異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

135話 開会式 -3-

公開日時: 2021年2月12日(金) 20:01
文字数:2,863

「ヤシロ様、おはようございます」

 

 賑やかになってきた待機スペースで、ナタリアに声をかけられた。

 が、こいつは観戦に来ているわけではない。

 

「お迎えに参りました」

「おう」

 

 ナタリアは、俺を迎えに来たのだ。

 ここよりもさらに厳重に監視・管理された領主たちの控室へと。

 

「じゃあ、俺、ちょっと行ってくるな」

「はい。開会式は、ヤシロさんは壇上ですよね?」

「まぁ……そうなるな」

 

 なんでか、俺は領主と共に表舞台に出ることになっている。……まぁ、仕事も一つあるからしょうがないっちゃしょうがないんだが…………これも売り上げのため。俺の利益のため……割り切れ、オオバヤシロ。

 ……あぁ、面倒くさい。

 

「それでは、ここで応援してますね」

 

 にっこりと、ジネットが笑みをくれる。

 ……そんな顔をするなよ。ちょっと、頑張っちゃおうかなとか思っちゃうだろ。

 

「応援って……俺は別に何かをするわけじゃねぇぞ?」

「はい。でも、応援しています。ずっと、見てますからね」

 

 こいつは、俺の憂鬱を感じ取ってそんなことを言ってくれているのかもしれないな。

 

「じゃあ、行ってくる」

「はい。いってらっしゃい」

 

 ジネットに見送られ、俺はまた移動を開始する。

 衆目の元にある関係者待機スペースを離れ、観客席の向かい、大食い大会が行われる舞台の裏側に作られた建物へと入っていく。

 ここは領主の待機する建物で、各領主に一部屋ずつ個室が割り振られている。

 個室からはいい位置で試合を観戦できるようになっており、まさにVIPルームってわけだ。

 

 そんな建物の中へと踏み込んでいく。

 さすがに、領主の控室付近は人が少ない。厳重に管理されており、特定の人間以外の立ち入りが禁じられているからだ。

 

 そんな場所に、なんで俺が入り込んでんだかなぁ……詐欺師なんだよ、俺?

 

「エステラはいつからこっちにいたんだ?」

「昨日です。今は準備も終えられ、他区領主のお二方と会談中です」

「おいおい。そんなとこに俺が入っていっていいのかよ?」

「えぇ。ミスター・ハビエルとミズ・ロッセルもご一緒ですので」

「……メドラもいるのか」

 

 どうしよう、帰ろうかな……

 

「着きました」

 

 チィッ!

 逃げられないと悟った俺は、腹を決める。

 まぁ、いくらメドラでも領主の前でいきなり抱きついてきたりするようなことはないだろう。

 

 ナタリアがノックし、ゆっくりとドアを開く。

 

「ダ~リィ~ン!」

 

 いきなり抱きついてこられたっ!?

 物凄い力でねじ伏せられ、逃げることも出来ないっ!

 

「テメェは……相変わらず…………物好きだな」

「だから、汚物を見るような目で見んじゃねぇっつってんだろ、リカルド! お前んとこの生き物だろ!? ちゃんと繋いどけよ!」

「こいつに首輪や鎖が通用するかよ」

「お前、それでも飼い主かっ!?」

 

 なんとかメドラを引き剥がし、一命を取り留める……大会前だってのに、一気に体力を奪われてしまった……

 

「もぅ、ヤシロ。何やってんのさ」

「いやいや、今日も賑やかだね、オオバ君」

 

 災難に遭った俺に、エステラとデミリーが声をかけてきた……の、だが…………

 

 エステラ、おっぱい、ドーン!

 デミリー、髪の毛、ふっさぁ~!

 

「ダウトー!」

「だ、だだだ、誰の胸がダウトなんだい!?」

「じ、じじじ、地毛の可能性を最初から全否定するのはど、どど、どうなのかな!?」

 

 いや、指摘箇所を的確に把握してる時点で、やましいことだらけなんじゃねぇかよ。

 

 今回の大会は、三区が公正かつ平和的に同意し開催されるものだと示すために、開会式で三区の領主が共同で開会宣言をすることになっている。

 大勢の人の前に立つことになるわけで……こいつら、見栄を張りまくりやがったな。

 エステラは盛大に胸に詰め物をし、デミリーは被りものをしている。

 

「ってことは、リカルドは身長でも誤魔化してるのか?」

「誤魔化してるか!」

 

 唯一なんの見栄も張っていないリカルド。

 それが、逆に怪しい……

 

「とにかく、もう時間がないからさっさと支度して、さっさと開会式を始めちゃおうよ!」

「うむ! それがいいな! となると、今から何かを変更したり……具体的に衣装を変えたりは出来ないから、現状を維持したまま開会式に臨むことになるだろうね、たとえ、周りが何を言おうとも!」

 

 己を偽る領主二人がそんな言い訳をしつつ、さっさと開会式へ向かおうとしている。

 ……まぁ、別に止めないけどな…………エステラはそんなことしなくてもいいと思うんだけどなぁ。まぁ、本人がやりたいならやらせておくさ。

 胸がないと、正体がバレるかもしれないからな。

 

「ハビエル。お前んとこの領主が面白いことになってるが、何も言わなくていいのか?」

「ふぁっ!? ん、お、おぉ! ヤシロか! なんだって?」

「え……なに、お前。緊張してんの?」

 

 木こりの大将ハビエルは、ガッチガチに緊張していた。

 人前に出るのが苦手なのか? ギルド長なら、何かと人前に出る機会もあるだろうに。

 

「はっはっはっ。スチュアートは昔から、こういうのが苦手だったよなぁ」

「う、うぅう、うるさいぞ、アンブローズ!」

「あんまり思い詰めると、毛根に悪いぞ」

「お前に言われたくな…………ぅぉおっ!? どうしたその頭っ!?」

 

 どうやら、今気が付いたらしい。

 

「何を言ってるんだ、スチュアート。地毛だよ、地毛」

 

 その場にいた者全員が一斉にデミリーを指さした。

 

『『『『『精霊の……』』』』』

「わぁー! 冗談だ! 悪かった! 無かったことにしてはくれないか!?」

 

 思わぬところで四十区領主の弱みを握れた。うんうん。今後何かと活用させてもらおう。

 

「さて、皆様。そろそろ開会式のお時間です。くだらない毛根いじりはやめて、ご準備を」

「エステラのところのメイドは、さらりと毒を吐くよねぇ……」

 

 デミリーにダメージを与えつつ、ナタリアが準備を促す。

 いよいよ開会式だ。

 

「じゃあ、そろそろ行くか」

 

 年の功というわけでもないだろうが、領主を代表するのはやはりデミリーのようで、行動を起こすのもデミリーが最初、という空気が出来上がっている。

 デミリーが最初に部屋を出て、リカルド、エステラがそれに続いていく。

 俺やハビエル、メドラは各々の領主の隣に並んで歩いていく。

 

「緊張するかい?」

 

 道すがら、エステラがそんなことを聞いてきた。

 

「別に。俺は立ってるだけだからな」

「ふふ……本当にそれだけで済むと思ってるのかい?」

「何をさせるつもりだよ」

「ボクが何かをさせなくても、君は勝手に何かを仕出かす。いつもそうじゃないか」

「うるせ」

 

 くすくすと、声を潜めてエステラが笑う。

 ドレスアップしたエステラはやはり綺麗で、こうしていると本当にお嬢様にしか見えない。

 不思議なもんだな。化粧ってのはある種の詐欺なのかもしれないな。

 綺麗になる云々の前に、纏う雰囲気ががらりと変わる。

 

「さぁ、いよいよだよ」

「あぁ」

 

 前方に、会場への出口が見えてくる。

 

「大会が……始まるっ」

 

 一種異様な高揚感に、表情筋がなぜか笑みを形作る。

 まぁ、確かに、悪い気はしない。

 テンションが上がり、ちょっと張り切っちゃおうかなとか思ってしまったんだろうな、きっと。

 俺は、柄にもなく、浮かれていた。

 

 

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