「おっはよーございまーす!」
「おぁよーござまーす」
お、あのアホな声と舌ったらずな声は――予想通りバルバラとテレサだった。
「はぁ~、いい匂いだなぁ。シスターいますかー……って、なにやってんだ英雄?」
談話室に上がり込んできたバルバラが、ベルティーナの介助をする俺を見て目を丸くする。
「おはようございます、バルバラさん、テレサさん」
「おはようございます、シスター」
「おぁよーじゃます、しぅたー!」
ほぅ、バルバラのヤツ、挨拶が出来るようになったのか。
「実は、私が筋肉痛で動けないのでヤシロさんに食事の手助けをしていただいているんですよ」
「あぁ、筋肉痛な! とーちゃんとかーちゃんも今朝うんうん唸ってたよ。今日は畑仕事休むんだって」
残念。
敬語はまだまだ習得できていないようだ。
「バルバラさん、お食事はされたんですか?」
「ん? あぁ、いや。まだなんだけどさ」
ジネットの問いに、バルバラは頭を掻いて困った顔をした。
「かーちゃんが動けないから朝飯が作れないんだよなぁ。で、シスターなら何か食べる物持ってないかって思ってさ」
バルバラが言うには、運動会で食べたようなパンがあれば分けてもらえないかと相談しに来たのだそうだ。
こいつには、簡単な料理すら出来ないだろうからな。
だが、パン食い競争で提供したようなパンはまだ世に出回っていない。
教会にあったとしてもカッチカチの黒パンが精々だ。
「しまったよなぁ……こんなことなら、昨日の料理持って帰っときゃよかったぜ」
バルバラには、まだいざという時に頼れる人間の選択肢が少ない。
教会は、テレサを預かってくれたりする場所なので比較的頼みやすいと思ったのだろう。
「でしたら、ご一緒に召し上がっていかれますか。マグダさんたちがたくさん作ってくださいましたので」
ジネットが動かない体でにっこりと微笑む。
マグダや他の連中も特に異論はないようで、そうすればいいみたいな空気を出している。
「いいのか?」
「はい。シェリルさんたちの分は、あとで器にうつして持って帰ってあげてください」
時刻はまだまだ早朝だ。
トットやシェリルはまだ眠っている時間だろう。
テレサが早起きなのは、バルバラと朝の挨拶が絶対にしたいからなんだと、以前ベルティーナが教えてくれた。本人がそう言っていたらしい。
あと、朝の畑仕事に間に合う時間にバルバラを起こすのもテレサの大切な仕事なんだとか。……起こされてんじゃねぇよ、姉。
そんなわけで、テレサは朝に強いのだそうだ。
「んじゃあ、食わせてもらうか、テレサ?」
「うんー! 食うー!」
「こら、二人とも。『いただく』ですよ」
「……はい」
「ぁい!」
ベルティーナの指摘に素直に従うバルバラとテレサ。
「『いただく』もらうか」
「もらぅー!」
「そうではなくて……う~ん、難しいですね」
素っ頓狂なバルバラの解釈に、ベルティーナは苦笑を漏らす。
「バルバラ。『ご馳走になろうか』だ」
『ご相伴にあずかる』までは、こいつには荷が重いだろうと、当たり障りのない言葉を選んで教えてやる。
「『いただく』はどこ行ったんだよ? お前はバカなのか、英雄?」
「……飯食わさずに叩き出すぞ、このサル頭」
お前にだけはバカとか言われたくねぇわ。
『馬鹿』って字すら書けないバカのくせに。
「バルバラさん。ヤシロさんのおっしゃったとおりに言い直してください」
「は~い……え~っと、『ご馳走になろうか』テレサ」
「ごちしょーになぅます!」
うんうん。
自分でアレンジ出来る分、テレサの方が言葉遣いは理解していそうだ。
やっぱ、テレサの方が頭がいいんだな。現時点ですでに。
「では、召し上がってください。わたしたちは動けないので、こんな格好で失礼しますが」
「店長も筋肉痛なのか」
「はい、お恥ずかしながら」
ナタリアがバルバラとテレサの分の食事をよそいに向かう。
その間に、テレサはガキどもの輪の中に、バルバラはこちらの輪の中に入ってきた。
「店長とシスターが動けなくて、英雄はシスターの手伝いをしてんのか?」
ん?
何が言いたいんだ、こいつは?
「英雄は店長ばっかり贔屓にしてるから、店長が好きなのかと思ったのになぁ」
「「へっ!?」」
俺とジネットが揃って驚きの声を漏らす。
「けど見た感じ、シスターのことの方が好きそうだな」
「「ふぁっ!?」」
今度は俺とベルティーナが同じように声をあげた。
こいつ、なに言ってんの?
「アーシさ、実は昨日、『好き』って感情を知っちまってさ……へへ」
などと、耳まで真っ赤に染めながらも得意げな照れ笑いを見せるバルバラ。
いや、知ってるから。ここにいる全員がその瞬間見てたから。
「で、好きって、アレだろ? どんどん大きくなったら結婚するヤツだろ?」
とは限らんが、まぁ、広義的にはそんなもんかねぇ。
「かーちゃんととーちゃんも、好きがすごくすごく大きかったから結婚したんだ。昨日もな、とーちゃんが張り切り過ぎて肩が痛いって言ったら、かーちゃんが飯を――あ、ご飯を食べさせてあげてたんだ。今英雄がしてるみたいな感じで」
指差してそんなことを言われて、背中に謎の汗をかいた。
ベルティーナも「にゅっ」と変な声を漏らして、落ち着きをなくす。
ちらちらと視線が行ったり来たりしている。
「だからアレなんだろ? 英雄はシスターが好きで、いつか結婚するんだよな!? アーシ、そういうの、もう知ってんだ!」
どーだ!
と言わんばかりのドヤ顔で胸を張るバルバラ。
そうかそうか。
お前は『好き』を知って浮かれまくってるんだな。
覚えたての言葉が使いたくて仕方ない精神状態なわけだ。
だがな……
TPOを弁えろや。
「バルバラさん」
俺が箸を置いて、「さ~て、どう料理してやろうか」と考え始めた頃、筋肉痛で身動きが出来ないはずのベルティーナがすっくと立ち上がった。
「ことの真偽に関わらず、口に出すべき言葉かどうかを考えてから発言をしなさい――と、以前も教えましたよね?」
「……あっ」
思ったことはなんでも口にするバルバラ。
そうかい、俺らが知らないところですでに注意を受けていたのか。
にもかかわらず、バルバラはベルティーナの前で同じ轍を踏んだと。
まぁあれだな。
恋なんぞに浮ついた気持ちでハッピー全快暴走なんかした報いだな。
「……懺悔室へお越しください。朝食の前にお話いたしましょう」
「いや、あの……ご、ごめんなさ……」
「さぁ、早く」
「…………っ!?」
ベルティーナの見せる女神のような微笑みにバルバラが言葉を失う。
まぁしょうがない。ベルティーナの浮かべていた微笑みは、神々しさではなく禍々しいオーラを放つ破滅の女神の微笑みだったもんな。
空腹も筋肉痛も後回しで、バルバラを引き連れたベルティーナが談話室を出て行く。
こういう時は動くんだな、体。プロ意識か……照れくさ過ぎてこの場から逃げたか……
「さ、俺も飯食お~っと……」
ベルティーナが逃げたせいで、このいや~な空気を俺一人で背負わされる羽目になった。
いや、チラッと視線を向けると、ジネットもな~んか居心地の悪そうな顔をしていた。
……まったく、あのアホサル女。
TPOをしっかり叩き込んでもらってこい。
PTAじゃないぞ! TPOだぞ!
……ったく。
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