「こいつは、俺の故郷でも横行していた基本的な詐欺の一つだ」
カンタルチカに集まったメンバーに向かって、俺は詐欺の講習を始める。
夜中だというのに、どいつもこいつも二つ返事で駆けつけてくれた。
マグダとロレッタがどんな言葉でこいつらを呼んできたのかは分からんが、きっと誰が呼びに行ってもこいつらは集まってきただろう。
仲間が詐欺にかけられて、それを放っておけるような連中じゃないからな。
まずは、同じ手口に引っかからないように、今回の詐欺の本質を説明しておいてやる。
今回の詐欺は、日本では『オレオレ詐欺』と呼ばれたものと同じ手法だ。
「ざっくり説明すると、あたかも知り合いが事件に巻き込まれたと錯覚させ、救出させるために金品を支払えと迫る。そんな手口だ」
「けどさ、ヤシロ」
手を上げて、エステラが疑問を投げかけてくる。
「見ず知らずの人間がいきなりやって来て、『お前の知り合いが事件に巻き込まれた』『助けるためにお金を寄越せ』って言ったって、信用されないんじゃないのかい?」
――と、思うじゃん?
「思わず信用してしまうような情報を提供してやれば、人間ってのは勝手に脳内で足りない情報を補完し、信用してしまう生き物なんだよ」
「そうかなぁ……」
いまいち納得がいかない様子のエステラ。
じゃ、いっちょ騙されてみろよ。
「お前はそうやってなんでもかんでも否定してよぉ……だからあいつもさぁ、ほら、あの……名前なんだっけな? ほら、お前んとこのお節介焼きな給仕の……」
「シェイラかい?」
「あぁ、そうそうシェイラな。いろいろ言われてんだろ?」
「いいんだよ、シェイラは。ナタリアの次くらいに小言が多いんだから……好きに言わせておくさ」
と、エステラのとこの給仕の情報を聞き出して――
「エステラが納得してないようだから、ちょっとした実験をしたいと思う。ロレッタ、お使いを頼めるか?」
「はいです! いつも頼りになるあたしにお任せです!」
ロレッタを呼び、小声で指示を出す。
「……えっと、それで、いいですか?」
「あぁ。それでいい。変なアドリブは入れるなよ」
「分かったです。じゃあ、ちょっと行ってくるです!」
しゅたっと手を上げて店を飛び出していくロレッタ。
普通の人間なら十分くらいかかるんだろうが……ロレッタ『たち』なら二~三分ってところか。
「何をするつもりなのさ?」
「俺の言ったことが正しいってことの証明だ。その前に、ナタリア」
「はい。なんでしょう?」
エステラを一時放置して、ナタリアへと話を振る。簡単な質問だ。
こいつなら、きっと分かっているだろう。
「さっきの俺とエステラの会話、気になるところはなかったか?」
「え? 何か変なところがあったのかい?」
「それをナタリアに聞いてんだよ。ちょっと黙ってろよ」
割り込んでくるエステラを黙らせて、ナタリアの答えを待つ。
そして、ナタリアはこちらの思惑通り、首を縦に振った。
「一点、気になりましたね」
「言ってくれ」
「ヤシロ様がシェイラの名を知っているという点に驚きました」
「あ、そういえばそうだね。シェイラって、ボクには世話を焼くけど、男の人とはあまり会話できないって言ってたのに。いつ名前を聞いたんだい?」
「聞いてないぞ」
「え、でも……知ってたよね?」
「いや」
「…………は?」
以前、ナタリアに聞いたことがある。
エステラの家の給仕たちには、よほどのことがない限り俺たちに声をかけないようにさせていると。
出しゃばりクセを付けさせないためと、もう一つ、貴族らしい理由からそうさせているのだそうだ。
その理由が、エステラの婿問題だ。
たとえば、エステラの家の給仕が俺と仲睦まじく話をしたり、ナタリアのように率先して俺の手助けをしてくれたり、ことあるごとに俺を立てるような行動をとっていたとしたらどうだろうか。
きっと世間は、特に貴族連中は、「あ。あいつが次期領主になるんだな。だから給仕が傅いているんだな」と、そう思うわけだ。
たとえ根も葉もない噂だとしても、エステラも若い娘だ、男と噂があるというだけでマイナスイメージが付きかねない。
仮に、大貴族や王族に見初められた際、過去にどこの馬の骨とも知れない男と噂があったなんてことになったら、それだけで破談になる可能性もある。っていうか、その可能性が高い。
身分の高い、いわゆる『好条件』な男は、狙っている女も多いからな。貴族的な意味でも。
なので、エステラんとこの給仕は、こっちから話しかけない限り俺に接触はしてこないし、一言二言会話をしても、自分から名乗ったりはしないのだ。
給仕が名乗るのは、しかるべき状況下でのみ。それは大抵自身が仕える家の者に対してのみで、外の人間に給仕が自己主張する場面はほとんどない。給仕は、主人を引き立たせるためだけにそこに存在している、大道具や舞台セットみたいなものなのだ。
どこぞの貴族に「君んとこのあの給仕ちゃん、きゃわゆ~いじゃん。お名前教えてちょっ!」とか言われりゃ名乗るのだろうが、そんなことになったら後ほどナタリアに「主人よりも目立つとは何事ですか?」と大目玉を喰らわされることだろう。……とか言ってるナタリアは、主人を差し置いてフィーバーしてたけどな。むしろ進んで。
「だから、シェイラってのがどの給仕なのか、俺は知らねぇんだ」
「じゃあなんだったのさ、さっきの会話は?」
と、エステラが頬を膨らませた時、ハム摩呂がカンタルチカへと飛び込んできた。
「りょーしゅさまー、いるー?」
「間に合っていますっ」
「そういうことじゃないよ、ナタリア!? 必要不必要の『いる』じゃなくて、存在してるかどうかの『いる』だから!」
主人を差し置いてぐいぐい前に出てくるナタリアを押し退けて、エステラがハム摩呂に向かって手を振る。
「ここにいるよ~。ボクに何か用かい?」
「あのねー、シェイラさんがー」
言いながら、ドアの向こう側を指差すハム摩呂。
それを見てエステラが席を立つ。
「え? シェイラが来てるのかい?」
「館で何かあったのかもしれませんね」
ナタリアと二人で入り口まで行き、店の外を覗き見る。
キョロ、きょろ、キョロ、きょろ…………
「……いないよ?」
「いません……ね?」
エステラとナタリアがハム摩呂へ視線を向ける。
ハム摩呂は「?」な顔で小首を傾げる。
「あ。お兄ちゃん、うまくいったですか?」
不思議そうな顔をするエステラの後ろから、ロレッタがひょっこりと顔を出す。
そしてハム摩呂を抱き上げて俺の隣へと戻ってくる。
「一体、どういうことだい?」
「要するに、これが詐欺の実態だ」
エステラはもとより、ナタリアまでまんまと引っかかってしまった。
これは、注意喚起が必要だな。
「まず第一に、俺が『お節介な給仕』と言ったことで、エステラはシェイラなる人物を思い浮かべた。そして、名前という個人情報を漏洩してしまったわけだ」
「個人情報って……そんな、名前くらいで」
「ところが、だ」
その個人情報が次の詐欺に繋がるんだよ。
「ハム摩呂が今、『シェイラが』と言っただけで、エステラもナタリアも『シェイラがここに来た』と思い込んだ。別の言い方をすれば、騙されたわけだ」
「騙……された?」
エステラとナタリアが同時にハム摩呂を見る。
こいつを睨んでやるなよ、俺にやらされただけなんだから。
「つい今し方、お前らの目の前でロレッタに仕込みをしたろ? にもかかわらず、お前らはあっさりと引っかかってしまった。それはなぜか――」
それが、個人情報の恐ろしさだ。
「シェイラを知るはずもないハム摩呂がその名前を口にしたことで、こいつの言葉には信憑性が生まれたんだ。また、自分たちを騙すはずもないであろうハム摩呂が言ったってのも、お前らがこいつの言葉を信じ込んでしまった一因でもある」
たとえば、見ず知らずの相手が親の名を告げ、「今どちらに?」なんて聞いてきたとする。すると、「あ、この人は親の知り合いなんだな」と錯覚して現在の親の所在をぺらぺらしゃべってしまうのだ。
それをさらに利用して、今度は親に「あなた、昨日○○にいましたよね?」なんてことを言うと、「この人はなんで知ってるんだろう?」とか、「同じ場所にいたのかな」とか、その次の詐欺の足がかりにされてしまう。悪徳な心霊商法がよくこの手を使う。自分の行動をいろいろ言い当てられると、人は不安になり、詐欺にかかりやすい状態へと陥ってしまう。
名前というのは、面識のない相手に自分を信用させる糸口にもってこいの個人情報なのだ。
「これと同じことが、パウラの身にも起こったわけだ」
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