異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚8 火の粉 -2-

公開日時: 2021年3月2日(火) 20:01
文字数:2,722

「それで、あの、レジーナさん」

 

 困ったちゃんなエステラの肩を撫でて宥めつつ、ジネットが視線をレジーナへと向ける。

 その間、セロンとウェンディは「このジュース美味しいね」「こっちのも一口飲む?」と、周りにイチャラブの瘴気を撒き散らしていた。うん、こいつらは無視! 視界に入ってくるな、不愉快な!

 俺はジネットの話に意識を向ける。

 

「先ほどお話にあった『火の粉』というのは、どんなものなんですか?」

「あぁ、それな? 見たい? 見たいんか? ちょっと待ってな」

 

 話題を振られたことが嬉しいのか、得意げにレジーナがカバンを漁り始める。

 

「『火の粉』ってなんだ?」

「自分、ホンマに聞いてへんかったんかいな!? 話のメインやったのに!」

 

 レジーナが目を剥いて非難してくるが、聞いていなかったものは仕方ない。

 諦めてもう一回説明するのが大人のマナーというものだろう。

 

「はぁ……ホンマもう……しゃ~ないなぁ………………」

 

 これ見よがしにデカいため息を吐いて、レジーナがかぶりを振る。

 

「まぁ、えぇわ。もう一回話したるわ」

 

 カバンから、小さな布袋を取り出してテーブルに置く。見た感じ、何かの粉が入っているような感じがする。こう、「しゃわ……」って感じで重力に引かれていく感じが。

 

「ホンマはウチかて、こんな遠くまでは来たくなかってん。せやけど、ウチの贔屓にしてる行商人……あぁ、これは外の商人で行商ギルドとは違う組織の商人なんやけど……とにかくその行商人にな、『三十五区まで取りに来るなら火の粉を譲ったる』言われてな」

「それでわざわざ取りに来たのか? 引きこもりのくせに」

「くせに言ぃなや! 三十五区は船が停まるさかい、そこまでやったらついでに運んだってもえぇって言うてくれる業者は結構おってな」

「そこから中央区へ向かって、商売をして、そのまま船で帰るとなると……四十二区に行くのは遠回りどころか、完全な寄り道になっちまうな」

「せやねん! せやから、ホンマに欲しいもんは、ちょっと無理してでもここまで取りに来なアカンねん……億劫やわぁ……」

 

 じゃあ三十五区に住めばいい……とは、こいつには言えないよな。

 こんな活気に満ち溢れた区にレジーナを置いておいたら、きっと三日くらいで溶けてなくなっちまうだろう。生体エネルギーとか、そういうもんがあるとすれば、きっとこの街とレジーナは真逆の性質を持っているに違いない。

 アレだな。南国のビーチでブナシメジが育たないみたいなもんだな。

 で、なければ……クリスマスイブのライトアップされたデートスポットに、万年独り身のオッサンがうっかり迷い込むとガスガスライフを削られる、みたいなもんだ。毒の沼地が高級リゾートに思えるくらいのダメージ率だぜ。

 

 レジーナはもっとジメ~っとしたところで膝を抱えながら埃と会話して、それで初めてレジーナという存在が確立される、そういう生き物なのだ。

 

「不憫なヤツめ」

「なんやねんな、藪から棒に」

「しかし、ここにたどり着いただけでも大したもんだな」

「普通やったら馬車乗り場で回れ右なんやけどな……」

 

 少し言葉を濁して、気恥ずかしそうな表情を見せるレジーナ。その視線の先には、テーブルに置かれた小さな布袋がある。

 

「要するに、行きは『火の粉』欲しさにテンション上がって乗り切れたけど、帰りはその勢いすらなくなって途方に暮れてたってわけか」

「まぁ、平たく言えば、そういうことやなぁ」

 

 あははと、誤魔化すように頭をかくレジーナ。

 その直後、レジーナは立ち上がり、身を乗り出して、向かいに座る俺の手を取り、しっかりと握りしめた。それはもう、必死さが滲み出るほどの真面目な表情で。

 

「せやから、お願いや。連れて帰って……っ!」

「お前……俺らに会わなかったらどうするつもりだったんだよ?」

「たぶん死んどった」

 

 なにそのファミコン初期のクソゲーばりな命の軽さ。

 無計画にもほどがあるだろう。

 

「正直、自分らの顔を見た時、普段はさほど信じてもいぃひん精霊神様に感謝とかしてもうたもん」

「……信じてねぇのかよ」

「ウチ、外国人やさかい」

「まぁ、そうだな」

「けど、今日から精霊神様メッチャ信じる、超信じる、ものごっつ信じまくる!」

「……たぶんだけど、その『精霊神様』的にノーサンキューだと思うぞ」

 

 ものごっつ信じまくるって……

 

「そうまでして手に入れたいようなものだったのかい、火の粉っていうのは」

 

 両手で俺の手を握り、敬虔な信者が神に向けるような羨望の眼差しを送ってくるレジーナに、半ば呆れ気味な表情のエステラが質問を投げる。

 というか、火の粉の中身が気になって仕方ないようだ。

 実は俺もどんなものなのか興味がある。

 だって、『火の粉』だぞ?

 

 ただ赤いだけの粉で、「蓋を開けてみたら粉末唐辛子でした~」……なんてオチがないことを願うばかりだ。

 

「やっぱ気になるか? なってまうか? しゃ~ないなぁ~、ほなら『と・く・べ・つ』に、ちょこ~っとだけ見せたるわ」

「あ…………聞くんじゃなかったかも」

 

 レジーナの「待ってました!」感満載のドヤ顔を見て、エステラが眉を顰める。

 レジーナも、苦労して手に入れた火の粉を誰かに自慢したくてしかたなかったようだ。

 まぁ、どうせ。レジーナの欲しがる物だから、しょ~もない物なんだろうけどな。

 

「あ、見せる前に一つだけ注意点があんねん」

 

 小さな布袋の口を締めている紐に指を掛け、レジーナが真面目な顔で俺たちをぐるりと見渡す。

 薬の取り扱いについて語る時の、プロの顔つきだ。これは真面目に聞かないと後悔するヤツだな。

 

「とりあえずみんな、気を付けてな」

 

 それだけ言うと、レジーナは小さな布袋の紐を解いた。

 

「説明、雑だな!?」

「あ、あの、レジーナさんっ。わたしたちは、何に気を付ければいいんでしょうか!?」

「まぁまぁ。見てたら分かるわ」

「だから、見る前に、何に気を付けて見りゃいいのかを教えろつってんだよ!」

「見て見て~、この赤い粉が『火の粉』ちゅうヤツや」

「聞けよ、人の話!?」

 

 人の話を聞かない人間に、ろくなヤツはいない。

 誰かが話をしている時は、思考を一度止めて話に集中するべきだ! 「聞いてなかった」とか平気で言えるヤツは、頭の中の大切な何かが欠損していると言っても過言ではない!

 

「綺麗な赤色ですね」

「すごく粒が小さいね。けど……あまりサラサラはしてない、かな?」

 

 レジーナが開いてみせた布袋を覗き込むジネットとエステラ。

 レジーナが「気を付けろ」なんて言ったもんを、よく警戒もせずに覗き込めるな。

 俺の両サイドで前のめりになる二人とは対照的に、俺は椅子を引いて半歩身を引いた。

 

 遠目で見る限り、パウダービーズのような見た目だ。

 あれを袋に入れてもきゅもきゅ揉んだら気持ちよさそうだ。今度やってみようかな。

 

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