光に照らされた細道をイメルダと二人で歩く。
「綺麗ですわね……」
呟くように言葉を落とすイメルダ。
コントラストのくっきりした光と闇の世界の中で、イメルダの整った顔が一層芸術性を帯びる。神秘的ですらある横顔を見て、少々の違和感を覚える。普段のわがままっぷりとのギャップが大きいからだろうな。
「ワタクシ、この道を、こうやって歩いてみたかったんですの」
俺へと振り返り、ふわりと柔らかい笑みを向けてくる。
普段からそうしていてくれれば、非の打ち所のない美女と誰憚ることなく言えるんだがなぁ。
「なんですの? おかしな顔をして」
「この顔は生まれつきだ」
俺の顔を覗き込んでくるイメルダに、少しだけ照れてしまった。
だってそうだろう。顔だけで言えば、一つの区の男たちがこぞって夢中になるような美人なのだ。そりゃあ破壊力がハンパねぇよ。それも、こんな雰囲気のいい夜道で、二人きりで……おまけにこいつは俺を頼りとしているとくれば…………多少は意識するっつうの。多少だけどな。
「おかしな人ですわね」
俺の反応がおかしかったのか、イメルダはくすくすと笑いを零す。
「あなたの顔は、割と見られましてよ?」
首を傾け、横目で見上げてくるような見つめ方をする。
年上のお姉さんに諭されているような、そんな気分になる。
「このワタクシがそう言うのだから自信をお持ちなさい」とでも言いたげだ。……ふん。反応に困るからそういうのやめてほしい。
「きゃっ!?」
突然、イメルダが悲鳴を上げ俺に飛びついてきた。
ちょっ! ちょちょちょちょ直径10ミリっ! ……いや、なんの話だ。いかん、ちょっとテンパった。いや、テンパってる。
なんだ!? なんで急に!?
なんの意思表示だ!? え、ここで!?
「……む、虫がっ!」
「……むし?」
「虫ですわ! 今、耳元で『ブーン』って!」
………………は、はは。
そりゃ、虫くらいいるだろうよ。
都会っ子か……
「ここいらにいる虫より、男に抱きつく方が危険だと思うが?」
「へ?」
俺が、親切にも現在の状況を教えてやったことにより、イメルダは己の軽率な行いを自覚したらしい。
電熱線が熱を上げるようにじんわりと顔を赤く染めていく。
「こっ、こ、ここ、これはっ……………………盾、ですわっ!」
「誰が盾だ、こら」
恥ずかしくて飛び退きたい思いと、虫が怖くて離れたくない思いが交錯しているのだろう……イメルダは、なんだかおもしろい動きを繰り返している。
「ふ、二人きりなのだから、別に照れる必要などありませんわね。ヤシロさん、ワタクシを守りなさいな」
「いやいやいや……」
俺はお前んとこの兵士でもないし、二人きりだからこそ照れて軽率な行動は控えてほしいのだが。
小生意気な口を利いて少し落ち着いたのか、イメルダはゆっくりと俺から体を離した。
だが、手だけはしっかりと繋がれている。……おい、女子。もうちょっと恥じらいをだな……
「あの…………手だけ…………よろしくて?」
…………なんだよ。マジで怖いのかよ。
しょうがねぇなぁ。
「ヘイヘイ。お守りいたしましょう、お嬢様」
「よろしい。いい心がけですわ」
尊大な言葉とは裏腹に、遠慮がちに俺の手を掴むイメルダ。その手の感触に、なんとなく、小さな女の子のお守を任されたような、そんな気分になっていた。
「見てくださいまし。この綺麗な光の道を……」
蓄積された光を発するレンガが並ぶ、ライトアップされた道。
遠くまで延びるその道は闇夜に浮かんでいるようで、もし、天の川を歩けるのであればこんな感じかもしれないなと思わせるような幻想的な光景だった。
「不思議ですわ…………」
普段はわがまま放題なお嬢様が、こういう美しい光景を目の当たりにして、自分の中に芽生えた新たな感情に戸惑う、なんてことはよくある。
こいつもきっと……
「どうやって光っているのでしょうね」
「教えたろ!?」
びっくりした。
木こりギルドの支部を今の場所にするために、俺は懸命にこいつに、今目の前にいるこの女に、他ならぬイメルダ本人にプレゼンを繰り返してきた。
当然、この光の道のことも、その要となる光のレンガのこともきちんと説明をした。
それら一切を、こいつはまったく理解していなかったのか!?
「まぁ、綺麗なら原理などどうであっても構いませんわ」
マジか……こいつ、マジなのか…………
「お前が俺の話を聞いてないってのが、よぉく分かったよ」
「あら。聞いていますわよ? 新作ケーキのレアチーズケーキというのが美味しいとか、ベッコさんにまた面白い物を作らせているとか」
「……そこら辺はお前には話してねぇよな? なんで知ってんだ?」
今はまだ実施前でどこにも公表していない企業秘密を……
「おほほ。ワタクシを誰だと思っているのです? ワタクシですわよ?」
世の中に、これほど情報量の少ない文章もそうそうないだろう。
「ベッコさんから伺いましたの」
「よし分かった。あいつにはきつ~いお仕置きが必要だな。情報提供ありがとう」
今度、「あぁ、これはさすがに要求される技術が高過ぎて頼むのは酷かなぁ?」って遠慮してた仕事を無料でやらせてやる。企業秘密の漏洩は厳罰に処されるべきなのだ。
「見えましたわよ、ワタクシの新居が」
夜の闇の中に浮かび上がる木こりギルド四十二区支部。その中央に位置する豪奢な建物。
これがイメルダの新居だ。
イメルダと、家族が来た時用の部屋、客室、そして非常に近しい一部の給仕が住まう部屋がある。他の者たちは離れた場所にある寮で暮らすようだ。
だが、イメルダの家族――要するにギルド長のスチュアート・ハビエルは四十区で仕事があり滅多にこちらへは来ないだろうし、来客もそうそうないだろう。
つまり、基本的にイメルダが一人で住むための屋敷なのだ。
……なんつう贅沢な独り暮らしだ。ワンルームでいいだろうが。
今回はそれが仇となったわけだ。
「素敵な屋敷でしょう?」
「ホント。ウーマロ、頑張ったなぁ」
「ワタクシも設計に参加したんですのよ?」
「横から茶々入れられて苦労したって言ってたぞ」
「その甲斐あって、美しい建物になりましたわ!」
美しさにこだわるお嬢様の口出しは、相当なプレッシャーだったろうな。
ウーマロ。今度ご飯大盛りにしてやるよ。せめてもの労いだ。
「でも、あれですわね」
「ん?」
光るレンガが要所要所に設置され、美しい建物を照らしている。
浮世離れした雰囲気を醸し出す屋敷を見上げて、イメルダが呟く。
「こうしてライトアップされた姿を見ると、なんだか……」
なんだか……
「…………怖いですわね」
まさに。俺も今そう思っていたところだ。
下方からのライトに照らされ、不気味な影を浮かび上がらせている。
顔の下から懐中電灯を照らした時のような不気味さと言えば分かりやすいだろうか。
とにかく、なんだか、「ドォォォォ…………ン」みたいな雰囲気なのだ。
しかも人の気配がまるでないから廃墟のようにも見えるし……
マジ、怖い……
「じゃ、俺、帰るな」
「ダメですわよ!? 今日は絶対帰しませんわっ!」
「うら若い乙女がはしたないセリフを口にするんじゃない!」
「はしたなかろうと、倫理に反しようと、今日は絶対帰しませんわ!」
割と全力で腕を振り解こうとしたのだが、敵もさる者、ここで見捨てられると人生が終わるという確信があるのだろう、俺の全力以上の凄まじい力で腕にしがみついてくる。
この細い腕のどこにそんな力が秘められているのか……こんな細い腕の…………ぽよん……あ、柔らかい。
両腕で俺の腕をギュッと抱きしめるイメルダ。当然、俺の腕には胸元の大きな膨らみが惜しげもなく押し当てられて……俺は、無条件降伏を決めた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!