「ヤシロさん……その、なんと言いますか…………おっきい……ですね」
「まぁな」
陽だまり亭に、巨大な土台がそびえたっている。本体はまだ作っていない。
「こんな大きなケーキを、本当に作るんですか?」
「あぁ。まぁ、土台に乗っけて大きく見せてる部分が大半だが……それでも、普通のケーキよりもデカいものを作ることになるだろう」
「ほぁ…………」
台に載った台座は、ジネットの身長を優に超える高さになっていた。
「これが……ウェディングケーキ……」
「今、ハム摩呂がベルティーナとネフェリーを呼びに行ってる。もすぐ来るだろう」
これまでに作ったことのない新作のケーキなので、ベルティーナに問題がないかを判断してもらうのだ。
しかも、ウェディングケーキはこれまでのケーキと違ってデカいからな。
異例なものはより慎重に事を進めるべきだろう。
「ケーキには卵と砂糖も欠かせないし、その生産者も呼んでおこうと思ってな」
「あれ? でしたら、パーシーさんも呼びに行った方がよかったのでは……?」
「あぁ、大丈夫大丈夫」
……パーシーは、ネフェリーを呼べば漏れなく付いてくるから。
通販の押しつけプレゼント以上に絶対的な付属品だ。
「ヤシロさんっ!」
一番乗りは、やはりというか……ベルティーナだった。
でっかいケーキを作ると聞けば、何を放り出してでも駆けつけるだろうと思ったが……予想通り………………あれ?
「ど、どうかしたのか、ベルティーナ?」
「……どうかしたのか……では、ありませんよ」
てっきり、エサを見つけたイヌっころみたいなキラキラした目でやって来ると思ったのだが……ベルティーナの表情は硬く、険しかった。
何か、マズいことでもあったか?
「お話は伺いました。なんでも、変わったケーキを作られるそうですね」
「お……おぉ……。その、つもり……なんだけど…………問題あるか?」
「あります。当然ではないですか」
グッと、ベルティーナが身を寄せてくる。
凛とした声音はどこか厳しく、叱られているような気分になった。
なんだ?
デカ過ぎると教会に目でもつけられるってのか?
サイズに規定とかあったっけ?
「確かに。ヤシロさんが生み出す料理は、どれも美味しく、奇抜で、素晴らしいものばかりです。ですが……さすがに今回のケーキは看過できません」
「そ、そうなのか……理由は?」
「理由…………説明が、必要でしょうか?」
えっ、そんなにあり得ないこと、なのか?
思わずジネットに視線を向けるが、ジネットも分からないらしく目を丸くしている。視線が合うと、慌てた様子で首を横に振った。
なんだ?
ジネットですら知らない理由で、ウェディングケーキがダメな理由……一体、それは……
「ちょっとヤシロ! どういうつもりなの!?」
「あんちゃんっ! 大概にしろし、マジで!?」
なだれ込むように、ネフェリーとパーシーが店内へ入ってくる。
あ、やっぱりパーシーも一緒に来たか……なんて、そんな悠長なことを言っていられる空気じゃない。
なんだ?
こいつらまで険しい顔をして……
「私はね、ヤシロ。ヤシロのやることなら、大抵のことは応援したいって思ってるの。けど、今度のはダメだよ。一線を越えちゃってるよ!」
「お、おい、ちょっと……ネフェリー!」
鼻息荒く俺に詰め寄ってくるネフェリー。
気迫に押され、俺は後退を余儀なくされる。
だが、そこにベルティーナも加わり、俺は店の奥へと追い詰められていく。
「店長さんも店長さんだぜ!」
「ふぇっ!? わ、わたしですか?」
「そうだよ! あんちゃんが『ああ』なのはもうどうしようにもねぇけどさ! でも、それが行き過ぎた時はあんたが止めなきゃだろ!? そういうもんじゃねぇのか、仲間って!?」
「え、えっと……行き過ぎ…………あの、え……?」
パーシーはジネットに食ってかかっている。
なんだ、この状況は?
どうなってやがるんだ?
くそ……っ。屋台の様子を見に行ったマグダとロレッタがいれば、もしかしたらこの状況を客観的に見てもらえたかもしれないが……
「……ヤシロ」
祈りが通じたか、いてほしいと思ったヤツが――マグダが、今まさに帰ってきてくれた。
が…………嘘だろ?
マグダまでもが難しい表情を浮かべていた。……マグダ、お前もか?
「……ハム摩呂から聞いた」
ハム摩呂……
そうだ。
この状況になったのは、ハム摩呂がこいつらを呼びに行ってからだ……
思い出せ。
あの時、何があった?
俺はなんと言った?
ウェディングケーキの土台を作るのに昼過ぎまでかかり、店内に戻るとジネットとハム摩呂しかいなかった。マグダとロレッタは屋台への補給に向かった後だった。
そして、土台を店内へ持ち込んだら……ジネットが「それはなんですか?」と聞いてきた……
だから俺は、ウェディングケーキについて話をしてやったんだ。ジネットと、ハム摩呂に。
でっかいケーキを作って、新郎新婦が初めての共同作業でこいつを切り分けて…………ジネットもハム摩呂も「それは素敵です」と、瞳をキラキラさせていた。
それから、ハム摩呂に頼んで関係者を集めてもらって…………
何もおかしなことがない…………
一体、何が問題なんだ!?
「……じきに、ロレッタがハム摩呂と共に戻ってくると思う。説明は、それからしてもらいたい」
「説……明?」
「……今回、ヤシロが作ろうとしていた物…………それについての説明を」
マグダの声に、ベルティーナが、ネフェリーが、ついでにパーシーまでもが「うんうん」と明確に首肯する。
今回作ろうとしていた物ったって……俺はただ、ウェディングケーキを…………
「……戻ってきた」
マグダの耳がピクリと動き、ドアの外へと向けられる。
その言葉の通り、ドアの向こうから凄まじい足音が聞こえてきた。
間もなくして、ロレッタが血相を変えて店内へと飛び込んできた。
――こんな言葉を叫びながら。
「お兄ちゃんっ! 乳首ケーキを作るってホントですっ!?」
「作るかっ!」
「「「「えぇっ!? 作らないのっ!?」」」」
「「えぇっ!?」」
声を揃えて驚いたマグダ、ベルティーナ、ネフェリー、パーシーに、俺とジネットが声を揃えて驚いた。
じゃあ、なにか?
お前らは全員、揃いも揃って俺が乳首ケーキを作ると思ってたのか?
「俺がそんなもんを作ると思うか!?」
「「「「「思う」」」」」
「おぉっと!? まったく嬉しくない信頼感が!?」
これにはジネットも苦笑を漏らすしかないようだ。
俺は片頭痛を訴えたいね。
「ですが、どうしてそのような話に……」
ジネットの言葉を遮るように、「バターン!」とドアが開け放たれ、……諸悪の根源が帰宅する。
「ケーキの、にゅうとうやー!」
「お前が原因かっ、ハム摩呂!?」
「はむまろ?」
無邪気な顔をこてんと左へ傾けて「ぉ?」みたいな声を漏らすハム摩呂。
「ほら! ハム摩呂が言ってるです! 『お兄ちゃんが乳頭ケーキを作る』って!」
「……『乳頭』といえば、それすなわち、『乳首』っ」
「キリッとした顔でなに言ってるんですか、マグダさん!? ダメですよ、女の子がそんなこと言っては!?」
「……しかし、『乳頭』といえば、それすなわち……せーのっ」
「「「ちく…………言えるかっ!」」」
ベルティーナとネフェリーとパーシーが思わず言いかけて、ギリギリのところで踏み留まった。
「も、もう! マグダったら……。へ、変なこと言わせようとしないでよねっ!」
「……変? え、ネフェリーのは、そんなに変なの?」
「変じゃないわよっ!? 失礼ね!」
「……では、証拠を」
「見せないわよっ!?」
「……ちっ」
「ヤシロ! ヤシロの影響でマグダがおかしくなっちゃったじゃないのよ!」
「俺のせいじゃねぇよ……」
マグダはもともと、十分過ぎるほど『素質』を持ってたんだよ。お前らが知らないだけだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!