「ぁ、ぁのね」
思いきって言ってみる。
今日、みりぃがやりたいこと。
てんとうむしさんと一緒にやってみたかったこと。
「リンゴがね、食べたいの」
「リンゴ?」
「ぅん。ぁのね、前に森に行った時にね、食べた、でしょ? リンゴ……」
覚えてる、かな?
もう、忘れちゃった……かな?
「あれ美味かったよなぁ」
「ぅん!」
やったぁ。
覚えててくれた。
そのことが、すごく嬉しい。
「それでね、また、一緒にリンゴを食べたいの、二人で。……ダメ、かな?」
「ダメじゃねぇよ。一緒に食おうぜ」
「ぁの……その、ね…………また、二人で一つのリンゴを、かじ……って…………」
はぅっ!
恥ずかしい!
ち、違うんだよ?
別に、間接キ…………ぁ、ぁの、そういうことを目論んでるわけじゃなくてね?
今まで、やったことのない食べ方だったから、ちょっとドキドキして……でも、すごくおいしかった気がしてて……
実はあの後、一人で森に行った時に、同じようにリンゴを丸かじりしたことがあるんだけど…………あんまり、おいしくなかった。
おいしいはおいしいんだけど、普通、だった。
もう一度、あのおいしいリンゴを食べたい。
たぶん、それは……てんとうむしさんと一緒なら、食べられる気がするから。
「あの食べ方が気に入ったのか?」
「ぅ、ぅん……なんだか、悪いことしてるみたいで……ちょっと、どきどき、したの、ね?」
「頼むから、俺のせいで不良になんかならないでくれよ……いろんなヤツに怒られるから」
ぅふふ……じねっとさんやえすてらさんに怒られているてんとうむしさんを思い浮かべたら、なんだかおかしくなってきちゃった。
「……ぅ」
それは突然だった。
てんとうむしさんが頭を押さえて短くうめき声を漏らす。
「てんとうむしさん!?」
「……いや、大丈夫だ」
「でも……」
「ちょっと、怒りそうな連中のことを思い浮かべたら……な」
ぁ…………
現実を突きつけられた気分だった。
勝手に浮かれてたみりぃの隣で、てんとうむしさんは一所懸命戦ってたんだね……
「ごめん、なさい……なんだか、一人ではしゃいじゃって…………てんとうむしさん、今大変な時なのに」
「大丈夫だから、そんな顔すんな。な?」
てんとうむしさんの手が、みりぃの髪の毛をそっと撫でてくれる。
大きなてんとうむしの髪飾りが揺れる。
「絶対思い出すから。みんなのこと」
優しく、てんとうむしさんは言った。
それはたぶん、みりぃたち、周りにいるみんなのために。
「ぅん……絶対大丈夫だって……信じてる」
てんとうむしさんは、今、みりぃの名前が分からない。
このまま思い出せなければ……みりぃのことを、忘れ……ちゃう。
思わず、きゅって、手に力が入っちゃった。
そしたら――
「大丈夫だって」
――って、それだけ言って、きゅって……手を握り返してくれた。
それだけで、不思議と……大丈夫って思えた。
それから、森に着くまでみりぃたちは一言もしゃべらずに歩いた。
何もしゃべらなかったけど、……てんとうむしさんのこといっぱい考えてた。
森に着くと、てんとうむしさんは、やっぱり食虫植物に捕まっていた。
「くっそぉ、あいつめぇ! なんで俺ばっかり狙うんだよ!? 俺が何したってんだ!?」
「ぁのね……てんとうむしさん、歩く時にそばにある物触るクセ、あるから……」
「いや、だってよ。目の前にツタがあったら退けるだろ?」
「退けるとね、パクって食べられちゃうんだょ?」
「罠かっ!?」
「罠だよ!?」
え……気付いてなかったの?
そうやって捕食するんだよ。
「俺、生まれ変わったら食虫植物を食う生き物になるよ!」
「ぇっと……生まれ変わらなくても食べられる、ょ? 食べたい?」
「こんな気分の悪いもんはいらん!」
ぁう……てんとうむしさんが矛盾したことを……
くす……
でも、拗ねてるてんとうむしさん、ちょっとかわいい。
弟がいたら、こんな感じ、かな?
「あ~、頼りになる妹が出来たみたいな気分だ」
「むぅ……お姉ちゃんじゃないの?」
「俺の知り合いは、たいてい年齢が低い方がしっかりしている傾向にあるんだよ」
「ぅう……それは、確かにそうかも、だけど……」
まぐだちゃんとか、ぱーしーさんの妹のもりーちゃんとか、しっかり者なイメージだし。
逆に、……ぇっと、れじーなさんとかは……もうちょっとしっかりした方がいい……かも、ね? お部屋のお掃除とか。
「あれ……?」
みりぃにとっては歩き慣れた森の道。
てんとうむしさんは三回目。
けれど、異変に気が付いたのはてんとうむしさんの方が先だった。
「リンゴ……生ってないな」
「ぇ……」
リンゴの木が群生している、少し開けた場所――みりぃたちがリンゴの広場って呼んでいる場所に着いたんだけど……てんとうむしさんの言う通り、リンゴの木にリンゴは一つも生っていなかった。
「ぁ……」
「気候のせいか? たしか、去年の今頃は雨が降ってたもんな」
「そう……かも」
今年は雨が少ない。
オールブルームは変化の少ない気候だけど、その中でも微妙なバランスで食物の成長を助けていて、今年みたいに雨が少ないと不作になるってギルド長さんが言ってた。
けど……まさか一つも生ってないなんて…………ショック、だょ。
折角、てんとうむしさんと一緒に来られたのに……
あのリンゴを食べさせてあげられれば…………てんとうむしさん、みりぃのこと、思い出してくれると、思ったのになぁ……だって、あんなにおいしかったから…………
……ぁ。
目の前が暗くなっていく…………
てんとうむしさんを応援したかったのに……元気づけてあげたかったのに…………
やっぱり、みりぃって、なにをやっても…………ダメ、なのかな……
「よし、その挑戦、受けて立つ!」
「…………ぇ?」
突然、てんとうむしさんが何もない空間を指さして…………ぅうん、それってもしかして、『森』を指さしてる、の? そんな格好で大きな声を出す。
挑戦……って、なんだろう?
「人間とは、日々成長していくものだ。つまりこれは、『前回と同じもので満足するな』という森からの挑戦に違いない」
「森……からの?」
……おもしろい。
みりぃ、そんなこと考えたこともなかった。
てんとうむしさんって、どうしてそんな風に考えられるんだろう?
もし、てんとうむしさんみたいな考え方をして、てんとうむしさんと同じ目線で世界を見ることができたら……きっと、もっと、ずっと、鮮やかな景色が見えるんだろうな。
「ぅん。挑戦、受けて立つ」
また、てんとうむしさんの真似をして口にしてみる。
うふふ……少しだけ強くなれた気がする。
「それで、どうする、の?」
「探すんだ! リンゴ以上に美味いものを見つけ出して、それを二人で一緒に食えたらミッションクリアだ!」
「わぁ……たのしそうっ!」
まるで宝さがしみたいで、すごくわくわくする。
「それじゃあ、探しに行こっ」
「おう! どっちが先に見つけられるか、競争だ!」
「ぇっ!? 競争?」
そんなの聞いてない。
なのに、てんとうむしさんはもう走り出していた。
あぁ……ズルいょう!
「待って、てんとうむしさん!」
慌てて追いかけると…………
「はっはっはーっ! 追いつけるものなら追いついてみるぎゃぁぁあああああっ!?」
目の前で、てんとうむしさんが…………捕食された。
「くっそぉ! なんで俺ばっかりっ!?」
「だからね、……てんとうむしさん、あっちこっちの植物触るから……」
「……あの、助けてください…………お姉ちゃん」
「ぅん。任せて、弟ちゃん」
反省して「しゅん……」ってなってるてんとうむしさんは、やっぱりちょっとかわいい。
しょうがないなぁ、お姉ちゃんが助けてあげるね。……ぅふふ。
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