「あ、あの……バーサさん」
「おや、私としたことが。失礼をいたしました。よそ様の前でお見苦しい真似を……」
「いえ、気にはしてませんが…………バーサさんはお若いですよ」
「ありがとうございます」
慇懃に礼をするバーサ。
まぁ、こういうのを丸く収めるのはエステラの役目だろうな。年齢の話をしてもトゲが立たない。
しかしなんだな…………このバーサってのは、ナタリアにそっくりだな。主のあしらい方が。
「そういうわけでして、リベカ様でも食べられる豆板醤を使用した料理をご存知でしたら教えていただきたいのです。自身の育てている物が美味しいと知ると、リベカ様のモチベーションも爆上がりいたしますので」
爆上がりって……
しかしまぁ、海のものとも山のものとも知れない物より、親しみのある物の方が身も入るか。
しかし、「育てる」か。
麹は生き物だ。それを使った味噌や醤油、豆板醤は、確かに作るというより「育てる」に近いかもしれない。
そういう表現ひとつからも、こいつらの仕事に対する姿勢が窺える。
こいつら、いい職人なんだな。
やっぱり、どうあっても豆板醤は流通させたい。
こいつらに任せておけば、きっと美味いものを作ってくれる。
……なので。
今回だけは助けてやるから、最大限感謝しろよ、アッスント。
「辛さを抑えるのかぁ……う~ん」
「な、なんじゃ? 難しいのか? 砂糖とか入れてみたらどうじゃ?」
「いや、『ある物』が手に入ればなんとかなるんだが……こんな時間じゃあ、難しいかもなぁ……」
とか言いながら、アッスントをちらりと見やる。
……うわぁ、物っ凄い嬉しそうな顔されちゃったよ。両目がきっらきら輝き始めちゃった。……察しが良過ぎてむかつくなぁ。
「ヤシロさん! 私がいるじゃないですか! 持てる力のすべてを使って、ご用意いたしますよ! 可能な限り! 全力で!」
……ここぞとばかりにアピールしてきやがる。
俺が合図を送ったってことは、『努力次第で用意できる物』に違いない――とか、思ってんだろうな。まぁ、正解だけどな。
せいぜいポイントを稼いどけよ。
「じゃあ、アッスント。ヨーグルトを用意してくれ」
「ヨーグルト、ですか?」
「あぁ、なるほど」
小首を傾げるアッスントの隣で、エステラは合点がいったようにすっきりした表情を見せる。
エステラは以前、『陽だまり亭カレーの惨劇事件』に居合わせたからな。
乳製品がカプサイシンの辛さを和らげてくれることを思い出したのだろう。
とはいえ、入れりゃあいいってもんじゃなく、使いどころは弁えないといけないけどな。
カプサイシンの辛みを抑えるカイゼンは熱に弱いため、食べる直前に混ぜてやる方がいい。
卵でとじたり、鶏がらのスープで薄めたりと、他にも方法はあるんだが……ジネットがいないからな、簡単な方法を採用することにする。
「分かりました! では、ヨーグルトを手に入れてきます!」
「あ、それから。豆腐も頼めるか」
「とうふ……ですか?」
あれ?
なんだ、その反応?
まさか、無いのか?
「懐かしいですねぇ、豆腐」
「……懐かしい?」
「よくそんな昔の食べ物のことまで知っていますね。さすがヤシロさんですね」
いやいや、ちょっと待て。
「昔の食べ物」ってなんだ?
エステラやリベカはきょとんとしているし、バーサが妙にきらきらした表情を見せている。
…………この反応はまるで、昭和歌謡が流れるお茶の間のジェネレーションギャップそのものではないか。
祖父母が当時を懐かしみ、両親が「聞いたことあるなぁ~」みたいな反応で、子供たちが「さっぱり分っかんね」と興味を示さない。
……え、豆腐、ないの?
「残念ながらヤシロさん。豆腐は手に入れられません。製造しているところがないのです」
「なんでだよ? 大豆の加工品がこれだけ充実してるんだから豆腐くらい…………」
そこまで言いかけて、自分で気が付いた。
そうか。だからか。
俺の推測が正しいと証明するように、バーサがゆっくりと首肯する。
「はい。そうでございます。現在収穫されている大豆のすべては、味噌やしょうゆを作るために使用されているのです。それ故に、豆腐の製造はもう二十年ほど前に中止となりました」
おぉう……なんてこった…………
これじゃあ、麻婆豆腐が作れないじゃないか…………豆板醤を作ったのだって、八割くらい麻婆豆腐目当てだったってのに……
「……リベカ。大豆をちょっと譲ってもらうってのは?」
「無理なのじゃ。どこもかしこも大豆をくれくれとうるさいのじゃ。余分な大豆など、どこにもないのじゃ」
「だったら、もっと大量に生産すればいいじゃねぇか」
「そうしたら、ソラマメやピーナッツが捌ききれなくなるのじゃ」
じゃあ、そのくっそ無意味な『BU』ルールを廃止すりゃあいいだろうが!
…………くそ。なんて愚かな政策なんだ。無駄、無意味の詰め合わせか。
「…………『BU』のくだらない豆ルールをぶち壊してやる……っ」
「ヤシロ。壮大な野望はさておき、最優先事項は四十二区へ請求されている賠償の棄却だからね。忘れないでね」
あぁ、もう!
目の前に大ヒット間違いなしの料理が見え隠れしているってのに!
ホント、邪魔しかしねぇな、『BU』はっ!
「……諦めねぇぞ…………絶対に豆腐を作ってやる…………『BU』を解体してでもっ!」
「だから、ヤシロ……目的を見失って、無暗に問題を大きくしないでね。あくまで、最優先は四十二区の危機回避だから」
バカモノッ!
目の前に金儲けの種がぶら下がっているのにみすみす見過ごせるか!
「が、今すぐどうこうってのは、実際問題無理か…………」
「私も、出来ることならお作りして差し上げたいのですが」
少し寂しそうな笑みを浮かべてバーサが頭を下げる。
「規則ですので、ご理解ください」
「その口ぶり……バーサは豆腐が作れるのか?」
「はい。経験がございますので」
先ほど「二十年前に廃止となった」と言っていたが、それ以前に作ったことがあるのだろう。
なんで廃らせちゃうかなぁ、あんな美味いもんを。
「の、のぅ、我が騎士よ…………もしかして、その『とーふ』とかいうのがないと、美味しい豆板醤料理は作れんのか?」
「いや、そんなことはないが…………」
麻婆豆腐しか頭になかったからなぁ…………あっ、そうか。アレがあるか。
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