった。
絶妙に歪んだ一枚板のテーブルや、でこぼことした流木のような丸太をうまく加工したカウンター。バナナの葉っぱのような厚手の植物が天井付近に飾られており、なんとも涼しげだ。
大通りから路地を二本入った、『二本目』にあるこの店は、ほんの少し高級感が漂う、こだわり派の店って感じだ。
まぁ、デリアが好きそうな感じではないな。
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