「お招きいただきありがとうございますねぇ、ヤシロちゃん」
羊顔の洋服屋店主、ウクリネスだ。
「ウクリネスさんだったんですか?」
「ジネットちゃん、こんにちは。お邪魔させていただきますね」
ちゃん付けで砕けた口調かと思わせておいてのですます調。
この違和感を覚える口調は相変わらずだ。
「なんでウクリネスなんだい?」
「ん? 不満か?」
小声で、エステラが俺に問いかけてくる。
まったく何を言っているんだ、とばかりに俺はさらりと返す。
「不満なわけないだろう。ただ、ちょっとなんでかなって思っただけさ」
そりゃ思うだろうな。この面子にウクリネスは、さすがに違和感がある。
「まさか、また何か企んでるんじゃ……」
「よし! 全員揃ったところで、いよいよ新しいスウィーツのお披露目と行くか!」
エステラの勘繰りを遮るように大きな声を出す。……こいつは本当に鋭いヤツだ。
いいじゃねぇか、ウクリネスが混ざっていたって。勘繰るなよ。
「ところでウクリネス……」
準備をしに行くと見せかけて、俺はウクリネスに耳打ちをする。
「もう準備が出来たのか?」
「当然です。こういうのはスピードが命ですからねぇ」
おっとりとした口調ながら、儲けに敏感なその姿勢はさすがだ。
実は今朝。寄付が終わった後に、俺は一人で四十二区内を歩き回ったのだ。
クッソ暑い中を駆けずり回って、『今回の一大プロジェクト』に必要な人材に片っ端から声をかけまくった。
そして、このプロジェクトの要。最も重要な役割を担うのがこのウクリネスだ。
朝のうちに話をつけて、わずか数時間でもう成果を上げてきてくれたらしい。やはり、こいつは頼りになる。
さて……大物を釣るために使えそうな餌は………………
「マグダ、デリア。あとノーマとナタリア。ちょっと手伝ってくれないか?」
「え? あの、ヤシロさん。お手伝いでしたら、わたしが……」
「あぁ、ジネットはいいんだ。今は座っていてくれ」
「でも……」
「お前はメインディッシュだから」
「メイン…………?」
不思議そうに小首を傾げるジネットを椅子に座らせて、俺は選抜メンバーを連れて厨房へと向かう。
さり気なく、ウクリネスが荷物を持ってついてくる。いいぞ、そのさり気ない感じ。
四人の美女とウクリネスを連れた俺は、厨房を素通りして中庭へと出る。
「あれ? 厨房じゃないのか?」
デリアが疑問を口にするが、すぐにマグダがそれに答えてくれた。
「……井戸で冷やしてある。今回は冷たいデザート」
「へぇ、それは美味そうだなあ!」
「なるほど、夏にはもってこいのデザートですね」
「面白いことを考えるねぇ、毎度毎度。感心するよ。で、また煙管は禁止なのかい?」
各々がうまい具合に勝手に解釈して納得してくれる。
あ、煙管は禁止な。
「じゃ、俺は厨房でデザートの準備してくるから、ウクリネス、あとは頼むな」
「はいはい。お任せあれ~」
井戸から簡易冷蔵庫を引き上げ、その場に五人を残して俺は厨房へ戻る。
さすがに、男が居合わせるのはマズいからなぁ。
「え? あたいらなんの手伝いするんだ?」
「ヤシロ様。詳しい説明を求めます」
「トラの娘、あんたは何か知っているのかい?」
「……皆目、見当が付かず」
あぁ、いいんだいいんだ。
お前らは、ウクリネスの言う通りにしていてくれれば。
これで、このクソ暑い猛暑が……一気に楽しくなるぞっと。……むふっ。
厨房に戻ると、早速簡易冷蔵庫からコーヒーゼリーを取り出す。
おぉ、ちゃんと固まっている。
これならちゃんと商品になるだろう。
ただし、作るのに時間がかかるから数量限定になりそうだが……
作り置きすればいけるかな?
コーヒー豆はあまり需要が無いらしく、小分けでの販売は行われていない。手間ばかりが増えて利益は上がらないからな。
だから、コーヒー豆を買う時はある程度まとめて購入するしかないらしい。
おかげで、陽だまり亭では毎年大量のコーヒー豆を無駄にしてしまっているのだそうだ。
じゃあなぜ買うのか……俺はその理由に察しがついたから質問はしなかった。けれど、ジネットの方から教えてくれた。
「毎年、お祖父さんの命日にコーヒーを作って、一緒に飲むんです」
こっちの世界では墓という習慣が無く、仏壇なんてものも無い。死者を弔うのは魂に対し祈りを捧げるという形が取られているようだ。
なので、ジネットも陽だまり亭でコーヒーを二杯淹れて、祖父さんを偲んでコーヒーを飲んでいるのだとか。
誕生日の概念はなかったのに命日はあるんだなと、そんなことを思った。
ジネットは毎年、その一日のためにコーヒー豆を購入していたのだ。
……これからは、もっと盛大に使ってやらなきゃな。その方が祖父さんも嬉しいだろ?
「さて、盛り付けるか」
しんみりしかけた自分の心を切り替えるために、あえて声に出す。
これからすごく楽しいことが待っているのだ。しんみりしている暇はない。
簡易冷蔵庫から取り出したコーヒーゼリーを賽の目にカットし、小鉢に入れていく。
ガラスの入れ物があれば最高だったんだが……それは今後の課題だな。高いんだよな、ガラス。……どうせ貴族がまた利権云々で出し渋ってやがるんだろうが…………
陶器の小鉢に盛り付けることになるので、少々和風な面持ちになる。まぁ、これはこれで有りだろう。
ぷるんと、弾力を感じさせる揺れ方をするゼリーの上に生クリームを盛っていく。
少な過ぎれば苦いと言われるだろうが、多過ぎてもコーヒーゼリーの爽やかさが損なわれてしまう。この分量がとても重要なのだ。
コーヒーゼリーのデビュー戦だ。華々しく大成功を収めさせなければ。
俺は、人生において五本の指に入るほどの集中力で生クリームを盛る。…………絶妙。これぞ、匠の技。素晴らしい配分だ。こいつは絶対、美味い!
と、満足のいくコーヒーゼリーが人数分完成したタイミングで、マグダたちが厨房へと戻ってきた。
「おぉっ!?」
思わず声が漏れた。
素晴らしい! 素晴らしいよ、君たち!
完璧にして最高だ!
「なぜ、私たちがこのような格好をしなければいけないのか……説明を求めます」
冷たい視線をこちらに向け、ナタリアが無表情で問いかけてくる。
その問いには、あとで答えてやる。
全員の前でな。
「『そんなことよりも』、見てくれ! これが新しいスウィーツだ! 見た目からして涼しそうだろ?」
「おぉ! なんかぷるぷるして、面白いな、これ!」
デリアが早速食いついてくれた。
「黒いねぇ……不思議な見た目さね」
ノーマも興味深そうに視線を注ぐ。
「…………苦そう。マグダはクリームだけでもいいかもしれない」
「まぁ、そう言わずに食ってみろって」
眉間にしわを寄せるマグダの頭をもふもふと撫でてやる。
これで完全に話が逸らせた。
是非とも、多くの人に知っておいてもらいたいものだ。
『そんなことよりも』を多用し、こちらの質問をはぐらかすヤツの言うことは絶対に聞いてはいけない。信用するな以前に聞く必要が無い。――と、いうことを。
詐欺師が真っ先に覚えるのが、この『そんなことよりも』だ。ねずみ講なんかの勧誘員がやたらと連呼しやがる。そして、ありもしない『輝かしい未来』とやらに目を向けさせるのだ。
なので、詐欺に引っかかりたくないヤツは、『そんなことよりも』という言葉を一度でも使ったヤツの言うことは耳を塞いで「あーあーきこえなーい」と、していればいい。
「なんだか……はぐらかされた気がしますね」
ナタリア。大正解だよ。
だが、そう言いつつも俺の言うことを素直に聞いてくれるお前が好きだぞ。とてもいいヤツだ。何より、……今の格好は凄まじく俺好みだ。
「さぁ、最新スウィーツを運んでくれ」
俺はコーヒーゼリーを持った美女たちに、「俺の言う順番で一人ずつ出てきてくれ」と指示を出し、ウクリネスと一緒に一足早く食堂へと戻った。
さぁ、始めようか……
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