異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加25話 食べて走って跳んで照れるシスター -4-

公開日時: 2021年3月30日(火) 20:01
文字数:3,496

「何をする気だい?」

「デモンストレーションさ。さすがに、プレ大会にパンを持ち出すわけにもいかないからな」

 

 と、出し惜しみしておけば、「あたいもパン食いたかったのにぃ! くっそぉ、本番は絶対参加してやるぅ!」って気持ちになるだろ。

 ……おっと、いかんいかん。ついついデリアを思い浮かべてしまった。言いそうなのと、是非とも本番に参加してほしいという俺の希望から。

 

「パンを食べるのですか?」

 

 エステラとの会話に、ベルティーナが引き寄せられるように参加してくる。

 ……お前、まだ食い足りないのかよ。

 

「ヤシロさん。私……パンとメロンパンは別腹だと思うんです」

「間違いなく同じところに入ってるよ」

 

 要するに、メロンパンばっかり食っていたけれど、そろそろ他のパンも食べたくなってきたのだろう。

 もう、好きなだけ食えよ……………………いや、待てよ。

 

「なぁ、ベルティーナ。『パン食い競争』って興味ないか?」

「あります! 興味深いです!」

「これから、妹たちにデモンストレーションしてもらうつもりなんだが、その妹たちにやり方を教えるために、ちょ~っと協力してくれないか?」

「はい。私に出来ることでしたら」

 

 よし! 釣れた!

 さすが『パン』と『子供たち』だ。ベルティーナがすごく協力的だ。

 

「まぁ、難しいことじゃない。『こうやるんですよ~』って感じでお手本を見せてやってほしいんだ」

「ですが、私は未経験ですよ? 上手に出来るでしょうか?」

「うまくやる必要なんかないさ。楽しそうにやってくれれば、妹たちはきっと喜ぶからよ」

「そういうことでしたら、私にもなんとか出来そうですね」

 

 子供たちとの楽しい時間を想像して、ベルティーナが穏やかに微笑む。

 ま、一番楽しむのは、俺だろうがな!

 ………………いや、待て。ここで俺が羽目を外すとプログラムから外される危険があるな。そう、今俺の隣にいる『ミス・揺れない』のエステラに!

 

 ……それを気付かせないために年少の妹にやらせようとしているんだ…………ベルティーナの『揺れ』はひじょ~~~~~に見てみたいが……今は一時の辛抱だ。

 近く訪れるゆっさゆっさパラダイスのために……涙を呑んでっ!

 

「デ、デモンストレーションだから、そ、そのままの、格好で…………(本当は薄いTシャツに着替えてほしいけれどもっ!)……か、かる~くやってくれれば、い、いいから……っ」

「どうしてそんな血を吐きそうな顔をしているんだい、君は?」

 

 黙れエステラ!

 貴様がそこで目を光らせているからだろうが!

 

「シスター。運動をするのでしたら、髪を縛った方がいいですよ?」

 

 粉だらけの手を拭きつつ、ジネットがベルティーナの背後に近付く。

 そして、キラキラ光を反射する美しい銀髪をそっと束ねて紐で縛る。

 器用なもので、あっという間に綺麗なポニーテールが出来上がった。

 

 え~ん……体操服着てほしいよぉ~……絶対似合うのに~…………っ!

 

「だ、大丈夫だ、ジネット……そ、そんなに、激しい運動を、する、つもりは…………ない、から……っ!」

「どうしてそんな血の涙を流しそうな顔をしているんだい、君は?」

 

 ヤバイ……

 これ以上は危険だ。エステラに勘付かれる。

 

 今だけ!

 今だけ我慢だ、俺!

 

「ジネットも一緒にやりますか?」

「いえ。わたしはパンの仕込みがありますから」

 

 運動よりも料理に夢中。

 なんともジネットらしい。

 

「じゃあ、ウーマロ。ちょこちょこ~っと準備をしてくれ」

「せめて何を作るかくらい指示してほしいッス!? 丸投げはさすがに無理ッスよ!?」

 

 アンパンを片手にお好み焼きを食うウーマロが目を剥いて叫ぶ。

 ……お前、どんだけ炭水化物好きなんだよ。

 ………………あ、俺が食わせたのか。

 

 で、ちょちょ~っと簡易的な『パン食い競争のコース』をパン屋の前に作った。

 道に直線を引いて20メートル程度の短いレーンを3コース作り、その途中に高さ2.5メートルほどの木の枠を立てた。木の枠の上部から紐を垂らしてそこにパンをぶら下げる。

 お馴染み、パン食い競争のコースだ。

 

「おにーちゃーん! 呼んできたー!」

「よばれた~!」

「だいばってき~!」

「弟妹カースト上位者には逆らえぬ感じ~!」

 

 カースト制なの、お前ん家?

 

 わらわらと寄ってきた妹たちが、設置されたパン食い競争のコースを見て大きな目をキラキラ輝かせる。

 

「それじゃあ、ベルティーナ。こいつらにお手本を見せてやってくれ」

「その前に、ヤシロさんがお手本を……」

「大丈夫だよ。簡単だから」

 

 不安そうなベルティーナに、すごく簡単なルールを伝える。

 走っていって、ぶら下がっているパンを、手を使わずに取って、ゴールする。それだけだ。

 

「なんだか簡単そうで安心しました」

 

 ほっとした表情を見せ、ベルティーナはスタート地点に立つ。

 

「シスター、頑張ってくださ~い!」

 

 カウンターの向こうから、ジネットが声援を飛ばす。

 運動よりも料理が勝ったジネットだが、その料理よりもベルティーナが勝ったようだ。

 きっとそのうち我慢できずに出てくるな、これは。

 

「ヤシロさ~ん! 準備できましたぁ~!」

 

 スタート地点に立ち、ベルティーナが手を高く上げて振る。

 俺? 俺はもちろんゴール地点にいますけど?

 

 たとえ衣服に隠れていようとも、微かにでも揺れが観測できるのであれば、俺はその一瞬を無駄にしないっ!

 

「じゃあ、怪我だけしないように気を付けてなぁ~!」

「は~い! ありがとうございますぅ!」

 

 20メートルほどの距離でやりとりをして、俺は手を掲げる。

 

「位置について、よぉ~い…………スタート!」

 

 手を振り下ろすと同時に、ベルティーナが走り出した。

 …………走……っては、いないな。

 速度で言えば、台所で料理している時に電話が鳴って「はいはい、今出ますよ~」って手を拭きながら電話のもとへ小走りで移動する、ちょうどそのくらいだ。

 

 両肘を軽く曲げ、軽く握った拳を胸の横にキープするような感じで振りながら、弾むように駆けてくる。

 女の子走りとか言われる走り方だな。

 

「シスターなら、あっという間に食べきってゴールするだろうね」

 

 俺の隣でベルティーナの勇士(?)を見守るエステラ。

 シスター服のおかげか、胸の揺れには気が付いていない様子だ。

 

「食べきる必要はねぇんだよ。咥えてゴールするんだ」

「……行儀悪いね」

「終わってからゆっくり食う方が行儀いいだろうが。それに、ちゃんと味わえるしな」

「まぁ、慌てて食べてノドを詰まらせたりしたら大変だし、その方がいいかもね」

 

 いいかもねじゃなくて、そういう競技なんだよ。

 

 とかなんとか言っているうちに、ベルティーナがようやくパンのもとへとたどり着く。

 そして、つむじくらいの高さにぶら下がっているパンを咥えようと背伸びをする。

 が、届かない。

 仕方なくジャンプするも……ギリギリ届かない。

 

「えいっ!」

 

 先ほどよりも勢いをつけてジャンプするベルティーナ。

 しかし、惜しい! 頬に当たってパンが「ぽ~ん」と口元から逃げていく。

 

「うぅ……えいっ! えいっ!」

 

 一回の精度よりも回数をこなす方を選択したベルティーナがぴょんぴょんと跳ねる。

 しかし、パンは逃げるように跳ね回り、ベルティーナの口は空振りを繰り返す。

 何度か手が出そうになりつつも、ルールを遵守するためぐっと我慢をする。そんな感情がありありと伝わってくる形で腕が何度か動き、留まり、微かに上下する。その度にベルティーナは、歯がゆそうに「ん~っ!」と声を漏らす。

 

「ヤシロ……」

 

 隣でエステラが静かに言う。

 

「なにあれ。めっちゃ可愛いんだけど」

 

 女子の心にも突き刺さる可愛さらしい。

 

「シスター! 頑張ってくださぁ~い!」

 

 やはりというか、我慢できなくなって店から出てきたジネットが俺の隣で大声を上げる。頑張る母に声援を送る。

 気が付けば、みんながゴール地点に集まり、ベルティーナに視線を注いでいた。

 

 ベルティーナ、ぴょん!

 パン、ぽ~ん。ぷら~ん。ぽ~ん。

 ベルティーナの腕、ぴくっ、くっ! ぅっく!

 ベルティーナ、「んん~っ!」

 ベルティーナの腕、ぶんぶんぶん!

 

 なんだろう、この癒やし効果。

 きっとすげぇマイナスイオン出まくってる。

 みんなの顔が「ほわぁ~」ってなってるし、まず間違いないだろう。

 

 何度もチャレンジして、少しずつ感覚を掴み、ちょっとずつ惜しい場面が増え、そしてついにベルティーナの口がパンをキャッチした。

 その瞬間、ベルティーナは前半とは比べものにならない早足でゴールまでの距離を駆け抜けた。

 

「……は、恥ずかしかった……です……」

 

 咥えていたパンを手に持ち、顔を隠して蹲る。

 ベルティーナの長い耳が真っ赤に染まっている。

 これはまた、なんとも珍しい光景だ。

 ベルティーナが食べることを後回しにしてでも顔を隠したいなんて。

 

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