家に着くなり、「ほな、荷物置いてくるさかい、ちょっと待っとって」とレジーナは奥の私室へと入っていった。
そして。
「なんやのん、これー!?」
と、悲鳴を上げる。
あぁ。そういえば、ネフェリーたちが張り切って掃除してたっけな。
「じ、じじ、自分! ウチの私室入って、なにしたん!?」
飛び出してきたレジーナに掴みかかられるが、濡れ衣だ。
「俺は奥には入ってねぇよ。怖ぁ~い監視がいつも一緒だったからな」
と、エステラを指さしておく。
「安心していいよ、レジーナ。ヤシロがここに来る時は常にボクが一緒だったから」
「え、……ほな、奥のアレは、領主はんの仕業かいな?」
「ボクも奥へは行ってないんだ。ここでヤシロを見張る役目を担っていたからね」
「ほなら………………ニワトリはんやな!?」
大正解。
「ネフェリーを筆頭にロレッタやデリアたちが掃除してたぞ」
「マグダやナタリアもね」
「あと、イメルダがお前に言いたいことをリストアップしてたっけ?」
「あぁ……なんや、箇条書きの『ここを直せ!』みたいな紙が壁に掲げられとったわ……」
「けど、ミリィもいたから、変なことにはなってないだろ?」
「なんでそんな総出でウチの家来てんねんな……?」
「ボクも奥は見てないんだよね。ちょっと見てきていい?」
「えぇけど……ウチの趣味やないからな?」
レジーナが釘を刺したということは、相当ファンシーな仕上がりになっているのだろう。
実際、エステラが入っていった奥の私室から「うわぁ……」というエステラの素直な声が聞こえてきた。
「俺も見てきていいか?」
「自分はアカン」
「なんでだよ?」
「…………におい、残ったらイヤやもん。……いろいろ思い出してまうし」
……ぐっ。
そうかよ……
つか、もじもじすんのやめてくんない?
「いや~、アレはすごいね。意図は分かるし、すごく可愛い仕上がりだとは思うけど……あそこに住むとなると、ちょっと考えちゃうかも」
エステラをして「ないわー」判定が下った『すごく可愛い』らしい部屋。
ネフェリーの趣味全開なんだろうな。
ネフェリーなら、黒電話にレースのついたピンクのカバーとかつけてても不思議じゃないし。
まず黒電話がないんだけど。
「ぬいぐるみがいっぱいあったね」
「丹精込めてくれはったんやろうけど……あれ、どないしよ?」
ぬいぐるみは場所を取るからなぁ。
自分が気に入って手に入れた物ならともかく、思い入れのないぬいぐるみは結構対処に困る。
教会のガキにでもプレゼントしてやったらどうだ?
「あとさ、ヤシロ。レジーナのタンスの封印なんだけど……」
「なんだよ? 俺は封印破ってないぞ?」
「いや、ネフェリーが封印を破って、ナタリア式トラップを仕込んで再封印してたよね?」
エステラの言う通りだ。
タンスの中が整理されてるわけがないとレジーナの封を開け、ナタリア式の新たな封印がなされた。
「その封が、今はこーゆー物に変わってるんだけど」
と、エステラが広げてみせたのは、もこもこと可愛らしい羊のイラストが描かれた紙だった。
「……ウクリネス」
「確認してないから分からないけれど……たぶん、見たことない下着がいっぱい入ってると思うよ、レジーナ」
「ヒツジの服屋はん……どんだけウチにふりふり着させたいねんな……」
ウクリネスの執念を感じる。
……つか、あいつ、鍵はどうしたんだよ?
俺かエステラに話を通さないと入れないはずなのに。
「エステラ……」
「え? あぁ、うん。あの後、ネフェリーたちが掃除しに行きたいって言ってたから鍵を貸し出したよ」
「……そん時だな」
「領主はん……頼むわ、ホンマ」
「いや、だって、みんな悪意はないからさ……」
「悪意はなくても……キッツいでぇ?」
「それは……うん。ごめん。責任持ってボクがみんなに言っておくよ。あと、ぬいぐるみの対処もボクがするね」
本人のいないところで盛大に盛り上がってしまったのだろうが、プライベートスペースは本人が一番くつろげる状態にしておきたいもんだからな。
良かれと思っての暴走。よくあることだ。
「ま、怒ってるわけやないから、そのへんはえぇ感じに言うといてな?」
「もちろんだよ」
「勝手なことしやがって! 迷惑だ!」という感情ではなく、「住みにくいから元に戻すぞ」という思いだ。
……まぁ、レジーナの場合、多少強引にでも部屋のチェックをして定期的にお掃除隊を送り込むくらいする必要はあるだろうけどな。
「店舗が手付かずやったから、完全に油断しとったわ……」
「こっちは、みんな怖くて手が出せなかったんだろうね。よく分からない薬品が多いから」
昨夜は、店舗部分までしか入らなかったからなぁ。
「あ、よかった! ほこりちゃん、無事やん!」
レジーナが店舗の隅へ駆け寄っていく。
「……ほこりちゃん?」
「レジーナの親友だ」
ひょいっと、大きく成長した綿埃をつまみ上げるレジーナ。
「ただいまやで~、ほこりちゃ~ん」
「レジーナ……医者に診てもらった方がいいよ」
「残念だな、エステラ。四十二区にはレジーナよりも医学に精通した者はいないんだ」
故に、レジーナの病は誰にも治せないのだ。
仮に伝説の名医がこの街にいたとしても不可能だろうがな!
「ほんで、ウチの名前を何に使う気なん?」
ほこりちゃんを元の位置に戻し――いや、掃除しろよ。戻すな戻すな――レジーナが真剣な表情を向ける。
えぇい、くそぅ。真面目な表情のせいで直前の奇行をツッコミにくい!
「説得力が欲しい。そして、バオクリエアを黙らせたい」
第二王子派のワイルが四十二区へやって来た。
第二王子派は、一応レジーナ寄りの派閥ではある。だが、完全にレジーナと同じ思想というわけではない。
そして、第二王子派の中には第一王子派と内通している者がいる。
なので、レジーナがオールブルームにいることは、第一王子派にも知られているだろう。
四十二区というピンポイントにまで絞れているかどうかは分からないが、この国にいることまでは確実に把握されている。
だからこそ、その名前を使って牽制することが出来る。
「連中の作戦はすべて筒抜けだと知らしめてやり、エングリンドが全力でその目論見をぶっ潰すと宣言すれば、下手なことは出来なくなるだろう」
オールブルームとバオクリエアは遠く離れた国だ。
移動距離から考察すれば、北海道の最北端から九州最南端か、沖縄くらいの距離はあると思われる。
それだけの距離を越えて工作するのはなかなか難しいものがある。
特に、バオクリエアは先んじている技術力を最大の強みとしている国だ。
自分たちの最高峰よりも進んだ技術と豊富な知識を持つ人物がこちら側にいるとなれば、攻撃の手を緩めざるを得ない。
中途半端なちょっかいは盛大に迎撃され、その分バオクリエアからの侵略意思の証拠として逐一記録されることとなる。
うまい具合に「GYウィルスはエングリンドの手によって無効化された」という情報がバオクリエアまで届いてくれれば、同じ手で攻めてくることはなくなるだろう。
それは、GYウィルスを名実共に封じることになる。
何より、エングリンドには逆らえない貴族連中もいるんじゃないか?
いろいろと裏を知っているであろうレジーナ。それを敵に回せば我が身を亡ぼすと、危機感を抱くヤツも少なからずいることだろう。
「その気になれば、自派閥から爪弾きにされてしまいそうな秘密を暴露することも出来る――なんて相手が何人かいるんじゃないか?」
「せやねぇ。下っ端の弱小貴族まではよぅ分からへんけど……そこそこの重鎮やったら、いくつか握っとるなぁ。社会的に殺せるような猛毒を」
その事実を、当人だけが知っていればそれで十分だ。
下っ端が「攻めろ」と気勢を上げても、上から力で抑え付けてくれる。
誰しも、自分の身が一番可愛いもんだからな。
「あとは、俺が仕込んだ毒が効いてくれば、バオクリエアは当分身動きが取れなくなるだろうよ」
俺はバオクリエアに対する影響力を持っていない。
だが、バオクリエアの内部を引っ掻き回す術なら持っている。
「……自分、もうすでになんかしたんかぃな?」
「まぁ、ちょっとな」
「え、いつの間に? ボク、聞いてないけど?」
「いや、話したはずだぞ」
俺は、やろうとしていることはみんなエステラに話している。
ただ、その行動がどこに、どのように作用するかまでは話していないけどな。
「まぁ、えぇわ。バオクリエアが勢いついとる原因の一端はウチにもあるさかいな」
GYウィルスの基礎を作ってしまった過去。
悪用された被害者であろうと、レジーナはそれをずっと悔やんでいる。
それを潰せるなら、自分の名を使うくらいは厭わない。
そんな強い意志が見え隠れする瞳をしている。
「自分のやりたいように、盛大にやったってんか」
「おう。それともう一つ」
レジーナなら、うまい具合に出来るんじゃないかな~ってことがあるんだよなぁ。
「お前さ、MプラントとGYウィルス、作れねぇ?」
「……はぁ?」
レジーナが盛大に呆れた顔をし、俺は満面の笑みを浮かべた。
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