異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

367話 会場入り、そして開場 -1-

公開日時: 2022年6月22日(水) 20:01
文字数:3,201

「これで……どうだっ☆」

「……ん。及第点」

「え、美味しいですよ。大丈夫ですよ、マーシャさん。ちゃんと美味しいです」

「ざ~んねん、わっしょいしないかぁ~☆」

 

 早朝、マーシャが陽だまり亭に来て寿司の最終確認を行っている。

 少し手は遅いが、体温が低いためネタが温まることはなく美味さを保っている。

 まぁ、手際の悪さも「丁寧に握っている」と解釈すればプラス要素になるだろう。

 なにより――

 

「じゃあ、俺はホタテを握ってもらおうかな!」

「ヤシロ君、さっきからホタテばっかりなの、気付いてるかな~?☆」

「もう、ヤシロさん。懺悔してください」

 

 いや、ついつい。

 ほら、人間って視覚に頼る生き物だからさ、目に付いちゃうとさ、ついさ。

 

「お兄ちゃん、とびっこの軍艦出来たです!」

「……こちらはカニサラダ」

 

 今朝、マーシャが持ってきてくれたお土産は実に種類豊富で、寿司のネタが一気に増えた。

 ツナマヨをするつもりで作っていたマヨネーズだが、カニサラダとエビマヨで大量に消費してしまった。

 

「いくら準備しても万全になる気がなしないな……」

 

 四十二区民の多くが押しかけるイベントで、これまで滅多に食べることが出来なかった海魚を贅沢に使った新しい料理だ。

 絶対に足りなくなる。

 

「……意外と口に合わなくて、受け入れられなければいいのに」

「それはないですよ、お兄ちゃん。手前味噌ではあるですけど、このとびっこの軍艦は鮮烈の美味さですから! イクラやウニより、あたしはこっちの方が好きです!」

「……そして、頂点を極めたと思われた寿司ネタたちを軽く飛び越えていったスーパールーキー、カニサラダ&エビサラダ。……これは、市場が荒れる」

 

 お子様舌なマグダやロレッタ、カンパニュラとテレサが大はしゃぎしてた。

 ウニやイクラの甘みよりも、やっぱりマヨネーズみたいな分かりやすい味の方が受けるんだろうな。

 

「ヤシロっ! 俺ぁ、お前の親友でいられることを誇りに思うぜ!」

 

 と、勝手に親友を名乗るワニが泣いている。

 

「見てくれよ、このナスと芽ネギのにぎりを! 海魚に、なんら引けを取っていないじゃねぇか! 野菜が主役になれる料理……こういうのが増えてくれると、俺ぁ……俺ぁよぉ……っ!」

「泣くなモーマット。ほら、生カボチャのまるごとにぎりだ。これでも食って元気出せ」

「ありがとうよ、ヤシr……って、さすがに生のカボチャまるごとは食えねぇよ!」

 

 なんだよ、情けない。

 なんのためのアゴ筋だよ、このワニ。

 

「お野菜のお寿司も美味しいですね」

 

 ナスは漬物にするか味噌炒めにするか悩んだ結果、ごま油で焼いて醤油で味付けをした後おろし生姜を添えるというあっさりした味付けにした。

 つけ込む時間もなかったしな。

 

「ヤシロさん! お待たせしました!」

 

 ばたばたと、アッスントが駆け込んでくる。

 

「よし、じゃあブタのにぎりを作るか」

「待ってください! そんなメニューは聞いてないですよ!? あるんですか!? ないですよね!?」

 

 アッスントが豚足を振り乱し俺から距離を取る。

 だってよ、汗だくで厨房に駆け込んでくるからちょっとイラッてしたんだもんよ。

 掃除が大変なんだから豚汁を振りまくなっつー話だよ。

 

「各区の卵をかき集めてきましたよ! 今朝採れたばかりの新鮮な卵です! ただ、除菌に関しては不安なので、必ず焼いて召し上がってください」

 

 四十二区の卵なら、卵かけご飯も余裕なのだが、他所の区の卵ではそうもいかない。

 今朝採れたばかりの卵だから、そこまで酷い状況ではないだろうが、まぁ、念には念を入れておいた方がいいだろう。

 集団食中毒なんか発生したらシャレにならない。

 折角『湿地帯の大病』を克服した矢先、また西側で大量の患者を出すわけにはいかないのだ。

 

「そういうことなら、私に任せて!」

 

 ばばーんっとネフェリーが登場する。

 まだ日も出ていないのに、まぁ、元気だねぇニワトリさんは。

 

「アッスントさんが行商ギルドの人たちに『各区からあるだけかき集めてくるように!』って言ってたから、きっとこんなことになってると思ったのよね」

 

 言って、アッスントが竹製のカゴにどっさりと詰め込んでいた卵を持ち上げて外へと運び出す。

 付いていくと、そこにはデカいタライと小型サイズの樽が何個も用意されていた。

 

「私がプロの洗卵をしてあげるね」

「え、卵って洗っちゃいけないって、お兄ちゃんと店長さんが言ってたですよ?」

「そ・れ・は、ウチの卵だからよ」

 

 得意げなネフェリー。

 ネフェリーのところの卵はエサから気を遣い雑菌が付かないように細心の注意が払われている。

 なので、調理時に少々気を付けてやれば問題なく使用できるのだ。

 

 まぁ、ウチは長期保存しないので先に洗ってもらってることがほとんどなんだが。

 

「陽だまり亭の卵は洗う必要がないから洗ってないだけだぞ」

「え、でも、店長さんが――」

「あれは、ウチのニワトリが産んだ卵の話ですよ」

 

 陽だまり亭の中庭にはニワトリがいる。

 こいつが頑張って卵を産んでくれるのだが、その卵は洗わずに置いてある。

 

「卵の表面にはざらざらしたクチクラ層ってのがあってな、こいつが卵の中に雑菌が入り込むのを防いでくれてるんだ」

「あと、卵には卵の中に酸素を送り込むための小さな穴が開いていますので、あまり水洗いは好ましくないんですよ」

 

 素人が下手に卵を洗うと、鮮度がガクッと落ちてしまう。

 オマケに、水でゴシゴシ殻をこするだけじゃ、落としたいサルモネラ菌が落としきれないこともあるしな。

 

「でも、洗うですか?」

「それは、今日使い切る卵ですから」

「……この量、使い切れるですかね……」

 

 デカいタライを埋め尽くす大量の卵。

 まぁ、使い切るだろうな。

 

「今度ジネットの動きをよく見ててみろ。中庭のニワトリの卵を割るとき、ジネットは卵を入れる器に殻を打ち付けてないから」

「あ、そういえば、ネフェリーさんのとこの卵を使うときはボウルでコンコンしてるですけど、ウチの卵の時はかまどにコンってしてるですね!」

「表面の雑菌が食品に触れないように、まぁ、万全というわけではないんですけどね」

 

 サルモネラ菌は、口に入らなければ問題はない。

 ――ぶっちゃけると、多少なら入ったって大丈夫だ。

 

 なので、なるべく食材に触れないように心がけておけば大丈夫。

 だから、すき焼きなんかで生卵を使うときは、卵を入れる器に卵を殻ごと入れてはイケないぞ!

 なんか通っぽくて卵を溶く器に殻ごと一個入れたりしがちだが、表面の雑菌が器について、そこに生卵を割り入れるなんて、雑菌を食うような危険な行為だからな!

 ……ま、日本で売ってる卵なら、そこまで大事にはならないだろうけどな。

 

「というわけで、今回は調理する手で触っても大丈夫なくらいにこの卵を全部洗っちゃうわけよ。分かった、ロレッタ?」

「ゴシゴシするですか?」

「ううん。洗卵はねぇ……この、レジーナ特製次亜塩素酸溶液を使うのよ!」

 

 ネフェリーが小樽を開けると、つーんと消毒のにおいがした。

 消毒液を使ってネフェリーが次々と卵を洗浄していく。

 途中途中で「これは殻にヒビが入っているからダメ」と、危険な卵を弾いていく。

 うん。卵に関してはネフェリーに任せておけば間違いないだろう。

 

「……オス、メス、オス、オス」

「ちょっと待って! 今の段階では分からないよな!?」

 

 小声でなんか言ってるな~っと思ってしっかり聞いてみたら、とんでもないことを言っていた。

 

「うふふ。ヤシロ、私を誰だと思ってるの?」

 

 いや、プロだかベテランだかレジェンドだか知らんが……まだ細胞分裂も始まってない段階じゃオスもメスもないだろうに…………え、マジで分かるの?

 なにその使いどころのない能力。

 オスだろうがメスだろうが、雛になる前に食っちまうのに。

 

 っていうか、無精卵だよね、ここにあるの全部!?

 

 もしかしたら、ここにある卵が孵ったら、全部ネフェリーの言うとおりの性別になるのかもしれないが……真相は割とどーでもいーなーと思ったので考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

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