「しゃ~ないなぁ、お茶でも入れたろか?」
「おぅ、頼むけど、その手に隠し持った怪しい薬はここに置いていけな?」
「大丈夫や。変な薬やないさかいに」
「なんの薬だよ?」
「三日間ほど深い眠りに落ちてまう薬や」
「変な薬じゃねぇか!?」
「『たとえどんなことを、どれだけねっとりべっちょりやられても絶対に目覚めない』深い眠りに落ちるだけの薬や」
「何する気だ、お前!?」
……何するか……やて?
そんなん、決まっとるやん。
たとえ、自分がウチを忘れてしもうても、ウチが絶対自分を忘れへんようにしっかり体に刻み込むんや。自分の温もりを…………添い寝で。
腕枕とか、してもうてな。
ふふ……アホみたいやろ、ウチ。
そんなこと、してみたいなんて、考えとるんやで。まぁ、自分は知らへんやろうけどな。
「……アカン。なんやムラムラしてきた。お茶淹れてこよ」
「不穏な発言を残していくなよ……」
顔を引き攣らせる彼を残して、ウチは店舗の奥……誰にも侵入を許さへん住居スペースに入る。
ここから先は、ウチ以外立ち入り禁止や。
「……香辛料の匂いや」
なんやかんや、故郷の香りは落ち着くもんや。
もう二度と、あの街には帰らへんのやろうけどな。
ウチは薬の研究に没頭して、没頭して、没頭し過ぎて……失敗した。
元来の人見知りと、面倒くさがりの性分から、根回しっちゅうもんを怠り過ぎた。
ウチの周りは敵だらけになってもうた。
ウチを潰そうとする敵。
ウチを利用しようとする敵。
ウチの存在を全否定する敵。
敵だらけになった街に、ウチの居場所なんかなかった。
世紀の天才ともてはやされ、祭り上げられて……散々利用されて…………
それでも。
あんな街でも、やっぱり懐かしい思うんやね。
こうやって、薬とは関係ない香辛料まで買い集めてしまうんは……ウチの体に流れるバオクリエア人の血がそうさせるんかもなぁ。
こんなん、誰にも見せられへん。
ホンマは自分の居場所がどこか分からへんようになって、過去と現在とを、都合よく使い分けて、必死に縋りついてるような、弱い女や……なんて。そんなん、誰にも知られたぁないわ。
「あと、掃除出来へん女やっちゅうんも、知られたぁないわな」
奥へ進むにつれ、足の踏み場がなくなっていく。
あ~ぁ~、こんなところに脱ぎ散らかして……あの彼が見たら「お宝や~!」言うて持って帰りよるで。……ふふっ。
「あらへんわ、そんなこと」
アホな妄想に、我ながら苦笑いしてまうわ。
世紀の天才も、女としては欠陥品なんやろうなぁ。
掃除も出来へん。
料理も出来へん。
綺麗に着飾ることも、旦那様を優しく労わることも、な~んにも出来へん。
ウチに出来るこというたら、毎日退屈せぇへんように、アホみたいな会話するくらいなもんや。
「……そんな女、誰が選ぶねん」
しゃべり倒しのボケ倒しや。
五分で疲れてまうわ。
それが一生続くなんて……耐えられる男なんかおるかいな。
ウチなら無理や。
きっと逃げ出して…………二度と帰って来ぅへん。
「そら……そやで」
こんな辛気臭いとこ……用事でもあらへんかったら、誰も来ぅへんっちゅうねん。
「アカン。ため息入ってもうた」
ため息交じりに淹れたお茶を捨て、もう一度淹れ直す。
お茶もろくに淹れられへんのかって、思われてまうからな。
これくらい出来るっちゅうねん。
さぁ。アホな妄想で勝手にヘコむんは終わりや。
今日で最後になるかもしれへん特別な時間を、たっぷり堪能させてもらおうやないか。
……魔草は、魔力を帯びた強力な植物や。
人間が精神論でどうこう出来る代物やない。
ウチは薬剤師やさかいな。
奇跡なんか起きひんことを知っとる。
アカン時は、何をやってもアカンもんや。
「自分が忘れても……ウチは絶対、忘れへんからな。忘れたるもんか……」
ウチの人生で初めて、『失いたくない』って思ったんは、自分なんやから。
故郷も、家族も、思い出の品も、懐かしい風景も、どんな金品も、使い慣れた商売道具も、なくなってしまう時はなくなるし、失ってもしゃーない思ぅてる。
せやけど…………どうしても…………
たった一人の特別な彼だけは、失いたくない……
「…………っ、アカン」
お茶を載せたお盆を一回手放す。
辛気臭い味が移ってまう。
「なんやねんな、……もう」
最近、涙腺のしまりが悪くなってきてる気がする。
しっかりせなアカンで。しまりの悪い女や~思われるで。
…………なんやねん。こんな最低なギャグ言うたってんから、笑いぃな、ウチ……
アホみたいに、へらへら笑ぅとったらえぇねん…………なんで、泣きそうなっとんねん。
「…………アカン。アカンで、こんな顔見せたら」
こんな辛気臭い顔見られたら、今度こそホンマに愛想尽かされて、メンドクサァ思われて、二度と寄りつかへんようになるで…………
って、あれ?
彼はもうここに来ぇへん思うて、それでもしゃーない思ぅてたんとちゃうんか、ウチ?
なんやねん。どないやねん……
よぅ分からんわ……
「……アホか。分かるやろ」
自分を否定する自分を否定して、自分でも自分が分からんくなった時……ウチの口からは、おそらくこれが本音なんやろうなって言葉が零れ落ちとった。
「忘れられたくない……これからも、これまでみたいに、一緒に……アホな話して…………勝手にときめいていたい…………に、決まっとるやろ」
なんちゅうこっちゃ……
ウチも女やったっちゅうことかいな。
恋とか愛とか、無縁やと思ぅとったのになぁ……
あぁ、もう! 腹立つ!
お茶ん中にラブラブオーラぶち込んどいたろ!
「めっちゃ好きじゃ、アホッ!」
……これでよし。
ほなら、行こか!
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