「……別に」
そっぽを向くと、会場中からため息が聞こえてきた。
「う~っわ……」みたいな、蔑むようなため息がな。
うっせぇわ!
じゃあ誰でもいいから代わってみろよ!?
この状況で「俺っちの好きなおんにゃのこは、キ・ミ・さ☆」って名指しできるヤツがいるなら名乗り出てみやがれ!
つか、別に好きなヤツとか、別に、アレだっつーの!
「じゃあアーシでいいじゃん」
「ふん! Fカップを越えてから言え!」
そうだそうだ。
こうやっていつものノリでかわしてやればいいんだよ。
……まぁ、若干何名かから「ほほぅ、E以下は無価値だってか?」みたいな殺気を感じるが……そうじゃないじゃん? 小さいのは小さいのでいいとして、今はバルバラが届きそうもない高みを告げることによって諦めさせるという高等テクニックなわけで……
「確かに、アーシのおっぱいは小さい……」
「だろ? だからまぁ、諦め……」
「けど、これでもいいっていうなら、好きなだけ揉んでいいぞ」
…………
…………
…………なにを馬鹿なことを。あはは、あは。
「今、お兄ちゃんの心の中から『ぐらぁっ!』って音が聞こえたです!?」
「……分かりやすく揺らいだ」
「ヤシロさん……もう、懺悔してください」
「ヤシロ……君ねぇ、時と場合というものを考えて……」
「ホント、しょーがない男さねぇ」
「待て待て! まだ何も言ってないだろうが!」
「『何も言えなくなった』という事実がヤシロ様の本心を如実に語っていると申し上げているのですが?」
ナタリア。
一分の隙もない理論で論破を計るのやめてくれる?
別に揺らいでないし!
ほんのちょっと、『24時間年中無休』って日本ではよく聞いていた懐かしいワードが脳裏をよぎっただけだっつの!
「バルバラさん。そのようなことを口にしてはいけませんよ」
「けど、シスター」
「いけません。バルバラさんは可愛い女の子なんですから」
「…………可愛くなんか」
「私には、とても可愛く見えますよ?」
「…………ん」
「約束、してくれますね?」
「……うん。分かった」
「はい。いい子です」
殺伐とした空気の中、ベルティーナがバルバラに教育を施した。
ムチではなくアメを使った教育だ。
そうそう。
そもそもバルバラが妙なことを言い出すからいけないんだ。
バルバラが悪い。そうだとも。
「ヤシロさん」
ベルティーナが手招きをしている。
「懺悔、しましょうね?」
「……あとで、まとめてでいいかな?」
どうせ、この話題が片付くまでに何回か懺悔しろって言われそうだしな。
……俺にはムチの教育なんだな、ベルティーナ。
しかし、どうしたもんかな、この空気。
折角エステラが開会宣言で『この運動会で優勝しても嫁とかそういう話はなし』って言ってくれたってのに……ぶり返してるよな、絶対。
ここでジネットが――
「そんなことで揺らぐなら、わたしのおっぱいを自由に揉んでください! 24時間年中無休で!」
――とか言ってくれれば、他の連中が「それには敵わないやー」って諦めてくれるだろうに。
……よし、提案してみるか。
「ジネット、試しに『そんなこと――』」
「懺悔してください」
「まだ何も言ってないのに!?」
「エッチなことを考えている時の顔をされていますっ。もぅ」
えぇ……俺、そんな顔もしてたの?
ジネットがちょいちょい言う『いつもの顔』って何種類くらいあるんだろうな……つか、顔で決めつけるのって酷くない?
「ものすっごくエロそうな顔で素晴らしいことを言うかもしれないじゃないか」
「普通の顔で言ってください、素晴らしいことは!」
ブサメンフェイスでイケメンゼリフ吐いたっていいじゃないか!
エロメンがジェントルメン発言したっていいだろう!?
『いつでも君のそばにいるからね』
……おぉっと、ヤベぇ。
これ顔で、歓声か悲鳴に分かれるヤツだ。逮捕もあり得るヤツだ。
「……とにかく、バルバラはきちんと『恋』を知ってから結婚を語るべき」
収拾が付かなくなり始めた空気の中、マグダがまっとうなことを言う。
そうだな。
そんな当たり前のことが出来てないこの状況がおかしいのだ。
特別なことなんかしなくていいんだ。
まずその『普通』を普通にやりゃあいいんだよ。
「ロレッタ。『あたしみたいに普通になれ』って言ってやれ」
「『あたしみたいに』は断固拒否するです!」
普通の権化であるお前が手本を示さないでどうする!?
お前以上に普通なヤツなんてどこにもいないってのに!
「なぁ、『恋』ってなんだ?」
またバルバラが妙なことを言う。
「好きってのとは違うのか?」
『恋』と『好き』は、果たして違うのか。
まぁ、違うだろうな。
「お前の言ってる『好き』とは別もんだよ」
バルバラの言っている好きは、家族に対するものや、デリアへの憧れ、居心地のいい場所に対する好意だ。
それは恋ではない。
「じゃあ、『恋』ってどんなだよ?」
「どんなって……」
俺に聞くなよ、そんなもん。
なんて答えりゃいいか分かんねぇよ。
そういうのは得意そうなヤツに聞けっつの。
「ネフェリーに聞け」
「どうして私に振るのよ、みんなして!?」
いや、だって。
恋とか好きそうだし。
占いとかおまじないとか、女の子っぽいことなんでも知ってそうだし。
「だから、えっと……恋っていうのは…………もっと、一緒にいたいなぁ、とか、もっとお話したいなぁ、とか……でも、顔を見るのが恥ずかしかったり、もっと自分を知ってほしいのに、知られ過ぎるのは怖かったり……て、手に、触れたいなぁとか、温もり、を……感じ…………ぅぁああああ、もうむりー!」
トサカがLEDのように発光している。……ように見えるくらい、顔が真っ赤だ。
まぁ『恋』を語れってのは、ある意味地獄みたいな質問だよな。
「じゃあ次はパウラ」
「ヤシロ、面白がってるでしょ!?」
いやいや。
需要があるかなぁ、と思ってな?
「こ、『恋』っていうのは……すごく幸せな気持ちになるんだけど、でも、ちょっとしたことで不安になったりしてさ、それで……誰にも取られたくないなんて、自分でもびっくりするような感情が芽生えたりして、ホント、びっくりの連続で、自分がどんどん変わっていっちゃう感じで……それが怖いような、でもわくわくするような…………つらいことも、ある……けど、でも、それでも、そんな不安とかが、顔を一目見ただけで全部ぱぁーってなくなっちゃうような、すごい力を秘めてて……なんか、すごいパワーをくれるものなの、『恋』って!」
「パウラ。……分かる!」
「ネフェリー!」
抱き合うパウラとネフェリー。
共感を得たのか、周りの女子が数名「うんうん」と頷いている。
女子的にはそんなもんなのか。
男子的には「うっはぁ、揉んでみてぇ!」みたいなもんが『恋』だと思うんだが……
「な? ウーマロ」
「よく分かんないッスけど、共感は出来ないッス!」
ちっ。
こいつ、人生守りに入りやがったな?
「全っ然分かんねぇ……。ロレッタ、分かるか?」
「ぅへい!? きょ、弟妹の前でなんて質問するですか!?」
「だよな? 分かんないよな?」
「分かんないとは言ってないですよ!? わ……分かりは、する、ですよ」
うぉおおお……ロレッタが照れている。
なんだろう、このむずむずする感じ……ちらちらこっち見んな。
「まったく、『恋』も知らぬとは……」
長い耳をゆっさりと揺らして、小さな先駆者がやって来る。
「お子様なのじゃ」
初恋を見事実らせて、現在婚約中の勝ち組、リベカである。
「『恋』知らずして真の結婚など無理な話じゃ。悪いことは言わぬ、まずは全力で『恋』をするのじゃ」
「……リベカの言うとおり。バルバラに結婚はまだ早い」
「そうです! 結婚の前に本気の『恋』です!」
バルバラを取り囲む女子たちが揃って「うんうん」と頷く。
それを目の当たりにして、バルバラもようやく、渋々と言った感じではあるが、矛を収めた。
「……分かったよ」
そして、女子の人垣をかき分けて俺の前まで来るや、ビシッと指を立てて宣戦布告を突きつける。
「運動会が終わるまでにアーシが本気の恋をしたら、アーシを嫁にもらってもらうからな! 覚悟しとけよ、英雄!」
「……はは」
乾いた笑いしか出なかったが、俺は安堵していた。
これで大丈夫だ。
バルバラが突然、雷に打たれたように恋に目覚める――なんてこと、あるはずがないからな。
「ま、頑張れよ」
「おうよ!」
男前な笑みを浮かべてバルバラが拳を突き上げる。
そして、拳を突き上げたままの格好で――
「英雄も、アーシに恋したけりゃ恋していいからな!」
――そんな男前な発言をくれた。
今度は乾いた笑いすら出てこなかったよ。
「ヤシロさん」
肩を叩かれ、何事かと思ったら……
「では、お話も終わりましたので」
にこやかなベルティーナとジネット。二人に連れられて、俺はウーマロ作の簡易懺悔室で懺悔を強要されたのだった。
世の理不尽って、なくなんないもんだよなぁ……くそぅ。
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