異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

324話 調査再び、そして次の手 -4-

公開日時: 2022年1月2日(日) 20:01
文字数:4,116

「なぁ、ベルティーナ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「はい。では、中で伺いましょう」

「あ、いや。……ここでいいか?」

 

 中に入れば「なんだなんだ」といろんなヤツが聞き耳を立てそうだ。

 そう思っていたら、ベルティーナが少しだけ寂しそうな顔をした。

 

「ヤシロさん。誰かに対して、心苦しいと思うようなことをしてはいけませんよ」

「いや、そういうんじゃなくてだな……」

「あなたの優しさは、誰かを喜ばせるために使ってほしいです」

 

 その言葉は、俺の行動が誰かを傷付ける――とまではいかないまでも寂しい思いをさせるのではないのか問いかけてくるようだった。

 

 それが誰にとってもいい結果になるだろうという判断の下、俺が一人で考えて、一人で行動を起こす。

 それは、まさに大食い大会で俺がやったことだ。

 

 誰も危険な目に遭うことがない最良の選択ではある。

 ただし、その『誰も』の前には『俺以外の』という言葉が隠れている。

 

 それを悲しいと思うヤツが、ここには何人かいるんだよな。

 なんでかなぁ。俺なんかにそこまでさ……

 

「分かった。中で話そう」

「はい。では、おかわりをもらってきますね」

「食いながらでないと話せないのかよ……」

「食べながらの方が、楽しい結果に繋がることが多いんですよ」

 

 誰がどこで取った統計なんだ、それは。

 

 ベルティーナに手を引かれ、俺は陽だまり亭へ入る。

 

「おかえりなさい、ヤシロさん」

 

 そうしたら、変わらない笑顔でジネットが出迎えてくれる。

 ……あぁ、そうだな。

 こっそりと湿地帯に行っていたら、きっと俺はジネットに見つからないようにこっそりと帰ってきていただろう。

 防疫のこともあるが、後ろめたさが勝って。

 

 脳裏に、ジネットの泣きそうな顔が思い浮かぶ。

 大食い大会が終わり、リカルドを罵倒し、観客を脅し、エステラにバトンタッチして、悪党らしく一人で舞台から退場しようとした俺を引き留めた時のジネットの顔。

 

 あんな顔は、もうさせちゃダメだよな。

 

「ジネット」

「はい」

 

 名前を呼べば、無防備な顔が返事をくれる。

 この笑顔を、裏切るわけにはいかない。

 

「全身どろどろだ。風呂の準備を頼めるか?」

「はい。今沸かしていますので、もう少し待ってくださいね」

 

 先に入ったエステラかマグダが頼んでいたのだろう。

 すでに風呂の準備は進んでいるようだった。

 

「明日はもっと汚れることになると思う」

「海にでも潜るんですか?」

 

 今日よりも汚れる可能性を考えて、ジネットがそんなことを言う。

 俺は首を振り、そのついでに今ここにいる連中の顔を窺う。

 

 エステラやデリアがこちらを見ている。

 レジーナも、すみっこの席に座ってこちらを窺っている。

 

「明日は、湿地帯に行ってくる」

 

 ザワッ……と、店内の空気が張り詰めた。

 けれど、目の前の笑顔は一切変わらずに――

 

「では、泥が付くかもしれませんね。着替えも用意しておきますね」

 

 ――そんな言葉をくれる。

 やっぱ、ここで話をしてよかった。

 ジネットが変わらないから、他のヤツらも我に返れる。自分を見失わずに済む。

『湿地帯に行くなんて気は確かか』なんて言葉が出てくることもない。

 

 さすが、スラムも湿地帯も人が住み、嬉しいことも悲しいことも全部受け止めてくれる帰るべき場所なんてことを言ってのけるヤツだ。

 ジネットを見ていると、おのれの不寛容さを痛感させられる。俺も然り、きっと他の連中もそうなのだろうと思う。

 

「あ、もし湿地帯の中にまで行かれるんでしたら、三本枯れ木を見てきてくださいませんか?」

「三本枯れ木?」

「はい。もしかしたらもう枯れてしまってなくなっているかもしれませんけれど」

 

 眉をハの字に下げて、少々照れくさそうにしながらも若干キラキラした瞳で言う。

 

「わたしが捨てられていた場所なんです」

 

 

 ザワッ……っと、店内がざわついた。

 あぁ、そうか。ジネットの過去を知らないヤツって結構いるんだっけ?

 いやでも、ジネットが教会で育ったことは知ってるよな?

 

「あ、すみません。こういうことはあまり話に出さないものですよね」

「いや、ボクらは別にいいけど……」

 

 気遣わしげなエステラの視線から察するに、「湿地帯に捨てられていた」ってのは、自分のためにも隠しておくべきことなのだろう。

 隠さないまでも、進んで口にするようなことではない、と。

 

 まぁ、湿地帯の大病の原因になった場所だ。

 そこに捨てられてたってのは、あんまりおおっぴらに言うもんじゃないよな。

 

 けど、ジネットは湿地帯を忌避していない。

 それどころか、どこかで懐かしさや親しみのようなものを感じているように見受けられる。

 自分の原点だとも言っていたし、何かあると湿地帯を見に行っていたとも言っていた。

 

「シスターから伺ったんですが、わたしはその三本枯れ木に守られるようにそこにいたそうなんです」

 

「ね?」と、ジネットが話を振ると、ベルティーナは静かに頷いて会話を引き継いだ。

 

「三角形に並ぶ枯れ木のちょうど中心で、ジネットはすやすやと眠っていました。きっと、大きな影に守られている安心感があったのでしょうね」

 

 当時を思い出したのか、ベルティーナが小さく笑う。

 

「私がジネットを抱え上げ、湿地帯を出る時、ジネットはその枯れ木に向かって『ばいばい』をしたんですよ。小さな手を振って、大きな瞳でじっと見つめて」

「……誰かいたんじゃないだろうな?」

 

 薄ら寒くなってベルティーナに問うが、ベルティーナは首を振る。

 

「振り返って確認しましたが、誰もいませんでしたよ」

「……『ナニか』がいたんじゃないだろうな?」

「それは、私には分かりかねますね」

 

 寒気が増した!

 いや、だってほら、犬や猫、赤ん坊は見えない『ナニか』に反応するっていうじゃん!?

 うぉぉおおお……っ! どうしよう。湿地帯の調査、やめたくなってきた。

 

「その三本枯れ木に親近感を持っていたのかな? 小さなジネットちゃんは」

「どうなんでしょう? わたしもよくは覚えていないんです」

 

 普通に会話に参加するエステラ。

 そうすることで、ジネットの過去を『普通なこと』にする。腫れ物に触るようにではなく、ごく当たり前に、気の合う友人と昔話をするような感覚で。

 

「今、その三本枯れ木がどうなっているのか、実はずっと気になっていたんです」

「調べに行こうとはしなかったのか?」

 

 湿地帯に忌避感がないジネットなら、お散歩ついでにふら~っと湿地帯に入っていきそうな気もしないではないが。

 

「わたし、湿地帯には入れないんです」

 

 そう言ったジネットの顔はいつもと変わらず、決して冗談を言っているような雰囲気ではなかった。

 入れない?

 

「約束をしたんです。……どなたとだったかは、覚えていないんですが」

 

「もしかしたら、記憶違いかもしれないのですが」と、前置きをしてジネットが語り出す。

 

「陽だまり亭に来てしばらくしたころ、わたし、お祖父さんとケンカをしまして」

「「「えぇーっ!?」」」

 

 ざわっ! っと、した。

 ざわわ、ざわわとしている。

 ここ一番の「ざわっ!」が出たな、今!?

 

 俺が湿地帯に行こうとしていることよりも、ジネットの湿地帯に捨てられてました発言よりも、ジネットが祖父さんとケンカしたことがあるってのが一番のビックリポイントか!?

 まぁ、俺もめっちゃビックリしたけども。

 

「いえ、あの、わたしもまだ幼かったですし、あの頃は本当にわがままで……今思い出すと恥ずかしくて、申し訳なくて、この辺がむずむずするんですけども」

 

 と、ふかぁ~い谷間をこぶしでぐりっと押さえる。

 

「え、どの辺?」

「ヤシロ、ハウス!」

 

 足を踏み出しかけた俺の鼻先にナイフが突きつけられる。

 エステラ。疲れてるからってツッコミをおざなりにするんじゃねぇよ。

 つか、疲れてるならわざわざツッコミしなくていいから。

 

「自分のわがままだと分かっていても、お祖父さんとケンカをすると、なんだか自分が独りぼっちのような気がして……ふふ、甘えたかったんでしょうね、あの頃のわたしは……子供みたいではずかしいですが」

 

 と、子供のころを思い出して頬を染めるジネット。

 えっと、なんだろ……抱きしめればいいのかな?

 

「ヤシロ、ハウス!」

 

 エステラのナイフ二回目。

 すげぇな。さっきと寸分違わない位置だわ。

 

「それで、三本枯れ木に会いたくなって湿地帯に行ったんです。三本枯れ木は変わらずそこにあって、わたしを迎え入れてくれた……ような気がしました」

 

 そして、ジネットは湿地帯で時間を過ごし、いつしか眠ってしまった。

 まどろむ意識の中、自分が誰かに抱え上げられている感覚が体に伝わってきたという。

 そして、自分を抱える誰かがこんなことを言ったのだそうだ。

 

 

『もうこの場所へ来てはいけないよ。約束、出来るね?』

 

 

 その問いに、ジネットはまどろみながら「うん」と答え、深い眠りに落ちた。

 

「気が付いたらベッドの上でした。体を起こすと、お祖父さんの作った料理のいい香りがして……」

 

 その時のことを思い出して、ジネットがまぶたを閉じる。

 いつもの笑みが、今だけは特別幸せそうに見えた。

 

「厨房に飛び込んで、お祖父さんに謝りました。それから、お祖父さんとは一度もケンカをしませんでした」

 

 もっとも、ちょっと「むっ」っとすることはその後もちょいちょいあったらしいが。

 

「意外だね。ジネットちゃんなら、何かあれば教会へ行くかと思ってた」

「その頃、教会には新しい子たちがたくさん増えたばかりでしたから」

 

 教会には、ジネットより小さいガキどもがたくさんいる。

 そいつらが一気に増えた時期と重なり、幼心おさなごころに遠慮していたのだろう。

 

「でも、誰なんだろうね。ジネットちゃんを抱えて運んだの」

「たぶん、お祖父さんだと思います。心配して迎えに来てくれたんですよ、きっと」

 

 まぁ、普通に考えればそうだろう。

 祖父さんなら、ジネットが捨てられていた場所も知ってただろうし。

 

 で、その約束を守って、ジネットは湿地帯のそばまでは行っても中までは入らないと。

 特に、三本枯れ木までは行かない。

 

「それじゃ、ボクが様子を見てきてあげるよ」

 

 さらっと、エステラが言う。

 思わず目を見開いてエステラを見てしまった。

 バッチリと視線が合い、エステラが整った眉をつり上げて俺に言う。

 

「変な気を遣わないように」

 

 その表情は様々な言葉を内包しているように見えて、なんだか妙にぐっときた。

 

 

 

 

 

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