異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

160話 川の異変 -1-

公開日時: 2021年3月14日(日) 20:01
文字数:4,235

 デリアに連れられ、俺は川へとやって来た。

 

 二日間降り続いた豪雨によって、以前よりかは幾分水量が増している。

 薄く濁った川が勢いを増して流れている。

 だが。

 

「水量が、あまり増えていないな」

 

 思ったよりも水が少ない。本来なら、もう少し水位は上がっているはずだ。

 

 各所に点在する溜め池は、この雨でそれなりに水位を回復させていた。まだ安心とまではいかないが、とりあえず危機的状況は乗り切った、そのレベルの貯水量にはなっている。おおよそ30%というところか。

 溜め池の水位を安定させるためには、川からの放水が必要になる。

 

「エステラを呼んだ方がいいかもしれないな」

 

 四十二区はもとより雨量の多い地域だ。一番低い位置になることも相まって、毎年この時期には相当量の水が流れ込んでくる。

 そのため、各貯水池の容量はかなり多めに取られている。

 

 極端な話、貯水池の水が40%程度あれば生活には事欠かない。

 残りの60%分は、多過ぎる水を溢れさせないための『水害のための対策』なのだ。

 

 なので、パッと見では少なく感じても、生活に支障がなかったりするのだが……今の川はその『ちょっと少な目』を優に超えている気がする。

 

「だから、川が流れてこないんだよ」

 

 デリアが川上を指さして訴える。

 

 陽だまり亭に来た時からデリアは焦りの色を隠さず、しきりに同じことを訴えている。

 要領を得ないため、実地調査に来たわけだが……

「川が流れてこない」ってのは、「水位が戻らない」ってことじゃないのか?

 

「あれだけ雨が降れば、川の水は倍になってるはずなんだ」

「今年は渇水気味だったから、予想より水位が増えなかったってことだろ?」

「そうじゃない! 四十二区に雨が降ったってことは、上の川でも雨が降ったってことだろ?」

 

 上の川……ってのは、二十九区のことだろうか。

 

「上の川とここの川、二つ分の川の水がここに流れてくるはずなんだ!」

 

 単純に二倍というわけではないだろうが、あの雨量からすれば、確かに少ない気がする。

 上の川……二十九区で何かあったのか?

 

「ニュータウンに行ってみるか」

「上流だな! よし、森を突っ切るぞ!」

「ちょっと待て! 街道を通った方が早いだろう!」

 

 河原を上流に向かって駆け出すデリア。

 この川の上流は深い森の中へと続いており、その原生林は野生の獣が棲む危険で険しいプチジャングルだ。

 こっちの森は四十二区の崖側に広がり、湿地帯へと繋がっている。

 生花ギルドの手が入っていない、生まれたままの野生の森だ。そこを突っ切るのは、デリアでもなければ相当苦労を強いられる。

 

 幸い、川の上流は森を抜けてニュータウンへと出ている。

 整備された道を行った方が早い。俺が一緒の場合は特に。俺は都会っ子だからな。

 

「そうか、ロレッタのヤツが堰き止めてるんだな……アイツめぇ、意地悪しやがってぇ……!」

「いや待て待て。そんなわけないだろう?」

「もしロレッタが意地悪してるんだったら、お尻ぺんぺんしてやるっ!」

 

 痛そうだな、デリアのお尻ぺんぺんは。

 

「堰き止めてるのがウーマロだったら?」

「……尻を、潰すっ!」

 

 手加減一切なしだな。行為は同じなんだろうけど。

 

「まぁ、あいつらが川を堰き止める理由なんかねぇよ。もっと別の問題があるはずだ」

「なぁ、ヤシロォ……」

 

 途端に不安げな表情を見せるデリア。

 ……な?

 一回甘やかすと、すぐこういう顔するだろ?

 

 だから俺は言ったんだよ、安易に甘やかすのはよくないって。

 そもそも、もし俺が四十二区にいなければ、今回の問題は領主とギルド長であるデリアで解決しなきゃいけない問題だったんだぞ。

 

 デリアには、もうちょっとしっかりしてもらわないといけない。

 

 だから……

 

「俺が一緒に考えてやるから、そんな顔すんなよ」

「……うん」

 

 ……こういう時の対処法をデリアに教え込んでおこう。今後一人でちゃんと出来るように。

 その方が、後々の手間が省けるし、川漁が円滑に進んだ方が陽だまり亭的にもメリットがあるからな。

 今回は、やり方をレクチャーしてやる。それだけだ。

 

「へへ……ありがと、な。ヤシロ」

 

 何がそんなに嬉しいんだか。

 デリアは肩をすぼめて口元をにまにまと緩めている。

 

「ヤシロはさぁ、『大切な人』には優しいんだよな?」

 

 そんな過ぎた会話は忘れちまったな。

 ……『精霊の審判』に引っかかるから口にはしないけど。

 

「ふへへ…………くひぃ」

「川の一大事なんだろ。……さっさと行くぞ」

「おう!」

 

 ……まったく、嬉しそうな顔しやがって。こんな時だってのに。

 にやにやの止まらないデリアに発破をかけ、俺たちは河原を後にした。

 

 

 

 

 

 

 河原を離れ街道へと入った辺りで、俺たち目掛けて走ってくるヤツがいた。

 

「おにーちゃーん!」

 

 ……………………ンンンンドギュンッ!

 

 みたいな音が俺の隣を駆け抜けていく。

 ……速い、速いよハム摩呂。

 

「ほちょっ!? お兄ちゃん、突然の、消失やー!」

 

 あっという間に通り過ぎ、もうすでに豆粒くらいの大きさになっているハム摩呂が向こうの方でなんだか慌てている。……お前自身が自分の足の速さに対応出来てねぇのかよ。

 

「ハム摩呂ー! いいから戻ってこ~い!」

「うんー!」

 

 こちらに気が付き、先ほどよりも控えめの速度で戻ってくるハム摩呂。

 ……そういや俺、なんで一目でこいつをハム摩呂だって認識できたんだろう? 見た目ほとんど他の弟たちと変わらねぇのに。……なんというか、雰囲気?

 

「おにーちゃーん!」

 

 大きく手を振って俺の前までやって来たハム摩呂が、こてんと首を傾ける。

 

「……はむまろ?」

「あぁ、よかった。人違いじゃなかったようだな」

 

 この反応をするのはハム摩呂だけだ。

 間違いなくこいつはハム摩呂だ。

 

 あぁ、怖い怖い。こいつらを見分けられるようになったら、俺、ロレッタファミリーの一員みたいに思われちゃうな。

 

「おにーちゃん。我が家の、一大事やー!」

「何があったんだ?」

「それがねー」

「ちょっと待てよ、ハム摩呂!」

「あー! 親方ー!」

 

 たった今気が付いたかのように、ハム摩呂がデリアに向かって両腕を広げる。

 なんか懐いているようだ。……他の弟たちは怯えていたみたいだけどな。

 

「ハム摩呂! お前、ダメだぞ!」

「はむまろ?」

「ん? 違うのか?」

「ちがうの?」

「ん?」

「ん?」

「同じレベルで会話すんなよ、お前ら。俺が置いてけぼりになってんじゃねぇかよ」

 

 もう、そいつはハム摩呂だから話を進めろよデリア。

 何が言いたいんだよ。

 

「ヤシロはあたいのお願いを聞いてくれるんだぞ。お前はあとだ」

「何番目?」

「え? ……っと、よ、四番目!」

「あと二人、俺は誰のお願いを聞かなきゃいけないんだよ……」

 

 増やすなよ、勝手に。

 

 なんとなく、デリアとハム摩呂を近くに置いておくと話が一向に進まない気がしたので、ハム摩呂の話をさっさと聞き出してしまうことにする。

 

「で、何があったんだよ?」

「川の水の、出社拒否やー!」

 

 ハム摩呂の言葉に、デリアの目が見開かれる。

 驚きと不安が綯い交ぜになった顔をこちらに向ける。

 

「ヤシロ……っ、早く、早く行こう!」

「まぁ、落ち着け! とりあえずハム摩呂の話を聞いてからだ」

「行きながら聞けばいいだろう! ハム摩呂! ほら、来い!」

「そんなに焦っても仕方ないだろう。平常心を失うと、思わないところで手痛いミスをしかねないぞ。いいから落ち着け」

「でもさぁ……!」

 

 川のことが心配で、デリアは今盛大に焦っている。不安に塗り潰されそうになっている。

 そんな状況で衝撃的な光景……例えば、川の水位が下がっているとか、滝が細くなっている様なんかを見たら……どんな暴走を起こすか分かったもんじゃない。

 ハムっ子たちみたいに「崖を崩そう!」とか言い出しかねないし、デリアが本気になったら壊せてしまうかもしれないから厄介だ。

 

 ここは、あえてこの場でハム摩呂の話を聞いて、一度頭をクールダウンさせてやった方がいい。

 

「ハム摩呂。落ち着いて、順を追って話してくれ。ニュータウンで何があったのか。お前は何を見たのか。それから、家族の一大事ってのはなんなのか。それを一個ずつ答えるんだ」

「うんー!」

「あぁ、もう…………もどかしい」

 

 お気楽な表情のハム摩呂を、苦渋に満ちた表情で見つめるデリア。

 デリアは、こういう場面での『我慢』を覚えて身に付けるべきだ。

 今後、こういうトラブルを一人で解決できるよう成長するためにはな。

 

「雨上がるまで、川禁止されてたー!」

 

 たしかロレッタが言っていたな。「水の勢いが増して危険だから弟妹に川遊びを禁止している」とか。小さい子が真似をするから、全弟妹揃って禁止にしていると大雨の日に言っていた。

 

「雨やんだから、今朝みんなで川遊び行ったー!」

「それで!? 川はどうなってたんだ!?」

「デリア。急かしてやるな。ハム摩呂のペースで話させてやれ」

「むぅ~…………!」

 

 デリア、こらえろ。

 お前のためにもなるから。

 

「滝、ほとんどなくなってたー!」

「なっ!?」

 

 声を漏らしたのはデリアだったが、さすがに俺も驚いた。

 滝が……なくなった?

 

「こ~~~んな細い水がちょろちょろしてたー!」

 

 親指と人差し指で輪を作り、それをギュッと萎めてみせるハム摩呂。

 それはいくらなんでもオーバーだとしても、滝の様子が激変したというのは事実だろう。

 ちょろちょろか……

 

 四十二区の上――二十九区で何かが起こっているのか…………はたまた、誰かが何かを『仕出かしやがった』のか?

 

「ヤシロ! もう行こう! 早く行こう! あたい、もう我慢できないよ!」

「待て! 最後にもう一つ!」

 

 ハム摩呂が最も訴えたかった話をまだ聞いていない。

 

「お前の家族の一大事ってのはなんだ?」

「水浴びが出来ないー!」

 

 しょーもな!?

 

「川で浴びろよ……」

「川の水も少ないから、入っていいか悩み中ー!」

 

 悩み中?

 悩んでた、じゃないのか?

 今現在も滝のところで悩んでるというのだろうか。

 

「おねーちゃんが、すっぽんぽんで悩み中ー!」

「デリア、急ぐぞっ! ハム摩呂も来いっ!」

 

 ハム摩呂を小脇に抱えて、俺は運動神経にムチを打って全速力で走り出す。

 

「ちょっ!? ヤシロ! 急にどうしたんだよ!?」

 

 ロレッタがすっぽんぽんで悩んでいるんだぞ!? 覗き……もとい、助けに行かなくてどうする! それも今すぐに!

 

「焦ってもしょうがないんじゃなかったのかよぉー!?」

「こうして立ち止まっている間にも、状況は刻一刻と変化しているんだ! 時は金なり! 俺たちには、立ち止まっている時間なんかないだろうぉぉがぁぁああ!」

 

 俺は今、風になるっ!

 

 暴走機関車も真っ青な激走で、俺はあっという間にニュータウンへとたどり着いた。

 

 

 

 

 

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