異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

追想編9 レジーナ -2-

公開日時: 2021年3月12日(金) 20:01
文字数:2,247

「しゃ~ないなぁ、お茶でも入れたろか?」

「おぅ、頼むけど、その手に隠し持った怪しい薬はここに置いていけな?」

「大丈夫や。変な薬やないさかいに」

「なんの薬だよ?」

「三日間ほど深い眠りに落ちてまう薬や」

「変な薬じゃねぇか!?」

「『たとえどんなことを、どれだけねっとりべっちょりやられても絶対に目覚めない』深い眠りに落ちるだけの薬や」

「何する気だ、お前!?」

 

 ……何するか……やて?

 そんなん、決まっとるやん。

 

 たとえ、自分がウチを忘れてしもうても、ウチが絶対自分を忘れへんようにしっかり体に刻み込むんや。自分の温もりを…………添い寝で。

 腕枕とか、してもうてな。

 

 ふふ……アホみたいやろ、ウチ。

 そんなこと、してみたいなんて、考えとるんやで。まぁ、自分は知らへんやろうけどな。

 

「……アカン。なんやムラムラしてきた。お茶淹れてこよ」

「不穏な発言を残していくなよ……」

 

 顔を引き攣らせる彼を残して、ウチは店舗の奥……誰にも侵入を許さへん住居スペースに入る。

 

 ここから先は、ウチ以外立ち入り禁止や。

 

「……香辛料の匂いや」

 

 なんやかんや、故郷の香りは落ち着くもんや。

 

 もう二度と、あの街には帰らへんのやろうけどな。

 

 ウチは薬の研究に没頭して、没頭して、没頭し過ぎて……失敗した。

 元来の人見知りと、面倒くさがりの性分から、根回しっちゅうもんを怠り過ぎた。

 

 ウチの周りは敵だらけになってもうた。

 

 ウチを潰そうとする敵。

 ウチを利用しようとする敵。

 ウチの存在を全否定する敵。

 

 敵だらけになった街に、ウチの居場所なんかなかった。

 

 世紀の天才ともてはやされ、祭り上げられて……散々利用されて…………

 

 それでも。

 あんな街でも、やっぱり懐かしい思うんやね。

 こうやって、薬とは関係ない香辛料まで買い集めてしまうんは……ウチの体に流れるバオクリエア人の血がそうさせるんかもなぁ。

 

 こんなん、誰にも見せられへん。

 ホンマは自分の居場所がどこか分からへんようになって、過去と現在とを、都合よく使い分けて、必死に縋りついてるような、弱い女や……なんて。そんなん、誰にも知られたぁないわ。

 

「あと、掃除出来へん女やっちゅうんも、知られたぁないわな」

 

 奥へ進むにつれ、足の踏み場がなくなっていく。

 あ~ぁ~、こんなところに脱ぎ散らかして……あの彼が見たら「お宝や~!」言うて持って帰りよるで。……ふふっ。

 

「あらへんわ、そんなこと」

 

 アホな妄想に、我ながら苦笑いしてまうわ。

 

 世紀の天才も、女としては欠陥品なんやろうなぁ。

 掃除も出来へん。

 料理も出来へん。

 綺麗に着飾ることも、旦那様を優しく労わることも、な~んにも出来へん。

 

 ウチに出来るこというたら、毎日退屈せぇへんように、アホみたいな会話するくらいなもんや。

 

「……そんな女、誰が選ぶねん」

 

 しゃべり倒しのボケ倒しや。

 五分で疲れてまうわ。

 それが一生続くなんて……耐えられる男なんかおるかいな。

 

 ウチなら無理や。

 きっと逃げ出して…………二度と帰って来ぅへん。

 

「そら……そやで」

 

 こんな辛気臭いとこ……用事でもあらへんかったら、誰も来ぅへんっちゅうねん。

 

「アカン。ため息入ってもうた」

 

 ため息交じりに淹れたお茶を捨て、もう一度淹れ直す。

 お茶もろくに淹れられへんのかって、思われてまうからな。

 これくらい出来るっちゅうねん。

 

 さぁ。アホな妄想で勝手にヘコむんは終わりや。

 

 今日で最後になるかもしれへん特別な時間を、たっぷり堪能させてもらおうやないか。

 

 ……魔草は、魔力を帯びた強力な植物や。

 人間が精神論でどうこう出来る代物やない。

 

 ウチは薬剤師やさかいな。

 奇跡なんか起きひんことを知っとる。

 アカン時は、何をやってもアカンもんや。

 

「自分が忘れても……ウチは絶対、忘れへんからな。忘れたるもんか……」

 

 ウチの人生で初めて、『失いたくない』って思ったんは、自分なんやから。

 

 故郷も、家族も、思い出の品も、懐かしい風景も、どんな金品も、使い慣れた商売道具も、なくなってしまう時はなくなるし、失ってもしゃーない思ぅてる。

 せやけど…………どうしても…………

 

 たった一人の特別な彼だけは、失いたくない……

 

「…………っ、アカン」

 

 お茶を載せたお盆を一回手放す。

 辛気臭い味が移ってまう。

 

「なんやねんな、……もう」

 

 最近、涙腺のしまりが悪くなってきてる気がする。

 しっかりせなアカンで。しまりの悪い女や~思われるで。

 

 …………なんやねん。こんな最低なギャグ言うたってんから、笑いぃな、ウチ……

 アホみたいに、へらへら笑ぅとったらえぇねん…………なんで、泣きそうなっとんねん。

 

「…………アカン。アカンで、こんな顔見せたら」

 

 こんな辛気臭い顔見られたら、今度こそホンマに愛想尽かされて、メンドクサァ思われて、二度と寄りつかへんようになるで…………

 

 って、あれ?

 彼はもうここに来ぇへん思うて、それでもしゃーない思ぅてたんとちゃうんか、ウチ?

 

 なんやねん。どないやねん……

 よぅ分からんわ……

 

 

「……アホか。分かるやろ」

 

 

 自分を否定する自分を否定して、自分でも自分が分からんくなった時……ウチの口からは、おそらくこれが本音なんやろうなって言葉が零れ落ちとった。

 

 

「忘れられたくない……これからも、これまでみたいに、一緒に……アホな話して…………勝手にときめいていたい…………に、決まっとるやろ」

 

 

 なんちゅうこっちゃ……

 

 ウチも女やったっちゅうことかいな。

 恋とか愛とか、無縁やと思ぅとったのになぁ……

 

 あぁ、もう! 腹立つ!

 お茶ん中にラブラブオーラぶち込んどいたろ!

 

「めっちゃ好きじゃ、アホッ!」

 

 ……これでよし。

 ほなら、行こか!

 

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