異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

後日譚31 愛のパワー -3-

公開日時: 2021年3月7日(日) 20:01
文字数:4,300

「ちょっと待ったぁっ!」

 

 高らかに、バブル期の日本を思い出させるようなセリフが響き渡る。

 その声に聞き覚えのある俺とジネットは互いに顔を見合わせる。

 そしてもう一人、その声に反応を示したのは……

 

「あ……あぁ…………あの声は……」

 

 太っていた時は肉に埋もれて細かった目を大きく見開いて、少女のような無垢な恥じらいを滲ませているシラハ……

 そう、この声は。

 

「…………オルキオしゃんっ!」

「シラぴょんっ!」

 

 オルキオが花園に駆け込んでくる。

 見ている者をハラハラさせながら、ジジイが全速力で大地を蹴る。

 一方のシラハは、脳内の妄想が具現化したかのように、スローモーションで全身にキラキラと光を反射させてそれを迎える。

 

 両腕を広げて接近するジジイとババア。

 

「あの勢いでぶつかったら、シワとシワが噛み合って離れなくなりそうだな」

「そんなことないですよ!? 感動的な再会のシーンですよっ!?」

 

 それはない。感動的ではないだろう、ジネット。

 

 感極まって抱き合うのか……と思いきや、オルキオとシラハはそうなる前に立ち止まり、互いをジッと見つめ合った。

 

「あぁ、あなた…………本当に、本当にあなたなのね……」

「あぁ、僕だよ…………会いたかった」

「私もよ…………ずっと、会いたかった……」

「君は、ちっとも変わらないね……」

「そんなこと……」

 

 ないな。うん、ないよ。

 だってこの数日で物凄い激変してるもん。

 

「あ、あの、ごめん。ちょっと待ってくれるかな。えっと……どうしてオルキオがここに?」

 

 二人きりの世界に浸るオルキオとシラハだったが、エステラがそんな二人に待ったをかける。

 随分と驚いた表情をしている。

 そりゃそうだ。

 オルキオとシラハを会わせるのは、今日の話し合いの後改めて日取りを決めてということになっていた。

 それが、話し合いの前に姿を現したのだ。驚きもする。

 

「すみません、領主様。ヤシロ君から話を聞き、手筈は知っていたのですが……」

 

 俺の話を聞いて、そして俺たちが今日シラハに会うと知って、会いたい気持ちが抑えられなくなったとでも言うのだろうか。

 何十年も手紙のやり取りだけで、会うことをずっと我慢していたオルキオが……

 

「ヤシロ君は可愛い娘にすぐ手を出すと評判だったから……」

「俺、信用されてねぇな!?」

 

 誰だ、そんな出鱈目を吹聴して回ってるヤツは!? どこの薬剤師だ!?

 

「ヤキモチを……妬いてくれたの?」

「え? あ、いや……その…………年甲斐もなく……恥ずかしいな」

「ううん……そんなことない。嬉しいわ、私。私のことを心配してくれて」

「心配するさ。だって、君の素晴らしさを、僕が一番よく知っているからね」

「まぁ……」

「ジネット……バケツないか?」

「吐くんですか!? 感動的なシーンですよっ!?」

 

 えぇ……感動する場面か、ここ?

 胃から酸っぱいものが込み上げてきてるんだが。

 

 ジジババが向かい合ってイチャコライチャコラ…………全世界がドン引きする光景だ。全米が泣くどころの騒ぎじゃねぇぞ。

 と、周りを見渡してみると…………なんでだろう。俺以外の全員が涙を流していた。

 

 ん?

 いや、一人だけ、眉間にシワを寄せて嫌そうな顔をしているヤツがいた。

 

「ニッカ! 仲間だなっ!」

「一緒にするなデスヨ!」

「泣けないよな!?」

「な、泣きそうだから堪えているデスヨッ!?」

 

 はぁ!?

 お前は、こっち側の、心がカッサカサに乾いたチームの人間だろう!? そうなんだろう!?

 

「ニッカ。そなた、この場面を見て感動しているのか?」

「うっ!? ……そ、それは…………」

 

 ルシアの指摘に、ニッカが顔を逸らす。

 

「……カタクチイワシ、これのためにわざとワタシに声をかけたデスカ? …………侮りがたい男デスネ」

 

 いや、俺は純粋に仲間が欲しかっただけなのだが…………

 

「あなた……、ちっとも変ってないわ。あの頃のまんま。ううん。あの頃より、ずっと素敵よ」

「君こそ変わらないよ。まるで十六歳のまま時が止まってしまったようだ」

「『精霊の……』」

「ダメですよ、ヤシロさん!? 気持ち! 気持ちですから! オルキオさんは、それくらい愛おしいということを伝えたいのだと思いますっ!」

 

 まっすぐ伸ばした腕をジネットに押さえつけられた。

 くそ……なんか、アウェーだ。

 

「恥ずかしいけれど、久しぶりだから声に出して言わせておくれ……愛しているよ」

「わ…………私もよ…………オルキオしゃん」

「……シラぴょん」

「誰かっ! 鈍器を頼むっ!」

「ダメですって、ヤシロさん!? 今、物凄くいい場面ですから!」

 

『シラぴょん』『オルキオしゃん』のどこがいい場面だ!?

 ツッコミ待ちだろう、あんなもん! どう考えったって!

 

 えぇい、くそ! なぜだ!?

 なんでこんなふざけきった場面なのに、俺以外のヤツはみんなちょっと感動してるんだ!?

 ミリィなんか、真っ赤な顔をしながらも瞳をうるうるさせちゃってるしっ!

 恋に恋する女の子みたいな目で眺めるシーンじゃないだろう、これ!?

 

「ニッカよ。よく見るのだ、あの二人を」

 

 ルシアが指さす先で、オルキオとシラハがゆっくりと腕を伸ばし、互いの体を寄せ合う。

 抱き合うジジイとババア。その瞬間、祝福交じりのため息が辺り一面から漏れ出す。

 

 ……うわぁ。

 花園中の人間がシラハたちをうっとりした目で見てやがる……え、俺の感性がおかしいの?

 

「こぅっ…………こ、これが…………シラ…………くっ!」

 

 何かを言いかけて、声を詰まらせ、ルシアは目頭を押さえて空を仰ぎ見る。

 

「…………カタクチイワシ。あとは頼む」

「えぇ…………」

 

 泣くほどのことか?

『シラぴょん』と『オルキオしゃん』がシワとシワを噛み合わせて連結されてるだけだぞ?

 あの二人を引き離したら、マジックテープみたいに「ビリビリバリッ」って音するんじゃね?

 

 けどまぁ、ニッカを説得しなきゃならんことは確かだな。

 ルシアに託された役割を全うしてやるか。

 

 俺は気持ちを切り替え、ニッカの説得にかかる。

 

「ニッカ。見えるか、あの二人が」

「み、見えているデス…………というか、当たり前デスネ。これだけ近くにいるデスカラ……」

 

 そうじゃねぇよ。

 きちんと向き合えているかってことだ。

 だが、そういう言い回しをするってことは、もう認めちまってるんだろ?

 

 二人が愛し合っているって。

 この二人の結婚は間違いではなかったって。

 

「確かに、人間のしたことでシラハは触角を失い、傷付いた。だが、それでシラハがオルキオを恨んだことなんか一度もないんだ。証拠なんかいらねぇよな? 見りゃ分かるだろう」

「……確かに……そのようデス、ネ」

「お前たちのやってきたことが間違いだったかどうか、それは分からん。お前たちにはお前たちの考えがあり、お前たちなりの正義があるんだろう。だが……」

 

 再会し、タガが外れたように互いの温もりを確かめ合うオルキオとシラハ。

 今この瞬間、この街において、こいつらよりも幸せなカップルはそういないだろう。

 それほどまでに、幸せ満開な笑顔を浮かべる二人を見つめて、俺は言う。

 

「こいつらが幸せかどうかは、こいつらに決めさせてやれよ。もうそろそろさ」

 

 周りの人間が『可哀想だから』とか『傷付いたに違いない』とか、そういう決めつけはもうやめにしてよ、本人の気持ちをきちんと聞いてやれよ。

 種族が違うとか、過去がどうとか、習わしがどうとか……そんなもん、あの二人の笑顔を見たら、すげぇ小さいことだって分かるだろう。

 

「人間でも、虫人族でも、そんなもん関係ないんだ。シラハはオルキオが好きで、オルキオはシラハが好きなんだ」

 

 あいつらは、お互いがお互いを、その人個人を好きになったんだ。たまたま人種が違っただけでな。

 それって別に、普通のことだろ?

 

「お前たちがシラハを大切に思っていることは知っている。だからこそ、お前たちに頼みたい」

 

 グラグラと揺れているであろうニッカの心を一気にこちらに傾けるべく、俺は誠心誠意、心を込めてお願いする。

 

「あの二人を、一緒にいさせてやってくんねぇか?」

 

 あの二人の心を代弁する形でな。

 

「…………ワタシ一人の意見では、決めかねるデス。話し合いが必要デス」

 

 顔を背け、素っ気ない口ぶりで吐き捨てる。

 だが、一度ゆっくり羽がはためき、花園の花を揺らすのと同時にニッカはもう一言呟いた。

 

「……でもたぶん、みんな快諾すると思うデスケド」

 

 この二人を見せられて、反対できる人なんかいない。

 ニッカの悔しそうな照れ笑いは、そう物語っているようだった。

 

 本当は、もっと前から気が付いていたのかもしれない。

 たまに来る手紙を心待ちにしているシラハを見ていたのだから。

 

 だが、長年そうだと信じ、それが正しいと続けてきたことをひっくり返すのは難しい。

 物でも心でも、動かすためには最初にすごく力が必要になる。

 だが、一度動き始めればあとは一気に行くところまで行ってしまうものなのだ。

 

 シラハたちを取り巻く悪意なき足枷は、きっと取り払われることだろう。

 

 そして、人間と虫人族の軋轢の象徴に祭り上げられていたシラハが変われば、三十五区内に蔓延る目に見えない劣等感や敵対心も払拭されるかもしれない。

 少なくとも、大きな変化が起こるだろう。

 

 そうなれば、あとはルシアがなんとかしてくれる。

 ずっとそうしたくて、そうなるように働きかけ続けていたのだ。この機会を逃しはしないだろう。

 

「カタクチイワシ」

 

 俺の考えを肯定するかのように、凛々しい表情を見せるルシア。

 言葉もなく、右手が差し出される。

 握手かと思い俺も手を差し出したのだが……ルシアの手に花のカップが持たれていることに気が付いた。……なんだ?

 

「それで、まだ全身に浴びたいか? シラハの飲み残し」

「だから、浴びたいなんて一回も言ってねぇだろうってっ!?」

 

 感涙に目尻を濡らしながら何言ってんの、こいつ!?

 そして、花園中から注がれる「うわぁ……あの人最低……」みたいな眼差し。

 風評被害が留まることを知らねぇな、この街は!?

 

 再会したオルキオとシラハは、とても長い時間抱き合っていた。

 これまで離れていた分を取り戻すように。

 そして――

 

 

 ――もう二度と離れ離れにならないように。

 

 

 アゲハチョウ人族たちの説得はまだだが、……この二人を引き裂くのは、きっともう、どんなヤツにも不可能だろう。

 

 シラハの住む三十五区とオルキオの住む四十二区。それぞれの領主が居合わせていることもあり、その場でサクサクっと話をまとめ――二人は一緒に暮らすべきだと、俺たちは満場一致で結論づけた。

 新居等々はあとで決めるということにして、この二人を一緒にいさせる方向で話を進めることになった。

 

 

 手始めに、シラハの屋敷にいるアゲハチョウ人族を説得し、俺たちは虫人族たちの根底に巣食う固定概念をひっくり返すために動き出した。

 

 

 

 

 

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